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卒業前、告白ラッシュが止まらない学校で、私は誰にも告白しなかった

作者: 松平 ちこ
掲載日:2026/03/27

カクヨムでの企画で、モブな僕らの青春部門のテーマで書いた作品です。

 スマホがなかった、一人一台携帯ではなかったあの平成時代に、恋愛物語でよく目にする、王道シーンが幾つかある。


 例えば、クリスマス前やクリスマスに告白をするシーン。

 例えば、バレンタインで告白するシーン。

 例えば、卒業式の日に男子に第二ボタンを欲しいと告げるシーン。

 例えば、校舎裏に呼び出して想いを打ち明けるシーン。

 例えば、桜の木の下で想いが通じ合って抱き合うシーン。

 例えば、先に帰った相手を追いかけて、道端で勢いで告白するシーン。


 それらは、世界から二人だけ切り離されたようなシチュエーションで行われたり、もしくは親しい者たちにこっそり見守られてのシチュエーションが多いのではないだろうか。


 登場人物の主人公たちには、キラキラと輝かしいステータスがあって、思わず感情移入してしまうような苦悩や葛藤がある。


 月に一度の放課後、仲の良い友達と一緒に本屋さんへ行った。限られたお小遣いから、月刊雑誌を別々に一冊買って、公園で交換しあって読んでいた。

 ハラハラドキドキするような少年漫画に、キュンキュンするような少女漫画に、良いな、良いなと感想を互いに言い合った。


 田舎でもない都会でもない、パッとするものが何一つない、平凡な地域で生まれた私たち。

 一つ違うとすれば、校区に小学校は一つで、中学校も一つだけということだろう。

 それだって田舎の方では、よくあることだった。


 でも、少しだけ他とは違うと言えることもあった。

 一学年に約百二十人の生徒がいて、多い時で四クラス、少ない時で三クラスの編成になるのだ。田舎というには、生徒の数が多いだろう。


 三クラスの時なんて、狭い教室にぎゅうぎゅうと詰め込まれて最悪だった。

 あと一人転校生が入って数が増えれば、四クラスになれるというギリギリの人数で、人口密度が高かった。

 そんな時は生徒も先生も一緒になって、転入生という存在を強く望んだりしていた。


 そして小学校と中学校は、道路を一つ挟んだだけの立地で存在していた。

 登下校のルートが九年間、何一つ変わらないことも珍しいかもしれない。

 学年単位で百人を超える生徒数なのに、九年も一緒に生活をすれば一種の運命共同体だった。

 だって、親しくなくても誰がどこに住んでいて、どのルートで帰るのか、皆が皆知っているからだ。


 さらに幼稚園や保育園も限られるから、長い付き合いだと、ゼロ歳からの幼馴染みが何人も発生していたりする。

 割合で一番多かったのは、三歳児クラスから中学三年生までが一緒の幼馴染みたちだろう。そうしたら、十二年間も一緒になる計算だ。

 そしてそんなに一緒に長く過ごしていると、親しくなくても親や兄弟関係まで知っていたりする。


 誰が何をしたと、一瞬で広まるような田舎ではなかったけれど。

 同級生でも、よく知らない人がいるのも当たり前と通用する都会でもなかった。


 これは、そんなキラキラとしているわけではない、ありふれた少年少女の等身大の恋にまつわる話――。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「あ、また告白が始まった」


