待たせてごめん
クロノの問いかけに、私はどう返すべきか迷った。
最初によぎったのは、クロノとシャンテの会話に乱入した時の事だ。ここで選択を間違ってはいけない。
彼は私をある程度は信頼してくれていると思う。
だが、以前のクロノと比べたら?まだ彼は私に恋心と呼べるものを持っているかはわからない。その程度の関係だ。
リスクがある。何か誤魔化す?
でも、ここで失敗すれば、もう信頼してもらうことは難しいだろう。出会い頭ですでにやらかしているわけだし、頭のおかしいストーカー扱いになるかもしれない。
躊躇いがちに、口を開きかけた時だった。
「その話、誰にも話したことないんだ」
クロノの言葉に、私は喉を鳴らす。
その言葉が本当なのであれば……私の話を信じてくれる、かもしれない。
私は、彼の前で深呼吸をする。息を吐き切って、答える。
「この話、別のクロノに聞いたんだ」
彼は眉を顰め「どういうこと?」と尋ねる。
「私、もう二回死んでるの。そして、過去に戻って、やり直ししてるの。貴方と会うのは三回目」
クロノは目を大きく見開く。その瞳は揺れ、困惑しているのが見て取れる。
私は続ける。
「クロノのお母さんの話は、二回目のときに聞いたの。お父さんが厳しくて、でもお母さんがクロノを励ましてくれたから腐らずにすんだって……あなたが教えてくれた。ここの近くの噴水の前で」
クロノの瞳が、少し大きく開くのが見える。
私はそのまま、続ける。
「あなたと私は、過去二回誰かに殺されてる。私は、それを回避するために、繰り返してるんだ、と思う」
そう言い切って、ふぅと小さくため息をつく。
側から聞けば信じられない話だ。
だが、今回はどうだろう。誰にも話していない話を知っている、これなら信じてくれるかもしれない。
私達は互いに一歩も動かず、黙っている。楽しそうに笑っている子供達が、私達の間を走り抜けていく。
しばらく黙っていると、おーい、と声が聞こえてきた。
「ちょっとぉ、はやく行かないと席が埋まっちゃうわよ」
リーシュが少し離れたところから、手を振っている。
私は「今行くよ」と、手を振り返す。
そして、クロノの方を振り向く。
「信じられないと思う、けど、本当のことなの。まずは自衛して。……犯人は私が捕まえてみせるから」
私はそう伝え、先にリーシュ達の元へ向かう。
クロノの表情は、見ることができなかった。
なんとなく、怖かったから。
その後、私達が殆ど話さないのに気がついた二人は、なんとなく配慮してくれた。リーシュには悪いことをしたなと思ったが、彼女と目線があった時にウィンクしてくれたので問題はないようだ。
それから数日の間、クロノは考え込んでいるようだった。一人で考えたいだろうと、私はその間少し距離をとっていた。勿論、危険が及ばないように、という点には注意を怠らなかったが。
「ねぇ、アリアのその癖、直さないの?」
女子同士でお茶をしている時、カレンが自分の唇を指しながら、聞いてきた。
「あ……唇を噛む癖?無意識でやっているから、なかなか、ね」
「癖って本人にはわからないものよねぇ」
リーシュが頬に手を当てながらそう言うと、カレンが「今癖出てるぞー」と言う。
「てかさ、知ってる?癖って本人の気持ちが無意識に出ちゃったりするらしい」
カレンが小さな声で話す。
「だから、もし秘密にしていることがあっても、案外出ちゃったりしてるかもよ」
にやりと笑うカレンに、私は顔が引き攣る。
私の癖は、多分不安な時に出ている……と思う。でも、その瞬間でなくても、血が出ていることで気が付かれるかもしれない。
私の心理が色濃く出るこの癖は、犯人にとって、何かヒントになり得るのかもしれない。
「こらこら、カレン!アリアが真面目に受け取っちゃったじゃない〜いいのよ。別に秘密があったって、ねぇ」
リーシュがそう言うと、シャンテが大きく頷く。
「ごめん、ごめん!面白雑学として言っただけだから、ね?」
そう言われて「私こそ何だか、変に受け取っちゃって、ごめん」と謝る。
ただ、妙にその癖の話は、私の中で小さなしこりのように留まり続けた。
そして、さらに数日経ったある日、クロノから声をかけられた。
「放課後、時間とれる?」
「うん」
「じゃあ、俺のお気に入りの場所、わかる?」
前回、クロノが教会前がお気に入りの場所だと言っていたのを思い出し、頷く。
「じゃあ、また後で」
そう伝えると、クロノは去って行った。
言葉尻から、まだ私を疑っているのだろうか、と感じて、少し胸が痛む。だが、当然だろうな、と思う自分もいる。私は小さくため息をつき、次の授業の準備を続けた。
放課後になると、私は教会前に向かった。
あの時、彼に死に戻りについて、打ち明けたベンチに座り、彼を待つ。
妙に緊張してしまう。もうクロノの中で結論は出ているのだろう。だから緊張したって意味はないのに。手に汗が滲み、ハンカチを取り出して握る。
暫くすると、彼が現れる。
その表情は少し硬く、私もそれに釣られて顔の皮膚が引っ張られ、硬くなったように感じた。
「お待たせ」
彼はそう言って、私の隣に座る。
しばらくの間、沈黙が続いた。私は空を見上げ、綺麗な空だなとか、頭を言葉で埋め尽くしていた。そうでもしないと、マイナスな言葉でいっぱいになってしまいそうで。
「……過去に戻ったと聞いた時、正直頭がおかしくなったのかなって思った」
ぽつりと呟かれた言葉に、私は「そうだよね」と呟く。
普通の感覚だと思う。私だってもし他の人から言われたら、そう思うだろう。
「でもさ、母さんの言葉とか、お気に入りの場所のこととかもそうだけど……初めて会った日の態度とか、色んなことが繋がっていって」
クロノは、頭をガシガシと掻き、私に向き合う。
「それに、俺達が殺されたって嘘つく意味って、ないよなって、そう思ったんだ」
そして、膝に置いていた私の手に、自分の手を重ねる。
「だから、アリアのこと信じることにした」
そう言って、困ったように笑って私の頬に触れる。
「……ごめん、待たせて。ほら、泣かないで」
彼にそう言われて、私は自分が涙を流していることに気がついた。この涙は、悲しいからじゃない。嬉しかったから。
クロノが、死ぬ前の私も、今の私も、色んな私の行動を、言葉を、信じてくれた気がして。
無駄じゃなかった。繋がってるって、そう思えて。
「ありがとう、信じてくれて」
私は馬鹿みたいに泣きながら、その言葉を伝えた。
頷いたクロノの瞳は、優しく細められた。




