卒業前、告白ラッシュが止まらない学校で、私は誰にも告白しなかった
カクヨムでの企画で、モブな僕らの青春部門のテーマで書いた作品です。
スマホがなかった、一人一台携帯ではなかったあの平成時代に、恋愛物語でよく目にする、王道シーンが幾つかある。
例えば、クリスマス前やクリスマスに告白をするシーン。
例えば、バレンタインで告白するシーン。
例えば、卒業式の日に男子に第二ボタンを欲しいと告げるシーン。
例えば、校舎裏に呼び出して想いを打ち明けるシーン。
例えば、桜の木の下で想いが通じ合って抱き合うシーン。
例えば、先に帰った相手を追いかけて、道端で勢いで告白するシーン。
それらは、世界から二人だけ切り離されたようなシチュエーションで行われたり、もしくは親しい者たちにこっそり見守られてのシチュエーションが多いのではないだろうか。
登場人物の主人公たちには、キラキラと輝かしいステータスがあって、思わず感情移入してしまうような苦悩や葛藤がある。
月に一度の放課後、仲の良い友達と一緒に本屋さんへ行った。限られたお小遣いから、月刊雑誌を別々に一冊買って、公園で交換しあって読んでいた。
ハラハラドキドキするような少年漫画に、キュンキュンするような少女漫画に、良いな、良いなと感想を互いに言い合った。
田舎でもない都会でもない、パッとするものが何一つない、平凡な地域で生まれた私たち。
一つ違うとすれば、校区に小学校は一つで、中学校も一つだけということだろう。
それだって田舎の方では、よくあることだった。
でも、少しだけ他とは違うと言えることもあった。
一学年に約百二十人の生徒がいて、多い時で四クラス、少ない時で三クラスの編成になるのだ。田舎というには、生徒の数が多いだろう。
三クラスの時なんて、狭い教室にぎゅうぎゅうと詰め込まれて最悪だった。
あと一人転校生が入って数が増えれば、四クラスになれるというギリギリの人数で、人口密度が高かった。
そんな時は生徒も先生も一緒になって、転入生という存在を強く望んだりしていた。
そして小学校と中学校は、道路を一つ挟んだだけの立地で存在していた。
登下校のルートが九年間、何一つ変わらないことも珍しいかもしれない。
学年単位で百人を超える生徒数なのに、九年も一緒に生活をすれば一種の運命共同体だった。
だって、親しくなくても誰がどこに住んでいて、どのルートで帰るのか、皆が皆知っているからだ。
さらに幼稚園や保育園も限られるから、長い付き合いだと、ゼロ歳からの幼馴染みが何人も発生していたりする。
割合で一番多かったのは、三歳児クラスから中学三年生までが一緒の幼馴染みたちだろう。そうしたら、十二年間も一緒になる計算だ。
そしてそんなに一緒に長く過ごしていると、親しくなくても親や兄弟関係まで知っていたりする。
誰が何をしたと、一瞬で広まるような田舎ではなかったけれど。
同級生でも、よく知らない人がいるのも当たり前と通用する都会でもなかった。
これは、そんなキラキラとしているわけではない、ありふれた少年少女の等身大の恋にまつわる話――。
◇◆◇◆◇◆◇
「あ、また告白が始まった」
誰ともなしに、そんな一声からそれは始まる。なぜならすでに、珍しい光景ではなくなっていたからだ。
「本当だ。次は誰?」
「や、こっからだと見えねぇな」
休み時間。教室の中で席に座っていると廊下の様子は、あっという間に分からなくなる。
「十分休憩でやるとか勇者じゃん。しかも廊下だぞ」
「その場のノリかな。どうだろう?」
廊下は廊下で盛り上がり、教室は教室でそこそこ盛り上がっていた。