 誰ともなしに、そんな一声からそれは始まる。なぜならすでに、珍しい光景ではなくなっていたからだ。


「本当だ。次は誰?」


「や、こっからだと見えねぇな」


 休み時間。教室の中で席に座っていると廊下の様子は、あっという間に分からなくなる。


「十分休憩でやるとか勇者じゃん。しかも廊下だぞ」


「その場のノリかな。どうだろう?」


 廊下は廊下で盛り上がり、教室は教室でそこそこ盛り上がっていた。

 突如始まった告白ラッシュ。気付けば始まっていたそれは、今では毎日、誰かが告白をしている状況だった。


「あー、終わったみたいだな」


 解散する人だかりを見て、誰かがそう言った。結果にこだわらないのも、自然と人がバラけてくのも、もはや日常だった。


「良いなぁ」


 席にだらんと座り、上半身を机に預け、何とはなしにぼやいた。


「え、盛本(もりもと)も誰かに告白するの?」


「しないよー。まだ私ら受験生じゃん。良いなぁっていうのは、受験が終わってて良いなぁだって。

 何、安堂(あんどう)も終わったら誰かに告白するの?」


 後ろから安堂が話しかけてきたので、盛本も後ろを振り返って答えた。


「俺そういうのもう良いわ。相手もいないし」


 告白ラッシュの明確な始まりは分からなかったが、私立入試が終わってから、一部が浮き足立つようになったのは確かだった。


 ――そうして、誰かが告白ラッシュって言い出して浸透したんだよねぇ。


「結局、今カップル何人いてるの?」


 中学三年生、春を過ぎてから付き合い始めた同級生は数人いた。

 別れたり、継続したり、乗り換えたり、それらは今ほどではないにしろ、細々とどこかでドラマを生んでいた。


「何組なんてもうわかんねぇよ。でも、盛本はそれで良いの?」


 部活を引退して、行事も残すは受験と卒業くらいだった。

 毎日の告白ラッシュに興味は無かったし、これからも興味はないはずで、安堂の言葉に適当に受け答えしていた。




「盛本。お前、保健室で呼ばれてるぞー」


「は? なんで?」


 公立前期入試が終わって数日、昼休みの食堂帰りに歩いていると声をかけられた。

 保健室ということが、まず訳が分からない。さらには、声を掛けてきたのも親しくない男子ときた。


 ショートヘアーで口の悪い女子の自覚が、盛本にはあった。男子とはそれなりに気が合うから、世間話をすることも、遊ぶことも、もともと多い。

 ただそのせいで思春期に入ってからは、女子から、要らぬ反感を買うことも多々あった。


 ――媚なんて売ったことないのにねぇ。


 逆に男子からは、恋愛対象として見られるよりも、イタズラやからかいの対象として、要するに弄られキャラ扱いが多かった。

 結果、陰キャや草食系男子と言われる分類の男子以外とは、極力距離を取るようになっていた。

 

「良いから行けよー。呼んでるぞ?」


 ニヤニヤと、からかうなら疑うことなく罠だと言えた。けれど、やや真面目に言うものだから、大事な用なのかと判断に困る。


 ――でもそれ、絶対フラグだよね?


 埒が明かないし、今居るのは一階で、保健室も一階だった。

 昼休みはまだ半分ちょっとは残っている。さっさと済ませてゆっくりする方を、盛本は選んだ。


 ――あ、やっぱりからかわれてたわ。


 ガラリと開けた保健室の扉。目に飛び込んで来たのは、真ん中に立つ大人しい系男子の岩崎(いわさき)だ。

 そして、それを囲うように数人の男子がいる。

 普段から衝突したり、からかってくる男子とはまた別だったけれど、どう見ても野次馬だった。


「……」


「あ、ごめん。こういうの良いから」


 岩崎がモゴモゴと口ごもり、手をもじとじと交差させ、なよなよとして立っている。

 それを見て、盛本はさらに冷めた気持ちになり興味なさげに断った。


 ――何の罰ゲームを、やらされてるのかな?


「おいおい、ちゃんと聞いてやれよ!」


「いや、本当にこういうの要らないから。じゃあね」


 野次馬から、話を聞くようにと数回言われたけれど、岩崎は下を向くばかりで言い出す様子もない。


 ――まさかとは思うけど、告白ラッシュの相手に選ばれたとか言わないよね?


 浮かんだ考えを、盛本は即座に切り捨てた。シチュエーションからして、遊ばれてるのだと思ったからだ。


「はー……」


 時間の無駄だと、くるりと盛本は踵を返した。教室に戻るのも嫌になり、いつもの休憩場所へと足を向けた。


「来ないかと思った。遅いね?」


「からかわれてたの。疲れたから寝る」


 生徒用玄関の隣にある来客用玄関の入り口の前、門と階段、自転車置き場とスロープが集まった広めのスペースに来ると先客がいた。彼の横から少し離れた場所に、仰向けに寝転がって目を閉じた。


