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第一話 ダンジョン時代の、ありふれた朝


 ダンジョンが現れてから五年。

 この世界は、少しだけ騒がしくなった。


 通勤電車の車内モニターでは、今日も探索者ギルドの広報映像が流れている。

「安全第一で、無理のない探索を」

 そんな言葉を、何度目にしただろうか。


 竹本ゆうじは、吊り革につかまりながら、その映像をぼんやりと眺めていた。


 二十三歳。

 都内の中小企業で働く、ごく普通のサラリーマン。

 スーツは量販店で買った既製品、ネクタイは母親の見立て。

 特別な才能も、誇れる実績もない。


 ダンジョンができる前と、生活はほとんど変わっていなかった。


 会社に着けば、パソコンを立ち上げ、請求書を処理し、上司に頭を下げる。

 昼休みはコンビニ弁当。

 定時を少し過ぎて退社し、狭いワンルームに帰る。


 ただ一つ違うのは――

 街のあちこちに、ダンジョンの入口があることだ。


「……はあ」


 帰宅途中、ゆうじは倉庫街の一角で足を止めた。

 シャッターの半分閉じた古い建物。

 そこが、 東湾第七ダンジョン の入口だった。


 探索者たちが出入りする姿を、何度も見てきた。

 防具に身を包み、武器を背負い、どこか誇らしげな背中。


(俺も、ああなれたらな……)


 思うだけなら、自由だった。


 その夜。

 部屋でくつろいでいたゆうじは、スマートフォンに届いた通知を見て、目を見開いた。


『探索者ギルド:新規登録受付中』


 副業解禁。

 最近、会社で話題になっていた言葉だ。


「……登録だけ、なら」


 気づけば、申請画面を開いていた。


 数日後。

 探索者ギルドの簡易適性検査で、ゆうじはダンジョンに足を踏み入れた。


 初期装備は簡素なものだった。

 貸与の防護服、短剣、そして小型の魔力測定端末。


 浅層。

 危険度は低いと説明されている。


 だが、実際に中へ入ると、空気が違った。

 ひんやりと重く、耳鳴りのような静けさ。


 ――そのとき。


 小型の魔物が、壁際から這い出てきた。

 灰色の体、赤い目。


「う、うわっ……!」


 足がすくむ。

 頭が真っ白になる。


(だ、だめだ……このままじゃ……)


 その瞬間、胸の奥が熱くなった。


 視界の端に、文字が浮かぶ。


《スキル:中二病シンドローム 発動可能》


「……え?」


 理解する前に、口が動いていた。


「こ、ここで……決めるしかないだろ……!」


 自分でも意味がわからない。

 けれど、なぜか確信があった。


「―― 我が右手に宿りし業火よ、敵を穿て! ファイアボール! 」


 恥ずかしさで、顔が熱くなる。

 同時に、右手に灼熱が集まった。


 次の瞬間、火の球が放たれた。


 小さな爆発音。

 魔物は悲鳴を上げる間もなく、霧となって消えた。


 静寂が戻る。


「……え?」


 ゆうじは、自分の手を見つめた。

 少し震えているが、確かに――やった。


 魔力測定端末が、警告音を鳴らしている。


《未登録スキルを確認》

《固有スキル:中二病》


「……なんだよ、それ……」


 思わず、笑いが漏れた。


 ダンジョン時代の日常は、確かにそこにある。

 だが、その中で。


 平凡なサラリーマンの人生は、今、確かに音を立てて動き出していた。



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