突如始まった告白ラッシュ。気付けば始まっていたそれは、今では毎日、誰かが告白をしている状況だった。
「あー、終わったみたいだな」
解散する人だかりを見て、誰かがそう言った。結果にこだわらないのも、自然と人がバラけてくのも、もはや日常だった。
「良いなぁ」
席にだらんと座り、上半身を机に預け、何とはなしにぼやいた。
「え、盛本も誰かに告白するの?」
「しないよー。まだ私ら受験生じゃん。良いなぁっていうのは、受験が終わってて良いなぁだって。
何、安堂も終わったら誰かに告白するの?」
後ろから安堂が話しかけてきたので、盛本も後ろを振り返って答えた。
「俺そういうのもう良いわ。相手もいないし」
告白ラッシュの明確な始まりは分からなかったが、私立入試が終わってから、一部が浮き足立つようになったのは確かだった。
――そうして、誰かが告白ラッシュって言い出して浸透したんだよねぇ。
「結局、今カップル何人いてるの?」
中学三年生、春を過ぎてから付き合い始めた同級生は数人いた。
別れたり、継続したり、乗り換えたり、それらは今ほどではないにしろ、細々とどこかでドラマを生んでいた。
「何組なんてもうわかんねぇよ。でも、盛本はそれで良いの?」
部活を引退して、行事も残すは受験と卒業くらいだった。
毎日の告白ラッシュに興味は無かったし、これからも興味はないはずで、安堂の言葉に適当に受け答えしていた。
「盛本。お前、保健室で呼ばれてるぞー」
「は? なんで?」
公立前期入試が終わって数日、昼休みの食堂帰りに歩いていると声をかけられた。
保健室ということが、まず訳が分からない。さらには、声を掛けてきたのも親しくない男子ときた。
ショートヘアーで口の悪い女子の自覚が、盛本にはあった。男子とはそれなりに気が合うから、世間話をすることも、遊ぶことも、もともと多い。
ただそのせいで思春期に入ってからは、女子から、要らぬ反感を買うことも多々あった。
――媚なんて売ったことないのにねぇ。
逆に男子からは、恋愛対象として見られるよりも、イタズラやからかいの対象として、要するに弄られキャラ扱いが多かった。
結果、陰キャや草食系男子と言われる分類の男子以外とは、極力距離を取るようになっていた。
「良いから行けよー。呼んでるぞ?」
ニヤニヤと、からかうなら疑うことなく罠だと言えた。けれど、やや真面目に言うものだから、大事な用なのかと判断に困る。
――でもそれ、絶対フラグだよね?
埒が明かないし、今居るのは一階で、保健室も一階だった。
昼休みはまだ半分ちょっとは残っている。さっさと済ませてゆっくりする方を、盛本は選んだ。
――あ、やっぱりからかわれてたわ。
ガラリと開けた保健室の扉。目に飛び込んで来たのは、真ん中に立つ大人しい系男子の岩崎だ。
そして、それを囲うように数人の男子がいる。
普段から衝突したり、からかってくる男子とはまた別だったけれど、どう見ても野次馬だった。
「……」
「あ、ごめん。こういうの良いから」
岩崎がモゴモゴと口ごもり、手をもじとじと交差させ、なよなよとして立っている。
それを見て、盛本はさらに冷めた気持ちになり興味なさげに断った。
――何の罰ゲームを、やらされてるのかな?
「おいおい、ちゃんと聞いてやれよ!」
「いや、本当にこういうの要らないから。じゃあね」
野次馬から、話を聞くようにと数回言われたけれど、岩崎は下を向くばかりで言い出す様子もない。
――まさかとは思うけど、告白ラッシュの相手に選ばれたとか言わないよね?