 それぞれ皆、付き合いが長いせいもあって誰とでも過ごせるようになっている。

 けれどやはりというか、よく一緒に過ごす居心地の良いグループは存在していた。


 そして昼休みのだいたいは、グラウンドや体育館、食堂や教室に人が多く賑わってる。

 さっきの保健室も実は人が集まりやすい、そこそこ人気のスポットではあった。


 学校の玄関前。顔とも言えるその場所は、男女共に好感を得られていない盛本でも落ちついて過ごせる――数少ない居場所だった。


 そこには、盛本が居ても邪険にしない生徒だけが、自然と集まりたむろする場にもなっていた。

 休憩時間の終わり間近、盛本が起きる頃には、いつものメンバーと呼べる顔馴染みたちがいる。


 だいたいの場合、盛本は食べてまっすぐ来るから、一番か、先ほどのように二番目になる。

 そのまま昼寝することも多く、誰がどの順番で来るのかは分からない。

 たった十分あるかないかの時間、気の許せる人たちに囲まれて過ごすのは、密かな幸せでもあった。


「盛本、お前。岩崎泣かしたんだって?」


 予鈴がなって、昼寝から盛本が目覚めたら、横に一人の男子が座っていた。起きたのに気づくと話しかけてきた。

 目の前では、先客だった栗岡(くりおか)と二人の男子が鬼ごっこをしていた。

 それを女子が三人、世間話をしながら見ていた。そう、いつものメンバーだった。


「……は? 泣かされたのはこっちだろ」


 泣いてはいないが、心では十分、盛本だって泣きたかった。からかわれたのだから当然だろう。

 きっと、何かしらの罰ゲームの名目にされたんだ。告白なんてイベントとは、盛本は無縁のはずだから。


「いや、告白されて振ったんだろ? 号泣してたって話が持ちきりだったぞ?」


 寝ぼけてるのか、そんなノリで説明された。二人の間に、すごい齟齬が生じていると気づいた。


「待ってよ、谷川(たにがわ)。私、告白されてないから」


 最初からして違うだろ、と盛本は訂正を入れた。それに疑いの眼差しを向けられる。不本意だった。


「すごい酷い振り方したって、話だったけど?」


「いやいや、呼ばれたから行ったら、周りがどう見ても野次馬で、真ん中に岩崎が立ってんだよ?

