第十五話 制御された戦場で、制御できないもの
復帰初戦は、あまりにも静かに始まった。
場所は、湾岸部に新しく発生した小規模ダンジョン。
国家管理下で、完全封鎖済み。
民間探索者はいない。
「実戦テストとしては、最適です」
対異常戦略局の現場管制官が言う。
「敵性反応は低。環境も安定」
つまり――
失敗しても、被害は抑えられる。
ゆうじは、深く息を吸った。
装備は軽い。
制限条件は、さらに厳しく設定されている。
「スキル使用は、最大三回まで」
黒瀬ミサキが、視線を合わせる。
「詠唱は禁止。意図制御のみ」
「……了解です」
声は、胸の奥で沈黙している。
(……大丈夫だ)
そう、思っていた。
ダンジョン内部。
コンクリートと岩盤が混じった、歪な通路。
魔物は、すぐに現れた。
人型に近いが、輪郭が曖昧。
低ランクだが、数が多い。
「前進します」
ゆうじは、足を踏み出す。
意図を、明確にする。
(――速く、正確に。必要最低限で)
力が、応える。
身体が、軽くなる。
重力干渉、微弱。
敵の動きが、わずかに遅く見える。
(……いける)
新制御法は、確かに機能していた。
二体、三体。
問題なく対処する。
管制室からも、安定の報告。
だが――
四体目を倒した瞬間。
違和感が、走った。
(……まだ、使ってない)
意図は、止めている。
だが、力が、引いたまま戻らない。
視界の端で、空間がわずかに歪む。
「……竹本、数値が――」
黒瀬の声が、途中で途切れた。
胸の奥で、声が囁く。
『――条件を、満たしている』
(……何の条件だ)
『――壊さない。奪わない。失わない』
それは、
ゆうじ自身が定めた“ルール”。
だが――
『――だが、守るとは言っていない』
重力が、急に増した。
「っ……!」
膝が、床に沈み込む。
魔物が、まだ残っている。
「緊急遮断、準備!」
管制官の叫び。
ゆうじは、歯を食いしばった。
(……制御、できてない)
新制御法は、
「使わない」ことを制御する方法だった。
だが――
「勝手に使われる」ことまでは、想定していなかった。
『――お前が選んだ』
声は、冷静だった。
『――守るために、使うと』
(……違う)
(今は、必要ない)
だが、力は止まらない。
時間感覚が、再び引き延ばされる。
魔物の動きが、止まる。
同時に、ゆうじの身体が悲鳴を上げた。
「遮断!」
黒瀬の声。
次の瞬間。
世界が、叩き戻される。
床に倒れたゆうじの視界に、白が広がった。
医療区画。
天井を見るのは、何度目だろう。
「……欠陥、ですね」
目を覚ました直後、黒瀬が言った。
「ええ」
否定はしない。
「新制御法は、“自発的な使用”には有効です」
「でも……」
「スキル側が、あなたの意図を“拡大解釈”した」
ゆうじは、天井を見つめた。
「……守るためなら、勝手に動く」
「ええ」
黒瀬は、静かに続ける。
「それが、あなたのスキルの本質です」
善意。
責任感。
選び続ける性格。
それらすべてが、
力を呼び寄せる。
「……俺が、甘かった」
「いいえ」
黒瀬は、首を振った。
「想定できなかった我々の責任です」
沈黙が、落ちる。
やがて、ゆうじは小さく息を吐いた。
「……でも」
視線を上げる。
「分かりました」
「何がですか」
「このスキルは」
一拍置く。
「制御するものじゃない。折り合いをつけるものだ」
声は、何も言わなかった。
だが、
完全な沈黙でもなかった。
次の段階が、必要だ。
条件付き復帰初戦は、成功とは言えない。
だが、失敗でもない。
欠陥が、はっきりと姿を現した。
それは、
前に進むための――
痛みを伴う、確かな一歩だった。