浮かんだ考えを、盛本は即座に切り捨てた。シチュエーションからして、遊ばれてるのだと思ったからだ。
「はー……」
時間の無駄だと、くるりと盛本は踵を返した。教室に戻るのも嫌になり、いつもの休憩場所へと足を向けた。
「来ないかと思った。遅いね?」
「からかわれてたの。疲れたから寝る」
生徒用玄関の隣にある来客用玄関の入り口の前、門と階段、自転車置き場とスロープが集まった広めのスペースに来ると先客がいた。彼の横から少し離れた場所に、仰向けに寝転がって目を閉じた。
それぞれ皆、付き合いが長いせいもあって誰とでも過ごせるようになっている。
けれどやはりというか、よく一緒に過ごす居心地の良いグループは存在していた。
そして昼休みのだいたいは、グラウンドや体育館、食堂や教室に人が多く賑わってる。
さっきの保健室も実は人が集まりやすい、そこそこ人気のスポットではあった。
学校の玄関前。顔とも言えるその場所は、男女共に好感を得られていない盛本でも落ちついて過ごせる――数少ない居場所だった。
そこには、盛本が居ても邪険にしない生徒だけが、自然と集まりたむろする場にもなっていた。
休憩時間の終わり間近、盛本が起きる頃には、いつものメンバーと呼べる顔馴染みたちがいる。
だいたいの場合、盛本は食べてまっすぐ来るから、一番か、先ほどのように二番目になる。
そのまま昼寝することも多く、誰がどの順番で来るのかは分からない。
たった十分あるかないかの時間、気の許せる人たちに囲まれて過ごすのは、密かな幸せでもあった。
「盛本、お前。岩崎泣かしたんだって?」
予鈴がなって、昼寝から盛本が目覚めたら、横に一人の男子が座っていた。起きたのに気づくと話しかけてきた。
目の前では、先客だった栗岡と二人の男子が鬼ごっこをしていた。
それを女子が三人、世間話をしながら見ていた。そう、いつものメンバーだった。
「……は? 泣かされたのはこっちだろ」
泣いてはいないが、心では十分、盛本だって泣きたかった。からかわれたのだから当然だろう。
きっと、何かしらの罰ゲームの名目にされたんだ。告白なんてイベントとは、盛本は無縁のはずだから。
「いや、告白されて振ったんだろ? 号泣してたって話が持ちきりだったぞ?」
寝ぼけてるのか、そんなノリで説明された。二人の間に、すごい齟齬が生じていると気づいた。
「待ってよ、谷川。私、告白されてないから」
最初からして違うだろ、と盛本は訂正を入れた。それに疑いの眼差しを向けられる。不本意だった。
「すごい酷い振り方したって、話だったけど?」
「いやいや、呼ばれたから行ったら、周りがどう見ても野次馬で、真ん中に岩崎が立ってんだよ?
罰ゲームから、早く解放してやろうって思うじゃん?」
あの無言の空間に付き合って、ずっと堪え忍ぶことなど盛本には出来なかった。
なぜなら野次馬は野次馬で、ずっと笑っている奴も混じっていたのだから。
真面目に時間を割いて、付き合ってやる方が滑稽ではないか。
「うわ、お前。聞かずに出てったのかよ」
「せめて告白くらい聞いてやれ!」
「ひでー」
鬼ごっこをしていた男子たちも加わり、口々に抗議をあげてくる。
予鈴がなったから、お開きになったらしい。
「はぁ!? あの状況で本気だと思う方が無理あるわ! 私、悪くないから、あり得ないから」
「まーまー、盛本。ぶっちゃけ岩崎のことはどうなのよ?」
「そうそう、ちょっとはどうなの?」
皆で揃って二階の教室に戻る中、いつものメンバーである女子からも声をかけられた。
「いや……、ないよ?」
――喋るには喋るけど、岩崎とそもそも接点ないし。
好意を持つかどうかで聞かれたら、無い。居心地が良いと思うのは、このいつものメンバーだけだった。
それ以外はぶっちゃけ、盛本にはどうでも良いのだ。
「岩崎、かわいそう」
「ちょっと同情する」
「待って、なんで私の味方は、一人もいないわけ?」
いつものメンバーは男子にしろ、女子にしろ、盛本の味方をする気はないらしい。
「そりゃ、お前。せめて告白聞いてから断れば、良かったんだよ」