 罰ゲームから、早く解放してやろうって思うじゃん?」


 あの無言の空間に付き合って、ずっと堪え忍ぶことなど盛本には出来なかった。

 なぜなら野次馬は野次馬で、ずっと笑っている奴も混じっていたのだから。

 真面目に時間を割いて、付き合ってやる方が滑稽ではないか。


「うわ、お前。聞かずに出てったのかよ」


「せめて告白くらい聞いてやれ!」


「ひでー」


 鬼ごっこをしていた男子たちも加わり、口々に抗議をあげてくる。

 予鈴がなったから、お開きになったらしい。


「はぁ!? あの状況で本気だと思う方が無理あるわ! 私、悪くないから、あり得ないから」


「まーまー、盛本。ぶっちゃけ岩崎のことはどうなのよ?」


「そうそう、ちょっとはどうなの?」


 皆で揃って二階の教室に戻る中、いつものメンバーである女子からも声をかけられた。


「いや……、ないよ?」


 ――喋るには喋るけど、岩崎とそもそも接点ないし。


 好意を持つかどうかで聞かれたら、無い。居心地が良いと思うのは、このいつものメンバーだけだった。

 それ以外はぶっちゃけ、盛本にはどうでも良いのだ。


「岩崎、かわいそう」


「ちょっと同情する」


「待って、なんで私の味方は、一人もいないわけ?」


 いつものメンバーは男子にしろ、女子にしろ、盛本の味方をする気はないらしい。


「そりゃ、お前。せめて告白聞いてから断れば、良かったんだよ」


 すぐ後ろを歩いていた谷川にまで、また言われてしまった。

 さらには、教室に戻ってからも他の同級生たちから、いじられることになった。


 ――解せない。


 そもそもこの告白ラッシュ自体が、あり得ない。異常とも言える。毎日、誰かが告白をしているのだから。

 その証拠に午後、盛本は少しからかわれただけで、翌日にはすっかり元の日常が返ってきた。

 あの告白はやはり、罰ゲームや気のせいだったのではと思うほど、あっさりとしていたのだった。




 三月に入ったばかりのある日。前期入試の結果が、各高校で貼り出された。

 現地に赴き、合否を持ち帰った前期受験者の笑顔と泣き顔、喜びと消沈がごちゃ混ぜになった。

 その翌日から、告白ラッシュがピークを迎えた。


 十分休憩時に告白が始まるのは、今までもあった。告白されて断わられても、重くならず比較的あっさりとしていたのが、十分休憩の告白の定番だったからだ。

 その熱量が変わった。告白した側のショックが大きすぎて、授業に食い込むようになったからだ。

 あまりにも目が余る生徒は、保健室で休むようになっていた。


「どうしよう! もう来週と、あとちょっとしたら、卒業しちゃう」


 放課後の部室。盛本は前期入試で合格したから、部活にも顔を出したりするようになった。

 そこでいつものメンバーである女子が突然、泣き出した。


「あー。卒業だね」


 よしよしと背中をさすりながら、盛本は声をかけた。


「長いような短いような、やっと離れられるというか」


 もう一人の女子も、同意するようにしみじみとしていた。

 月曜日から金曜日まで、長期休みを除いて毎日、毎日顔を合わせていた。

 毎年のクラス替えも、毎月の席替えと同じで、代わり映えのしない面子の繰り返しで、飽きたと思う者が大半だった。


「もう、澤田(さわだ)君と会えなくなるよぉ。会えないのが、辛いよぉ!」


 澤田は、スラリと身長が高く優しい性格で、三年の前期生徒会長を務めていた。

 思春期に入り女子から人気で、密かに推してファンクラブがあるとまで噂で聞いた。

 生徒会メンバーが皆人格者だったのもあり、澤田内閣と呼称をつけられ、かなり親しまれていた。


「でもでも、告白して断られたら、気まずすぎて学校に来れない……。

 卒業式、もうすぐなのに。最後が気まずいままなんて、やだよぉ」


 くず折れるようにその場で小さくなって、止まらない涙を拭うこともせず、嗚咽を漏らす友人の姿を見て、盛本はやっと気づいた。


 ずっと一緒が当たり前で、同じ時間を過ごすのが当然だった。

 狭い校区では、会いたくなくても会ってしまうものだった。

 約束を取りつけず、家に直接行くくらいには皆、気心が知れていた。

 家にいなかったら、あそこにいる、どこそこにいる、そう分かるほどには、皆の距離が近かった。


 だから、知らなかった。その当たり前がもうすぐ無くなることを、本当の意味で分かっていなかった。

 連日の告白ラッシュは、後悔しないために誰かが行動を起こしたものだったのだ。


 恋人になれたら会う口実が出来るから、告白をするしかなかった。

 よく遊ぶ友達でもなければ、告白することでしか、関係を繋ぎ止める方法が無かったのだろう。


 連絡を取ろうと思えば、家の固定電話に掛けるしかなくて、その会話は家族に筒抜けだ。

 中学でさえ皆、好きな部活に入って学生生活を謳歌していた。

 高校ともなれば、学校が別々の場合、さらに生活リズムですれ違い、この狭い校区でも偶然会うことが減っていくだろう。


 盛本は、彼女に声を掛けることが出来なくて、ただ背中をさすり続けた。

 もう一人の女子も、一緒にいるしか出来なかった。夕焼けが、とても眩しかった。




「……失恋したらさ、カラオケ付き合ってくれる?」


 あの日から二日経った放課後のこと、役員の仕事で残っていた澤田を見つけ、彼女は悩みに悩んでそう言った。


「ああ、いいよ。喉が枯れるまで失恋ソング歌ってあげる!」


