第七話 選ばなかった未来は、消えない
会社の会議室は、ダンジョンよりも静かだった。
空調の音だけが、やけに大きく聞こえる。
竹本ゆうじは、上司の正面に座っていた。
「竹本くん。最近、勤務態度に問題がある」
資料をめくる音。
数字と事実が、淡々と並べられる。
「無断早退、体調不良の申告が続いている。正直に言ってほしい」
喉が、ひりついた。
「……副業の件ですか」
「副業そのものは認められている。だが、会社に支障が出ている」
沈黙。
「続けるなら、配置換えか、降格も検討する」
それは、事実上の通告だった。
「それとも――退職か」
会議室を出たとき、足が少し震えていた。
平凡だった日常。
それを守る代わりに、何かを諦める。
夜。
ギルドの屋上で、ゆうじは風に当たっていた。
「……来ると思った」
背後から、低い声。
鷹宮レオだった。
缶コーヒーを二本、差し出してくる。
「俺がな」
鷹宮は、フェンスにもたれた。
「ダンジョンが出た直後、二つの道があった」
自衛官として、残る道。
探索者として、前に出る道。
「組織に残れば、安定はあった。家族も守れた」
夜景を見つめながら、続ける。
「だが、俺は選ばなかった」
「……後悔、してますか」
一瞬の間。
「してる」
即答だった。
「今でも、してる」
ゆうじは、言葉を失った。
「だがな」
鷹宮は、缶を開ける。
「選ばなかった未来は、消えない。だが、選んだ未来を否定する理由にもならない」
その横顔は、強く、疲れていた。
「お前は、まだ戻れる」
視線が、真っ直ぐ向けられる。
「だからこそ、迷え。安易に、俺と同じ場所に来るな」
その言葉が、胸に刺さった。
翌日。
ゆうじは、会社のデスクに座っていた。
キーボードを叩く音。
同僚の雑談。
確かに、ここにも自分の居場所はある。
だが、頭の奥に、ダンジョンの感覚が残っている。
言葉が力になる世界。
覚悟が試される場所。
昼休み。
スマートフォンに、ギルドからの通知。
《特別監督下探索者:今後の進路相談》
ゆうじは、深く息を吸った。
(……選ばない、ってのも選択だ)
だが、逃げないと決めた以上、
先延ばしにはできない。
夕方。
再び、上司の前に立つ。
「結論、出ましたか」
ゆうじは、頭を下げた。
「……少し、時間をください」
即答は、できなかった。
それでも。
選ばなかった未来を、ちゃんと背負う。
選ぶ未来から、逃げない。
それが、今の自分にできる、唯一の覚悟だった。
分岐点は、もう目の前にある。
止まっている時間は、ない。