すぐ後ろを歩いていた谷川にまで、また言われてしまった。
さらには、教室に戻ってからも他の同級生たちから、いじられることになった。
――解せない。
そもそもこの告白ラッシュ自体が、あり得ない。異常とも言える。毎日、誰かが告白をしているのだから。
その証拠に午後、盛本は少しからかわれただけで、翌日にはすっかり元の日常が返ってきた。
あの告白はやはり、罰ゲームや気のせいだったのではと思うほど、あっさりとしていたのだった。
三月に入ったばかりのある日。前期入試の結果が、各高校で貼り出された。
現地に赴き、合否を持ち帰った前期受験者の笑顔と泣き顔、喜びと消沈がごちゃ混ぜになった。
その翌日から、告白ラッシュがピークを迎えた。
十分休憩時に告白が始まるのは、今までもあった。告白されて断わられても、重くならず比較的あっさりとしていたのが、十分休憩の告白の定番だったからだ。
その熱量が変わった。告白した側のショックが大きすぎて、授業に食い込むようになったからだ。
あまりにも目が余る生徒は、保健室で休むようになっていた。
「どうしよう! もう来週と、あとちょっとしたら、卒業しちゃう」
放課後の部室。盛本は前期入試で合格したから、部活にも顔を出したりするようになった。
そこでいつものメンバーである女子が突然、泣き出した。
「あー。卒業だね」
よしよしと背中をさすりながら、盛本は声をかけた。
「長いような短いような、やっと離れられるというか」
もう一人の女子も、同意するようにしみじみとしていた。
月曜日から金曜日まで、長期休みを除いて毎日、毎日顔を合わせていた。
毎年のクラス替えも、毎月の席替えと同じで、代わり映えのしない面子の繰り返しで、飽きたと思う者が大半だった。
「もう、澤田君と会えなくなるよぉ。会えないのが、辛いよぉ!」
澤田は、スラリと身長が高く優しい性格で、三年の前期生徒会長を務めていた。
思春期に入り女子から人気で、密かに推してファンクラブがあるとまで噂で聞いた。
生徒会メンバーが皆人格者だったのもあり、澤田内閣と呼称をつけられ、かなり親しまれていた。
「でもでも、告白して断られたら、気まずすぎて学校に来れない……。
卒業式、もうすぐなのに。最後が気まずいままなんて、やだよぉ」
くず折れるようにその場で小さくなって、止まらない涙を拭うこともせず、嗚咽を漏らす友人の姿を見て、盛本はやっと気づいた。
ずっと一緒が当たり前で、同じ時間を過ごすのが当然だった。
狭い校区では、会いたくなくても会ってしまうものだった。
約束を取りつけず、家に直接行くくらいには皆、気心が知れていた。
家にいなかったら、あそこにいる、どこそこにいる、そう分かるほどには、皆の距離が近かった。
だから、知らなかった。その当たり前がもうすぐ無くなることを、本当の意味で分かっていなかった。
連日の告白ラッシュは、後悔しないために誰かが行動を起こしたものだったのだ。
恋人になれたら会う口実が出来るから、告白をするしかなかった。
よく遊ぶ友達でもなければ、告白することでしか、関係を繋ぎ止める方法が無かったのだろう。
連絡を取ろうと思えば、家の固定電話に掛けるしかなくて、その会話は家族に筒抜けだ。
中学でさえ皆、好きな部活に入って学生生活を謳歌していた。
高校ともなれば、学校が別々の場合、さらに生活リズムですれ違い、この狭い校区でも偶然会うことが減っていくだろう。
盛本は、彼女に声を掛けることが出来なくて、ただ背中をさすり続けた。
もう一人の女子も、一緒にいるしか出来なかった。夕焼けが、とても眩しかった。
「……失恋したらさ、カラオケ付き合ってくれる?」
あの日から二日経った放課後のこと、役員の仕事で残っていた澤田を見つけ、彼女は悩みに悩んでそう言った。
「ああ、いいよ。喉が枯れるまで失恋ソング歌ってあげる!」
「ちょっと! 傷口に塩塗り込むのやめてくれない!?」
盛本は、そう明るく言って渇を入れるように彼女の背中を叩いた。
もう一人の女子も、一緒になって笑う。
「じゃあ、撃沈してくるから。カラオケ、ちゃんと付き合ってよね!」