「ちょっと! 傷口に塩塗り込むのやめてくれない!?」


 盛本は、そう明るく言って渇を入れるように彼女の背中を叩いた。

 もう一人の女子も、一緒になって笑う。


「じゃあ、撃沈してくるから。カラオケ、ちゃんと付き合ってよね!」


 玉砕する気満々な台詞を吐いて、彼女は廊下を走っていった。生徒会で一緒に過ごしていたから、脈が無いことには気づいていたのだろう。


 ――それでも、告白せずにはいられなかったんだなぁ。


 かっこいいと、盛本は素直に思っていた。自分には到底、出来そうになかったから。


「盛本はさ、谷川に告白しないの?」


「……そういう、野々宮(ののみや)は栗岡に告白しないの?」


 お互いに、お互いの想い人のことを聞いた。いつものメンバーでずっと過ごしてきたのだから、気づくのは当然だった。


「栗岡君はもともと、後期入試一本なの。私も私立併願だけど、後期が本命だから。

 お互いの重荷にもなれないし、結果もこれからだから、告白なんて出来ないよ」


「栗岡は、野々宮が好きだと思うよ?」


 盛本は、栗岡とは同じクラスだった。野々宮は隣のクラスで、栗岡はクラスが別なことを不満に思っていた。

 野々宮の前では格好つけていたけれど、同じクラスの面々は皆、気づいていた。


「栗岡君が私をなんて、そんなこと無いよ。でも、そうだなぁ。

 後期結果が出たらさ。栗岡捕まえるの、手伝ってくれない?」


 おねだりするように乞う野々宮は、いかにも可愛い女子だった。

 ため息混じりに、盛本は頷くしか出来なかった。


 ――可哀想なアイツを見て、知ってるからなぁ。


 下級生からも慕われていた野々宮は、告白ラッシュでは誰からも告白されていなかった。それは皆、栗岡が怖かったからだ。


 修学旅行ではクラス毎に、ペンションへ泊まることになっていた。

 一大イベントを共に過ごせないことに、いっそ休もうかと溢すくらいには、栗岡は周囲に対して片想いを隠しもしないし、重かった。


「でも、連絡先も何も知らないのに、卒業後にどうやって捕まえるの?」


「栗岡って塾の帰り道に、私の家の前を絶対に通るんだよ。だから、そこを捕まえるの、名案でしょ?」


 栗岡の家と塾の間に、野々宮の家があるらしい。塾のある曜日も、時間帯もリサーチ済みな辺り、野々宮も気持ちも重そうで大変お似合いだと思った。


 ちなみにそこまで把握していて、盛本は張り込みに付き添う必要があるのか聞いた。

 すると、一人で待つのが心細いとの乙女な理由が返ってきた。


「で、谷川に告白しないの?」


 野々宮は次は盛本の番だと、話を振ってきた。はぐらかそうにも、廊下に二人だけ。

 しかも、玉砕に行った彼女の帰りを待たないといけない。


 ――野々宮も気づいてるよね。私が気づいたくらいだし。


「……気まずくて出来ないね。谷川、不合格だったから」


 同じ志望校を受けたのだ。結果は十人受けて、谷川ともう一人の二人だけが不合格だった。盛本は合格の八人の中に入っていた。


 筆記テスト、小論文、面接の内容だった。

 谷川の方が社交的でよく話すのに、なぜ不合格なのが盛本ではなく、谷川だったんだと合格発表を見て愕然としたのを覚えている。

 成績も内申点もよく似ていた。同じクラスだったから、それこそテストの点数の見せ合いもしたことがあったのだ。


「ほら、私ってさ。家庭が超ドライだから。受験も前期は受かったらいいな、くらいだったんだよ。でも結果はこうだろ?

 受かって良いことのはずなのにさ。口数の減った谷川にどう接して良いか、未だに分からないんだよね」


 あのお喋りな谷川が、合格発表の帰りは無口だった。あれから数日、会話はするけれど距離が遠いとずっと感じていた。

 だから、今はもう卒業式の日を祝福出来たらそれで良いと、それ以上を盛本は望まなかった。


「学校変わったらさ、家のこともあるから、もう気軽に会えないと思うんだよね。

 携帯も無いし、疎遠になってしんどくなるのが分かってるから、不幸に巻き込めない」


 身の丈に合わない幸せな気持ちと思い出は、もう貰っていた。それで十分と思えるくらいには、恵まれた片想いしていた。


 ――さっきの、野々宮に言ったのと同じ。でも、皆とは違う。


 合格発表の後に、澤田たちに盛本は言われた。谷川を元気づけてやれと、好きな奴から言われたら大丈夫だからと。


「……無理だよなぁ。色々言い訳並べて、距離取っちゃってるもん。告白する資格がないよ」


 情けなく笑って言えば、野々宮は否定はしなかった。

 告白ラッシュは、必死な告白現場を見た生徒が感化され、波紋が広がるように生まれたのだろう。


 男子からの心ときめく告白もない。女子からの萌えるような告白もない。それは行動に移す相手がいて、出来ることだから。

 いくら相思相愛だと周りに言われても、それを信じることが出来なくて、行動に移せなかったらそれまでだ。

 だから、気持ちに区切りをつけて告白しない道を盛本は選んだ。


「……もう。仕方ないなぁ、皆で仲良く失恋ソングを合唱しよう!」


「なにそれ、野々宮は違うでしょ」


「カラオケは歌いたい曲を歌うもんだから、良いの」


 盛本と野々宮が言い合いをしていると、駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「振られてきたよー! 慰めてぇ!」


