第十四話 条件付き復帰、そして声と向き合う方法
復帰条件は、三つ提示された。
黒瀬ミサキは、管理室の端末を操作しながら、淡々と読み上げる。
「第一。時間・重力系スキルの単独使用禁止」
予想通りだった。
「第二。詠唱の完全固定化を中止」
ゆうじは、顔を上げた。
「……中止?」
「はい。今後は“自由詠唱”ではなく、意図制御方式へ移行します」
画面に、簡素な図が映る。
「言葉を“力の引き金”にするのではなく、
言葉を“ブレーキ”として使う」
「……逆、ですね」
「ええ。あなたの場合、言葉が暴走の起点になる」
そして、最後。
「第三。――声との対話は、管理下でのみ許可」
空気が、わずかに張り詰めた。
実験室は、最低限の設備しかなかった。
白い壁。
簡易結界。
観測用のカメラ。
国家機関としては、異例なほど慎重な扱いだ。
「緊急遮断コードは、こちらで保持します」
黒瀬は、ゆうじの正面に立つ。
「少しでも異常を感じたら、即中断します」
「……はい」
座る。
目を閉じる。
深呼吸。
声は、すぐそこにいた。
『――名を、呼べ』
以前より、はっきりと。
だが、今回は違う。
(……呼ばない)
ゆうじは、心の中で言葉を整えた。
(聞くだけだ)
『――拒否か』
声は、怒らなかった。
『――それも、選択』
ゆうじは、ゆっくりと問いかける。
(……お前は、力じゃない)
一瞬の沈黙。
『――正確ではない』
感覚が、流れ込んでくる。
無数の言葉。
無数の未完の物語。
『――我は、形を与えられる前の概念』
(……人が、言葉にしたがるもの)
『――そうだ』
実験室の外で、黒瀬は息を止めていた。
(……安定している)
数値は、危険域に達していない。
ゆうじは、続ける。
(中二病スキルは、俺の中にある)
『――起点は、お前だ』
(でも、支配はしない)
はっきりと、意思を示す。
(使うときは、条件をつける)
『――条件?』
(世界を壊さないこと)
(誰かの未来を、奪わないこと)
(……そして)
一瞬、言葉に詰まる。
(俺自身を、失わないこと)
長い沈黙。
そして、声は――
わずかに、揺らいだ。
『――それが、契約か』
(違う)
(これは、俺のルールだ)
その瞬間、胸の奥で、何かが“収まった”。
力が、暴れない。
引き寄せられない。
言葉が、静かに、そこにある。
「……数値、安定しました」
外から、報告が入る。
黒瀬は、ゆっくりと息を吐いた。
実験終了後。
ゆうじは、少し疲れた顔で立ち上がった。
「……どうでした」
「怖かったです」
正直に答える。
「でも」
一拍置く。
「話せました。初めて」
黒瀬は、小さくうなずいた。
「それが、新しい制御法です」
「……声と、距離を取る」
「ええ」
支配しない。
されない。
対話し、線を引く。
それは、探索者としても、
一人の人間としても、難しい選択だった。
復帰は、条件付き。
制限だらけだ。
それでも。
言葉を、再び使える。
奪われずに。
飲み込まれずに。
中二病スキルは、
力ではなく――物語の入口になった。
次に進む準備は、
ようやく整った。
危険は、消えていない。
だが、向き合う覚悟はできている。
沈黙の期間は、終わる。
竹本ゆうじは、
再びダンジョンへ戻る。
今度は、
自分の言葉を、手放さないまま。




