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第十二話 言葉が、力を拒み始めた日


 それは、戦闘の最中ではなかった。


 朝、目を覚ました瞬間。

 竹本ゆうじは、自分が「起き上がれない」ことに気づいた。


 身体が重い、というより――

  床と天井の距離感が、わからない。 


(……どっちが、上だ)


 天井を見ているはずなのに、落ちていく感覚がある。

 視界の端で、時計の秒針が、ありえない速度で逆回転した。


「……は、はは」


 笑おうとして、喉が引きつった。


 これは、明らかに異常だった。


 医療区画の天井は、白すぎるほど白かった。

 三日後、ゆうじはそこにいた。


「結論から言います」


 黒瀬ミサキは、いつもより少しだけ声を落としていた。


「長期離脱が必要です」


「……どれくらい」


「最低でも、一か月」


 その言葉は、重かった。


「戦闘禁止。スキル使用も原則不可」


「原則、って?」


 一瞬の沈黙。


「発動した場合、止められる保証がありません」


 代償は、限界に近づいていた。


 時間感覚の乱れ。

 重力負荷の慢性化。

 そして――最も危険な兆候。


「詠唱言語の変質、ですね」


 黒瀬は、淡々と告げる。


「……言葉が?」


「ええ」


 検査映像が、表示される。


 先日の簡易テスト。

 ゆうじは、いつものように口を開いた。


「――我が掌に集え、炎の……」


 そこで、言葉が止まった。


  続きが、出てこなかった。 


「忘れた、わけじゃありません」


 黒瀬は続ける。


「脳内では認識している。でも、言語化できない」


「……そんな」


「スキルが、あなたの“言葉”を拒否し始めています」


 その日の夜。

 ゆうじは、病室で一人だった。


 試すつもりはなかった。

 それでも、口が勝手に動いた。


「――我が……」


 喉が、ひりつく。


「……名を、呼べ」


  違う。 


 今まで、そんな詠唱は使ったことがない。


「……誰の、名だ」


 言葉が、勝手に変わる。

 意味が、微妙にズレる。


(……俺のスキル、だろ)


 だが、確信が持てなかった。


 翌日。

 鷹宮レオが、見舞いに来た。


「顔色、最悪だな」


「……ああ」


 冗談めかして言おうとして、失敗する。


「聞いた」


 レオは、椅子に腰掛けた。


「言葉が、変わり始めてるんだって?」


「……使うな、ってことだろ」


「違う」


 レオは、首を振った。


「 “戻れなくなる”前兆だ 」


 ゆうじは、黙った。


 レオは続ける。


「俺が、選ばなかった未来。覚えてるか」


「……ああ」


「あれの最後に来るのが、それだ」


 力を振るい続け、

 言葉が、自分のものじゃなくなる。


「だから、止まれ」


 その言葉は、命令ではなく、忠告だった。


 黒瀬ミサキは、管理室で記録を整理していた。


(……想定より、深い)


 スキルの中枢が、

 ゆうじの言語領域に干渉し始めている。


「“中二病”スキル……」


 冗談のような名前。

 だが、その実態は、 概念操作に近い。 


 言葉を媒体に、現実を書き換える力。


 もし、その言葉が暴走すれば――


(……彼は、兵器になる)


 それだけは、避けなければならない。


 数日後。

 ゆうじは、退院ではなく「隔離」に近い形で、休養に入った。


 何もせず、

 戦わず、

 言葉を、使わない日々。


 それでも、夢の中で声がする。


『――名を、呼べ』


 知らない声。

 だが、どこかで聞いた気もする。


 目を覚ましたとき、

 ゆうじは、強く拳を握った。


(……まだだ)


 まだ、選ばせていない。

 まだ、譲っていない。


 言葉は、自分のものだ。


 力に奪われるには、

 まだ、早い。


 長期離脱。

 それは、敗北ではない。


 次に進むための、

  最低限の抵抗だった。



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