第十一話 全力は、条件付きでしか許されない
国家共同任務――その響きは、想像以上に重かった。
集合場所は、郊外の閉鎖工業地帯。
立入禁止のフェンスの向こうに、簡易封鎖されたダンジョン入口が口を開けている。
「今回の任務は、異常発生の初期対応です」
対異常戦略局の現場責任者が、淡々と説明する。
「内部で時間歪曲反応を確認。民間探索者の立ち入りは制限中」
その“例外”として、ゆうじはここにいた。
黒瀬ミサキが、小型端末を差し出す。
「制限条件を確認してください」
画面には、赤字で明確に書かれていた。
――時間系スキル、使用一回まで
――重力系スキル、出力三割制限
――異常兆候確認時、即時撤退
「全力では、戦えない」
ゆうじは、小さく呟いた。
「全力で戦わせると、あなたが壊れる」
黒瀬の言葉は、感情を挟まない。
それが、管理者としての覚悟だった。
ダンジョン内部。
空気が、妙に粘ついている。
「……遅い」
歩くだけで、時間感覚が狂う。
一歩踏み出すたび、身体が重い。
(もう、来てる……)
代償は、任務前から始まっていた。
魔物が現れる。
形状が安定しない、中型個体。
「接触!」
国家側の前衛が応戦するが、動きが鈍る。
「……時間歪曲の中心に近い」
ゆうじは、歯を食いしばった。
「―― 我が歩みを阻む鎖を断て! ウィンドカッター! 」
風の刃が走る。
だが、いつもより遅い。
(……出力、落ちてる)
重力が、身体を引きずり下ろす。
「竹本、無理するな!」
鷹宮レオの声。
だが、前衛の一人が、崩れた。
判断は、一瞬だった。
「―― 時よ、刹那だけ俺に従え……クロノスリップ! 」
制限一回。
世界が、再び引き延ばされる。
ゆうじは、歯を食いしばりながら動いた。
遅れた動作の中で、最適な一手を探す。
「―― 重力よ、束ねろ……グラビティプレス! 」
三割出力。
それでも、魔物は地面に押さえつけられた。
次の瞬間。
時間が、元に戻る。
同時に――
視界が、暗転した。
「竹本!」
倒れる前に、誰かの腕が支える。
地上に戻ったとき、ゆうじは医療ベッドの上にいた。
天井のライトが、妙に遠い。
「……任務は」
「成功です」
黒瀬の声。
「異常は封鎖。被害も最小限」
「……よかった」
そう呟いた直後、強烈な吐き気が込み上げた。
視界が、断続的に途切れる。
時間が、前後にずれる感覚。
「これが……日常に、来るのか」
「ええ」
黒瀬は、否定しなかった。
「戦闘だけの代償ではありません」
その夜。
ゆうじは、自室でスプーンを落とした。
拾おうとして、距離感を誤る。
(……ズレてる)
時計を見る。
秒針が、早くなったり、遅くなったりする。
重力が、常に身体を引っ張っている。
それでも――
今日の任務は、救えた命がある。
(……全力は、許されない)
だが、制限付きでも、
自分は戦える。
黒瀬ミサキは、管理室で報告書を閉じた。
(……想定より、早い)
代償の侵食。
国家との共同任務。
それでも、彼を前線に立たせるしかない現実。
「……だからこそ」
小さく、呟く。
「守り切らないと」
全力で戦う資格は、
代償を背負い切れる者にしか、与えられない。
ダンジョン時代は、
優しさよりも、現実を突きつけてくる。
それでも、
竹本ゆうじは、歩みを止めなかった。
制限付きでも。
削られても。
選んだ以上、
前に進むしかないのだから。