竜胆(りんどう)、お疲れ、頑張ったね。

 じゃあ、週末。皆でカラオケ行こう。オープン待ち合わせで、フリータイムで歌いまくるぞー!」


 しばらくの間、女子三人が人のいなくなった廊下で、大声を出して泣き笑い騒いでいた。


 ――告白だけじゃない。友だちとこうやってバカ騒ぎするのもおしまいなんだ。


 中学生の可愛くない制服を着て、こうやって集まるのもあと数回だけ。

 盛本はそうやって、今の時間を噛み締めていた。




 卒業式は天気にも恵まれ、無事欠席者が一人も出ることなく始まった。

 式が進むにつれ、すすり泣く声も聞こえてくる。


 ――ああ、本当に終わるんだな。


 親兄弟の次に、人生の大半を共にした仲間と別れて、皆それぞれの道へ歩んでいく。


 前日に配られたアルバムは、放課後に寄せ書きタイムが始まった。

 その日だけは皆で最終下校まで残り、ページに書ききれないほどのメッセージを集めた。

 途中、誰が誰のアルバムか分からずに書く事態にも発展していた。


 竜胆は、澤田にアルバムを持っていって書き込みの依頼をしていた。

 振られても、友だちとしての距離は残ったらしい。


 行方不明となり戻ってきた盛本のアルバムには《さようなら中学生の盛本。よろしく高校生の盛本》とユーモアも混ざっていた。

 これはいつものメンバーの残る女子の一人、佐伯(さえき)が書いたものだった。


 三年の春、佐伯はいつの間にか安堂と付き合っていた時期がある。

 けれど今よりも当時はカップルが珍しく、弄られた果てにいつの間にか別れていた。

 いつの間にか、というのは付き合う前も仲が良く、別れてからも仲が良く、驚くほど距離感が全く変わっていないからだ。 

 