玉砕する気満々な台詞を吐いて、彼女は廊下を走っていった。生徒会で一緒に過ごしていたから、脈が無いことには気づいていたのだろう。
――それでも、告白せずにはいられなかったんだなぁ。
かっこいいと、盛本は素直に思っていた。自分には到底、出来そうになかったから。
「盛本はさ、谷川に告白しないの?」
「……そういう、野々宮は栗岡に告白しないの?」
お互いに、お互いの想い人のことを聞いた。いつものメンバーでずっと過ごしてきたのだから、気づくのは当然だった。
「栗岡君はもともと、後期入試一本なの。私も私立併願だけど、後期が本命だから。
お互いの重荷にもなれないし、結果もこれからだから、告白なんて出来ないよ」
「栗岡は、野々宮が好きだと思うよ?」
盛本は、栗岡とは同じクラスだった。野々宮は隣のクラスで、栗岡はクラスが別なことを不満に思っていた。
野々宮の前では格好つけていたけれど、同じクラスの面々は皆、気づいていた。
「栗岡君が私をなんて、そんなこと無いよ。でも、そうだなぁ。
後期結果が出たらさ。栗岡捕まえるの、手伝ってくれない?」
おねだりするように乞う野々宮は、いかにも可愛い女子だった。
ため息混じりに、盛本は頷くしか出来なかった。
――可哀想なアイツを見て、知ってるからなぁ。
下級生からも慕われていた野々宮は、告白ラッシュでは誰からも告白されていなかった。それは皆、栗岡が怖かったからだ。
修学旅行ではクラス毎に、ペンションへ泊まることになっていた。
一大イベントを共に過ごせないことに、いっそ休もうかと溢すくらいには、栗岡は周囲に対して片想いを隠しもしないし、重かった。
「でも、連絡先も何も知らないのに、卒業後にどうやって捕まえるの?」
「栗岡って塾の帰り道に、私の家の前を絶対に通るんだよ。だから、そこを捕まえるの、名案でしょ?」
栗岡の家と塾の間に、野々宮の家があるらしい。塾のある曜日も、時間帯もリサーチ済みな辺り、野々宮も気持ちも重そうで大変お似合いだと思った。
ちなみにそこまで把握していて、盛本は張り込みに付き添う必要があるのか聞いた。
すると、一人で待つのが心細いとの乙女な理由が返ってきた。
「で、谷川に告白しないの?」
野々宮は次は盛本の番だと、話を振ってきた。はぐらかそうにも、廊下に二人だけ。
しかも、玉砕に行った彼女の帰りを待たないといけない。
――野々宮も気づいてるよね。私が気づいたくらいだし。
「……気まずくて出来ないね。谷川、不合格だったから」
同じ志望校を受けたのだ。結果は十人受けて、谷川ともう一人の二人だけが不合格だった。盛本は合格の八人の中に入っていた。
筆記テスト、小論文、面接の内容だった。
谷川の方が社交的でよく話すのに、なぜ不合格なのが盛本ではなく、谷川だったんだと合格発表を見て愕然としたのを覚えている。
成績も内申点もよく似ていた。同じクラスだったから、それこそテストの点数の見せ合いもしたことがあったのだ。
「ほら、私ってさ。家庭が超ドライだから。受験も前期は受かったらいいな、くらいだったんだよ。でも結果はこうだろ?
受かって良いことのはずなのにさ。口数の減った谷川にどう接して良いか、未だに分からないんだよね」
あのお喋りな谷川が、合格発表の帰りは無口だった。あれから数日、会話はするけれど距離が遠いとずっと感じていた。
だから、今はもう卒業式の日を祝福出来たらそれで良いと、それ以上を盛本は望まなかった。
「学校変わったらさ、家のこともあるから、もう気軽に会えないと思うんだよね。
携帯も無いし、疎遠になってしんどくなるのが分かってるから、不幸に巻き込めない」
身の丈に合わない幸せな気持ちと思い出は、もう貰っていた。それで十分と思えるくらいには、恵まれた片想いしていた。
――さっきの、野々宮に言ったのと同じ。でも、皆とは違う。
合格発表の後に、澤田たちに盛本は言われた。谷川を元気づけてやれと、好きな奴から言われたら大丈夫だからと。
「……無理だよなぁ。色々言い訳並べて、距離取っちゃってるもん。告白する資格がないよ」
情けなく笑って言えば、野々宮は否定はしなかった。
