第六話 選択は、同時にはできない
その日の朝、会社のフロアはいつもより騒がしかった。
「サーバー、落ちてる?」
「取引先から電話が……!」
竹本ゆうじは、自席で固まっていた。
基幹システムの障害。
しかも今日は、大口クライアントへの提出日だ。
「竹本くん!」
上司が声を荒げる。
「復旧作業、君も入って。今日は全員残業だ」
ゆうじは、喉を鳴らした。
「……はい」
頭をよぎったのは、夜に予定されている探索だった。
ギルドの特別監督下での、重要な検証探索。
(無断欠席は……まずい)
だが、今ここで抜ければ、会社が止まる。
時間は容赦なく過ぎていく。
昼を越え、夕方になっても復旧の目処は立たなかった。
「今日は徹夜覚悟だな」
同僚の苦笑。
その瞬間、ゆうじのスマートフォンが震えた。
ギルドからの着信。
出られない。
(……どっちだ)
選択肢は、残酷だった。
結局、ゆうじは席を立った。
「すみません。体調が……」
嘘だった。
だが、言葉は止まらなかった。
夜のダンジョンは、昼とは別の顔をしていた。
東湾第七ダンジョン、中層。
特別監督対象として、黒瀬ミサキと鷹宮レオが同行している。
「遅れた理由は、聞かない」
黒瀬は淡々と言った。
「その代わり、集中して」
「……はい」
魔物の反応が、複数。
「数が多い。囲まれるぞ」
鷹宮が前に出る。
ゆうじは、胸の奥がざわつくのを感じていた。
会社を放り出してきた罪悪感。
仲間に遅れた焦り。
《スキル:中二病 発動》
勝手に、文字が浮かぶ。
(また……強制?)
魔物が一斉に動いた。
「―― 時よ、止まれ……クロノスリップ! 」
叫んだ瞬間、世界が歪んだ。
音が、引き延ばされる。
魔物の動きが、極端に遅くなる。
「……時間系!?」
黒瀬の声が、遠い。
だが、止まらない。
魔力が、さらに集束する。
「―― 重力よ、跪け……グラビティプレス! 」
床が軋み、見えない圧が落ちた。
魔物たちが、一斉に地面へ叩きつけられる。
だが、同時に――
ゆうじの膝が崩れた。
「竹本!」
視界が揺れる。
時間感覚が、壊れていく。
(……やりすぎた)
黒瀬が即座に判断した。
「撤退。これ以上は危険」
地上に戻ったあと、医療区画で横になりながら、ゆうじは天井を見つめていた。
「時間と重力」
黒瀬が、端末を操作する。
「最上位系統です。発現条件が不明なぶん、危険性も高い」
「……会社、抜けてきました」
思わず、口に出た。
「それで、このザマです」
黒瀬は少し黙り、やがて言った。
「どちらも、責任を伴う場所ですね」
優しい声ではなかった。
だが、責めてもいなかった。
「両立は、いずれ破綻します」
鷹宮が、腕を組んだまま言う。
「覚悟の話だ」
ゆうじは、目を閉じた。
会社のデスク。
ダンジョンの闇。
時間を止めても、
重力を操っても。
選択そのものは、止められない。
(……逃げないって、決めたんだ)
だが、何から逃げないのか。
それを、まだ決めきれていなかった。
ダンジョン時代は、
待ってはくれない。
現実は、今日も同時に迫ってくる。




