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Angel Ring  作者: 虹鮫連牙
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XII:闘う者、追う者、待ち伏せる者

 上空に浮かぶ巨大岩を眺め、嬉しそうに笑う男がいた。

 右手には黒い表紙の書物、『禁断の聖書』を持ち、石造りの簡素な祭壇に身を預け、大きく深呼吸をした。

「……遂にこの時が来たか」

 彼の周りを何十人もの天使たちが囲む。彼らは上空の巨大岩に圧倒されていた。

 その集団の中で幹部を務めた九人の天使のうち、長身の男が言った。

「早く行かないのか? あの中にあるんだろう、マスターリングってやつぁ」

「ちょっとぐらい浸らせてくれよ。長かったんだぜ、この瞬間までの道のりは…………」

 少しムッとしたように男は言った。

 名をスペイダーというその男は、この先に待ち受ける天界の未来を想像して微笑んだ。

 スペイダーは知っていた。予言と言われるあの唄の意味を。

 雲の優しさは裏切った。だが、まだ星の囁きというものには心当たりが無かった。

 しかし、そんなことはどうでもいいことだった。

 自分の右手には聖書があり、目の前の空には神戯殿が浮いている。もはや目的は達成されたようなものだ。マスターリングは自分のものになる運命、そう決まってしまったのだと確信していた。

「マスターリングを手に入れたらまず何をしようかなぁ? とりあえず気に入らない大天使どもは全員ぶっ殺すか? すぐに殺しちゃ面白くねえよなぁ……。奴らで殺し合いでもさせてみるか、くくくっ!」

 本当に楽しそうな笑顔だった。

「さぁて……んじゃまあ、そろそろ行きますか」

 スペイダーが翼を大きく広げて真上にピンと伸ばした。それから一度だけ羽ばたくと、スマートなその体は地面から離れた。

 続いて他の天使達も飛び立とうと翼を動かす。

「ああ、お前らはそこで待ってれば? 俺だけでもいいし」

 スペイダーの言葉に一瞬全員が沈黙して、それから幹部の一人である年老いた背の低い男が言った。笑顔だった。

「そう言うな。我々も見てみたいのだよ、マスターリングをな」

「…………なら勝手にすればいいさ」

 スペイダーに続いてぞろぞろと天使たちが宙に飛び上がった。巨大岩の上まで少し時間がかかりそうだ。

 彼等が列を成して飛ぶ姿は、ペガサスに跨って飛ぶアリウスとゼオシストにも確認できた。

「あ! あいつら移動を始めたよ!」

「行くぞ! 狙うはスペイダーのみだ!」

 ペガサスはさらに加速する。

 猛進するペガサスを見つけたのは、スペイダーのすぐ後ろを飛んでいた幹部の天使だった。

「ん!? おい、スペイダー!」

 スペイダーが振り向くと、その天使の指差す方向から、猛スピードで近づいてくるペガサスと二人の天使の姿があった。

 スペイダーは一瞬楽しそうに口の両端を吊り上げると、翼を大きく羽ばたかせて上昇スピードを上げた。

 その下を飛ぶ天使たちは、幹部からの指示により方向転換をして、アリウスらに突撃する。

「いっぱい来たよ!」

「構うな! スペイダーだけを狙え!」

 二人の乗るペガサスはスピードを緩めることなどしない。

 徐々に双方の距離が縮まっていく。

 壁を作るかのように広がる天使たち。その隙間を抜けるのは少々困難なようだ。

 遠回りをするか、しかしそうしているうちにもスペイダーはどんどんマスターリングへと近づいていく。

 突然、壁を作る天使たちの中間が大きく穴を開けた。

「なんだ!?」

 見ると、気を失った天使たちが次々と地上に落ちていく。そしてそうさせているのは、ある一人の天使の姿だった。

 両手に握り締めた自分の身長ほどの棒を使い、見事なまでの棒術を繰り出す。彼に飛びかかる天使は次々と棒術の餌食となり、顎を殴られるもの、翼を傷めるもの、肋骨を折るものなど、まるで歯が立たない様子だ。