 アルバムのフリーページ、その僅かに残った欄を見つけて、盛本も勇気を絞り出すことにした。

 自分から話しかけるのは、挨拶以外では合格発表以来初めてだった。


『谷川、私のも書いてー』


『おー。んじゃ、交換な』


 最後の最後で、ようやく短い会話なら交わせるようになってはいた。それが後の卒業式への勇気に繋がった。


 式が終わって、最後のホームルームが終わる。目も鼻も真っ赤にして、女子のハンカチはもうびちょびちょになってる子もいた。

 皆で思い思いに写真を撮ったり、話をいつまでもしたりする。


 盛本は、周りの皆を使い捨てカメラで撮っていく。仲の良い友だちとも、一緒に映って撮ったりした。

 残数を確認しながら、人混みから谷川を探し始める。

 皆でわいわいがやがやと賑わう外を探す中で、一つ気づいた。

 王道とも言えるシチュエーションのはずなのに、と。


 ――卒業式の前日から、そういえば告白を見てない。


 あれだけ見かけた告白ラッシュは、終わりを告げて、皆はただ晴れの日を祝っていた。


「ボタン、どれでも良いから頂戴!」


「ハサミもないけど、どうやって?」


 野々宮が、栗岡にボタンをねだっている現場に遭遇する。


 ――ブレザーだもんね、第二ボタンとかないし。


 というか、野々宮は少女漫画の読みすぎだろう。盛本は、カメラでそのやり取りを撮影した。現像したら、渡そうと思ってだ。


「谷川!」


「盛本、なに? ああ、バイバイ。達者でな!」


 やっと谷川を見つけて、盛本は呼び止めた。彼は用件を別れの挨拶だと思って、盛本に告げてくる。


「早い! 軽い! 待って!」


 即座に否定して、階段の上からカメラを見せた。彼は門に程近いところに居た。挨拶だけしてたら、このままでは、帰ってしまう。


「一緒に撮って!」


「え、二人で? 俺で良いのかよ?」


 思いきって声をかければ、谷川は驚いていた。後ろに居た大人に声をかけてから、盛本方へと歩いてきてくれた。


「皆とも撮ったよ。あとは谷川とがいいの!」


「仕方ないなぁ」


 谷川はそう言いながら、人が映り込まない所を探して、盛本からスッとカメラを奪い取る。


「貸して、俺のが手が長いから」


 そう言って、ピタリと寄り添うと三枚ほどシャッターを切ってくれた。


「ほら、たぶん撮れてると思う。本当に写真好きだよな、盛本は」


 谷川はいつもと同じように明るく笑いながら、カメラを返してくれた。

 彼が言ってるのは、修学旅行のことだろう。いろんな場面を撮ったりしたが、中でも風呂上がりの皆を、了承を得てから撮ったものは貴重でお気に入りだった。

 お小遣いから焼き増しを支払って、皆に配って喜ばれたものだ。


「カメラで楽しかったことも一緒に、思い出が残せるから。切り取った時間を見返したら、嬉しくて頑張れそうだもん」


 告白は最後までしなかった。言われてみれば確かに、友だちの距離ではないように思う。

 ツーショットを頼んだからかも知れないが、さっきもとても距離が近かった。

 きっと、現像したら宝物になることだろう。


「……盛本、元気で」


「谷川も、元気でね。高校、頑張って!」


 ――大好き。


 少しだけ沈黙が流れて、今度こそ短く別れ言葉をかけられた。

 どこかぎこちない谷川の声だったが、その気まずさを盛本は弾む声で上書きした。最後がしんみりするのは、嫌だったから。

 待たせていた大人と一緒に、彼は帰っていった。


 中学三年になってから実は、昼休みメンバーで谷川の家で何度か遊んだことがある。

 初めて訪れた時は、表札が違う名字で驚いた。それを伝えた時、お喋りな彼は理由を言わなかった。あれからも、理由は知らないままだ。


 何度も遊ぶうちに、部屋に二人きりになったこともある。今にして思えば、周りがくっつけようと画策されてたのだろう。

 そうはならなくて、何でだと言われたことがあった。当時はその意味に気づかなかったけど、今なら言葉通りなのだとも思った。


 ――でもその時でさえ、谷川の家族の話は聞いてない。


 でも、それは盛本も同じだった。仲間内では二人とも多弁なのに、自分のことはあまり話してこなかった。

 きっと物語の主人公にもなれるような、特別な事情を抱えていたかもしれないし。抱えていないのかもしれない。


 ――私もアイツも、踏み込むことを選ばなかった。


 友だちよりも近くて、でも恋人になるには遠かった。

 盛本は巻き込みたくないと思ったし、もしかしたら谷川も、思うところがあったのかも知れない。


 昔、学校帰りに帰宅をせずに、そのまま家の買い物を済ませて、家に向かって通学路を歩いていた。


『まだ帰ってないのかよ、おっそ!』


 そう言った谷川は、私服に着替えていて自転車に乗っていた。


『悪い!? 家に帰ってから買いに来ると二度手間なんだよ! ほっとけ』


 盛本が悪態をついても、谷川は嫌な顔をしない。いつもそれに甘えていた。

 あの時も、彼の家はとっくに過ぎていたのに、自転車でわざわざ追いかけて声をかけてくれたのだ。

 偶然を装うために、同じスーパーで買ったレシートまで見せられた。消しゴム一つしか、買っていないレシートだった。


 ――不器用過ぎて、分かんないって。


 盛本が持っていた買い物袋を、しかないなぁと谷川は笑って自転車のかごに入れていた。十五分の道のりを、くだらない話をしながらずっと一緒に歩いてくれた。


 たったそれだけのことが、目頭が熱くて仕方ないくらいに嬉しかった。

 だから大切だからこそ、告白はしない選択肢をして、そのことに後悔はなかった。


 ――キラキラしていない、物語の主人公のようにハッピーエンドでもない。


 でも――。


「これくらいの幸せが、私にはちょうど良いから。どうか幸せに……」


 卒業式の雑踏で、谷川が小さく消えてしまうまで、盛本は目に焼き付けるように見つめていた。

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