告白ラッシュは、必死な告白現場を見た生徒が感化され、波紋が広がるように生まれたのだろう。
男子からの心ときめく告白もない。女子からの萌えるような告白もない。それは行動に移す相手がいて、出来ることだから。
いくら相思相愛だと周りに言われても、それを信じることが出来なくて、行動に移せなかったらそれまでだ。
だから、気持ちに区切りをつけて告白しない道を盛本は選んだ。
「……もう。仕方ないなぁ、皆で仲良く失恋ソングを合唱しよう!」
「なにそれ、野々宮は違うでしょ」
「カラオケは歌いたい曲を歌うもんだから、良いの」
盛本と野々宮が言い合いをしていると、駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「振られてきたよー! 慰めてぇ!」
「竜胆、お疲れ、頑張ったね。
じゃあ、週末。皆でカラオケ行こう。オープン待ち合わせで、フリータイムで歌いまくるぞー!」
しばらくの間、女子三人が人のいなくなった廊下で、大声を出して泣き笑い騒いでいた。
――告白だけじゃない。友だちとこうやってバカ騒ぎするのもおしまいなんだ。
中学生の可愛くない制服を着て、こうやって集まるのもあと数回だけ。
盛本はそうやって、今の時間を噛み締めていた。
卒業式は天気にも恵まれ、無事欠席者が一人も出ることなく始まった。
式が進むにつれ、すすり泣く声も聞こえてくる。
――ああ、本当に終わるんだな。
親兄弟の次に、人生の大半を共にした仲間と別れて、皆それぞれの道へ歩んでいく。
前日に配られたアルバムは、放課後に寄せ書きタイムが始まった。
その日だけは皆で最終下校まで残り、ページに書ききれないほどのメッセージを集めた。
途中、誰が誰のアルバムか分からずに書く事態にも発展していた。
竜胆は、澤田にアルバムを持っていって書き込みの依頼をしていた。
振られても、友だちとしての距離は残ったらしい。
行方不明となり戻ってきた盛本のアルバムには《さようなら中学生の盛本。よろしく高校生の盛本》とユーモアも混ざっていた。
これはいつものメンバーの残る女子の一人、佐伯が書いたものだった。
三年の春、佐伯はいつの間にか安堂と付き合っていた時期がある。
けれど今よりも当時はカップルが珍しく、弄られた果てにいつの間にか別れていた。
いつの間にか、というのは付き合う前も仲が良く、別れてからも仲が良く、驚くほど距離感が全く変わっていないからだ。
アルバムのフリーページ、その僅かに残った欄を見つけて、盛本も勇気を絞り出すことにした。
自分から話しかけるのは、挨拶以外では合格発表以来初めてだった。
『谷川、私のも書いてー』
『おー。んじゃ、交換な』
最後の最後で、ようやく短い会話なら交わせるようになってはいた。それが後の卒業式への勇気に繋がった。
式が終わって、最後のホームルームが終わる。目も鼻も真っ赤にして、女子のハンカチはもうびちょびちょになってる子もいた。
皆で思い思いに写真を撮ったり、話をいつまでもしたりする。
盛本は、周りの皆を使い捨てカメラで撮っていく。仲の良い友だちとも、一緒に映って撮ったりした。
残数を確認しながら、人混みから谷川を探し始める。
皆でわいわいがやがやと賑わう外を探す中で、一つ気づいた。
王道とも言えるシチュエーションのはずなのに、と。
――卒業式の前日から、そういえば告白を見てない。
あれだけ見かけた告白ラッシュは、終わりを告げて、皆はただ晴れの日を祝っていた。
「ボタン、どれでも良いから頂戴!」
「ハサミもないけど、どうやって?」
野々宮が、栗岡にボタンをねだっている現場に遭遇する。
――ブレザーだもんね、第二ボタンとかないし。
というか、野々宮は少女漫画の読みすぎだろう。盛本は、カメラでそのやり取りを撮影した。現像したら、渡そうと思ってだ。
「谷川!」
「盛本、なに? ああ、バイバイ。達者でな!」
やっと谷川を見つけて、盛本は呼び止めた。彼は用件を別れの挨拶だと思って、盛本に告げてくる。
「早い! 軽い! 待って!」