「……あ、ジェオルド!」

「二人は急いでスペイダーを追え! 道は俺が開いてやる!」

 ジェオルドが叫んだ。

「よし、行くぞ!」

「うん!」

 ペガサスは思いっきり翼を羽ばたかせ、頭を前方に伸ばしてさらに加速する。アリウスとゼオシストも姿勢を低くしてしがみつくように手綱を握る。そしてジェオルドの作ってくれた壁の穴、天使たちの隙間を猛スピードで抜けて行く。

 何人かの天使はアリウスの服を掴もうと腕を伸ばしたが間に合わず、別の天使はペガサスを追おうとした。しかし、陸でも空でも天使がペガサスのスピードに敵うはずも無かった。

 一人の天使の下顎が強烈に打ち上げられた。

「アリウス達の邪魔はさせんぞ! どうしてもというならば俺を倒してから行け!」

「なめやがって……。地上と空中じゃ同時に襲いかかれる人数が違うんだぜ。一対多数のこの状況じゃあ、てめえのが不利なんだぞ! 思い知らせてやる!」

 七人の天使が同時にジェオルドとの間合いを詰める。

 しかし次の瞬間、僅か一、二秒の間に七人は呻き声を上げながら、再びあちこちに散らばる。

「馬鹿者が。そんなことは承知しているよ。だからこそ一対多数での空中戦法があるのだよ。さあ、かかって来い!」

 勢い良く雄叫びを上げながら迫り来る天使たち。

 僅かに前傾姿勢で棒を握りなおすジェオルド。

 両者の距離が一気に縮まる。

 大きな鉈を振り下ろす天使。ジェオルドは体を右に翻してそれを避ける、と同時に相手の眉間へ裏拳を叩き込む。

 そのまま素早く棒を回転させながら振り返り、後方に迫る三人の顔を打つ。

 上空からは一人の天使が一直線にジェオルド目掛けて降下してきたが、すぐさまオーバーヘッドキックのように体を回転させて相手の顎をつま先で蹴りつけた。

 そのまま自身が逆さまの状態で棒を長く持ち、体を捻りながら回転し、群がる天使たちの脛を打ち付けていく。

 思わず身悶える天使たち。

 体を丸めて足を押さえようとする動きに合わせて、下から棒を振り上げ顎を砕く。

「どうした!? 手ごたえが無いぞぉ!」

 村を出発したジェオルドは、スペイダー達の後をずっとつけていた。

 聖書を取り戻すつもりでいたのだが、それも時間が経つに連れて“クラウドの仇討ち”と変わってきていた。

 スペイダーが山頂で神戯殿の呼び出しを行っていた時には、まさに飛びかかる寸前だった。しかし、周りの幹部の天使たちの警戒もあって踏み出せずにいた。

 ジェオルドは、今になって飛び出さずにいた事を良かったと思っていた。アリウスがやってきたからだった。

 自分自身の身勝手な復讐心が先に動いていたら、アリウス達はここにいる天使たちの餌食となってしまっていたかも知れない。

 きっと自分は、アリウスをスペイダーのところまで導かなくてはいけないのだと思い、今こうして数十人の天使たちを相手にしている。

 スペイダーと決着をつけるのはアリウスの役目。アリウスに役目があるように、自分自身の役目はアリウスを導くことではないか、という思いが湧いてきたのだ。

 空気をいっぱいに胸に吸い込み、大声でジェオルドが言った。

「我が名はジェオルド! 大天使の名に懸けて、貴様らをアリウスには近づけんぞ!」

 何十人もの天使たちが群がる壁よりも、そこにはより大きな壁となる一人の天使の姿があった。




 首筋にそって生える白いたてがみを靡かせて、二人を乗せたペガサスは真っ直ぐにスペイダーらの影を追う。

 徐々にスペイダーと幹部達の影が大きくなってきているのを確認できた。

「もう少しだ」

 手綱を握る手に力を込めながらゼオシストが言った。

 スペイダー達の影が、浮遊する巨大岩の向こう側へと消えた。

「あ! 上に着いちゃったみたい!」

「焦るな、まだ間に合う」

 静かに言うゼオシスト。

 冷静な彼女の言葉にアリウスは僅かに安心した。

 そして、とうとう二人も巨大岩の上までたどり着いた。

 そこに広がる光景は、ゴツゴツとした黒い岩肌の上に堂々と立ちはだかる真っ白い一本の柱。その太さは大人十人で手を繋ぎあって、ようやく抱えられるという程だった。しかもその柱の左右どちらを見渡しても、同じように柱がはるか遠くまでずらりと立ち並ぶ光景だった。