即座に否定して、階段の上からカメラを見せた。彼は門に程近いところに居た。挨拶だけしてたら、このままでは、帰ってしまう。
「一緒に撮って!」
「え、二人で? 俺で良いのかよ?」
思いきって声をかければ、谷川は驚いていた。後ろに居た大人に声をかけてから、盛本方へと歩いてきてくれた。
「皆とも撮ったよ。あとは谷川とがいいの!」
「仕方ないなぁ」
谷川はそう言いながら、人が映り込まない所を探して、盛本からスッとカメラを奪い取る。
「貸して、俺のが手が長いから」
そう言って、ピタリと寄り添うと三枚ほどシャッターを切ってくれた。
「ほら、たぶん撮れてると思う。本当に写真好きだよな、盛本は」
谷川はいつもと同じように明るく笑いながら、カメラを返してくれた。
彼が言ってるのは、修学旅行のことだろう。いろんな場面を撮ったりしたが、中でも風呂上がりの皆を、了承を得てから撮ったものは貴重でお気に入りだった。
お小遣いから焼き増しを支払って、皆に配って喜ばれたものだ。
「カメラで楽しかったことも一緒に、思い出が残せるから。切り取った時間を見返したら、嬉しくて頑張れそうだもん」
告白は最後までしなかった。言われてみれば確かに、友だちの距離ではないように思う。
ツーショットを頼んだからかも知れないが、さっきもとても距離が近かった。
きっと、現像したら宝物になることだろう。
「……盛本、元気で」
「谷川も、元気でね。高校、頑張って!」
――大好き。
少しだけ沈黙が流れて、今度こそ短く別れ言葉をかけられた。
どこかぎこちない谷川の声だったが、その気まずさを盛本は弾む声で上書きした。最後がしんみりするのは、嫌だったから。
待たせていた大人と一緒に、彼は帰っていった。
中学三年になってから実は、昼休みメンバーで谷川の家で何度か遊んだことがある。
初めて訪れた時は、表札が違う名字で驚いた。それを伝えた時、お喋りな彼は理由を言わなかった。あれからも、理由は知らないままだ。
何度も遊ぶうちに、部屋に二人きりになったこともある。今にして思えば、周りがくっつけようと画策されてたのだろう。
そうはならなくて、何でだと言われたことがあった。当時はその意味に気づかなかったけど、今なら言葉通りなのだとも思った。
――でもその時でさえ、谷川の家族の話は聞いてない。
でも、それは盛本も同じだった。仲間内では二人とも多弁なのに、自分のことはあまり話してこなかった。
きっと物語の主人公にもなれるような、特別な事情を抱えていたかもしれないし。抱えていないのかもしれない。
――私もアイツも、踏み込むことを選ばなかった。
友だちよりも近くて、でも恋人になるには遠かった。
盛本は巻き込みたくないと思ったし、もしかしたら谷川も、思うところがあったのかも知れない。
昔、学校帰りに帰宅をせずに、そのまま家の買い物を済ませて、家に向かって通学路を歩いていた。
『まだ帰ってないのかよ、おっそ!』
そう言った谷川は、私服に着替えていて自転車に乗っていた。
『悪い!? 家に帰ってから買いに来ると二度手間なんだよ! ほっとけ』
盛本が悪態をついても、谷川は嫌な顔をしない。いつもそれに甘えていた。
あの時も、彼の家はとっくに過ぎていたのに、自転車でわざわざ追いかけて声をかけてくれたのだ。
偶然を装うために、同じスーパーで買ったレシートまで見せられた。消しゴム一つしか、買っていないレシートだった。
――不器用過ぎて、分かんないって。
盛本が持っていた買い物袋を、しかないなぁと谷川は笑って自転車のかごに入れていた。十五分の道のりを、くだらない話をしながらずっと一緒に歩いてくれた。
たったそれだけのことが、目頭が熱くて仕方ないくらいに嬉しかった。
だから大切だからこそ、告白はしない選択肢をして、そのことに後悔はなかった。
――キラキラしていない、物語の主人公のようにハッピーエンドでもない。
でも――。
「これくらいの幸せが、私にはちょうど良いから。どうか幸せに……」
卒業式の雑踏で、谷川が小さく消えてしまうまで、盛本は目に焼き付けるように見つめていた。