 すぐ近くで見ると、改めて神戯殿の巨大さに驚かされた。

 ペガサスの背から降りた二人は、柱の裏に回ろうと歩き出す。

 すると突然、柱の影から一人の天使が飛び出してきた。

 右手に光るナイフを握り締めたその男は、スペイダーだった。

 とっさのことで一瞬反応が遅れたアリウスの左翼が、悲鳴と共に真っ赤に染まった。

「うわああっ!」

「アリウス!」

 二人の前に立ちはだかるスペイダー。

 その右手にはまだ血の滴り落ちるナイフが握られており、表情は鋭い目つきで不気味な笑顔を浮かべていた。

「貴様っ!」

 激痛に顔を歪めるアリウスに駆け寄ったゼオシストは、スペイダーを睨み返した。

「そんなに怖い顔すんなって。翼を傷つけたぐらいじゃ死にはしないだろう」

 翼までは腕を伸ばしても届きづらい。

 アリウスは体を捩じらせて痛みに耐えていた。

「俺は知ってるんだよ。リングを持たないというお前の存在は、生かしておいたら確実に俺の邪魔になる。だから今すぐに死んでもらうことにしたんだ」

 アリウスに近づこうと、一歩足を踏み出すスペイダー。

 その目の前に、両腕を横に伸ばしてゼオシストは立ちはだかった。

「何だよ?」

「私の使命だ……アリウスは私が護る」

 鼻で笑ったスペイダーは、右手のナイフを腰の鞘に戻すと、ゼオシストの目の前まで来て足を止めた。

「来いよ。アリウスを護るんだろう。やってみろよ」

 互いに睨み合いが続いた。

 いきなりゼオシストが右手を振り上げた。

 しかしゼオシストの攻撃より早く、彼女の頬に素早い平手打ちが飛んできて、続いて腹に重たい衝撃が加えられた。

 息を詰まらせたような変な声を出して、その場にしゃがみ込むゼオシスト。

 それを今度は、道端の石ころを蹴飛ばすかのようにして横に転がすスペイダー。

 ゼオシストは身悶えながら腕を伸ばしたが、スペイダーは彼女の方を振り向くことなくアリウスに近づいた。

 ゆっくりと立ち上がるアリウス。

 スペイダーが素早く腕を伸ばして傷ついた左翼を乱暴に掴んだ。

「うあっ!」

「もう少し遊んでやりたいんだけどよ。あいにく俺についてきた奴らを先に神殿内に行かせちまってるんだ。俺も追いつかなきゃいけないから、手っ取り早く終わらせようぜ」

 アリウスの翼を掴んだまま巨大岩の端へと向けて歩き出した。

 翼の痛みに耐えかねて一緒に歩くしかないアリウス。

 何とか抵抗しようと動き回るが、その動作一つ一つが翼の激痛へと変わってしまう。

 スペイダーの意のままに巨大岩の淵まで連れてこられたアリウスは、スペイダーの顔を見た。

 スペイダーは笑顔のままアリウスの体を自分の方に引き寄せる。

「ふん、まだ少し動かせるな」

 そういってアリウスの左翼を眺めた。

 腰から再びナイフを取り出すと、今度は柄の部分で思いっきりアリウスの翼を殴った。

「うあああ……っ!」

 ボキっという嫌な音がした。

 目に涙を浮かべながら歯を食いしばって呻くアリウス。

「よし、これでいい」

 スペイダーが翼から手を離し、アリウスの体をしっかりと押さえる。

「その翼で空を飛ぶのは好きか? もう一度飛んで来いよ……飛べたらな」

 そういってアリウスの体を巨大岩から空中に投げた。

 スペイダーの背後で、アリウスの名を叫ぶゼオシストの声が聞えた。

 しかし、その声もすぐに遠ざかり、アリウスは真っ逆さまに地上へと落下していった。

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