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8/17

変化


 誰かに体を操られる恐怖を感じた日から、また季節は巡り、春が来た。

 とうとう、アカデミーの入学式がやってきたのだ。

 クロノに会える、その日が。


 アカデミーに着き、義兄さんと校舎前で、手をふって早々に別れる。

 今の私は、クロノで頭がいっぱいだ。

 私は湧き立つ激情を抑えながら、周りを見渡した。


 周りは変わらず、初々しい表情をした生徒であふれていた。

 暖かい風が頬を撫で、少しだけ表情が緩む。

 今は、ただ再会を喜ぼう。


 前回、クロノと出会った辺りに視線を送る。

 人混みの中、風になびく銀髪が見え、私の胸は大きく鼓動する。

 誰かと話しているのだろうか、微笑む彼は、いつもと変わらない。

 私は人混みをかき分け、彼に近づいていく。

 早く彼の目を見つめて話したい。彼を感じたい。

 確か前回話しかけた時は、彼の持っている本について声をかけたっけ。

 そう、確か本のタイトルは――。


「そ、その本、ビーの冒険譚だよね?私も好き、なんだ」


「俺も好きなんだ。奇遇だね。他に何が好き?」

 

 足は自然と止まっていた。

 まるで、私と彼の出会いを再現するかのように、二人はにこやかに会話をしていた。

 ただ違うのは……彼の隣には、シャンテが居た。

 時が止まったかのように、何も音が聞こえない。ただ、二人の姿だけが、鮮明に私の瞳に映っていた。



 「……なんで」


 誰にも聞こえないくらい、小さな声で呟く。


 

 どうして、こうなったんだろう。

 私と義兄さんが仲良くなったから?

 過去を変えた代償?

 

 何かが、変わってしまった。


 

 彼と生き延びた、その先の未来に、彼の隣に私がいないなんて、そんなことがありえるっていうの?

 そんな予感が私の頭上を掠め、必死に振り払う。

 疑ったことすらなかった可能性は、私をじわじわと締め付ける。

 耐えられない。ただ、見ていることが、それだけのことが、できなかった。

 衝動的に足は動き出していた。



「それ、私も好きなんだよね!」


 二人の前に立ち、何の脈絡もく話しかける。

 驚いた表情を浮かべる二人を尻目に、聞かれてもいないのに、どこが好きだとか、どこに感動したなどをつらつらと話す。

 普段の私なら絶対やらないのに、言わずにはいられなかった。

 私の方が詳しい、私の方がクロノと同じ気持ちだ、そうアピールしたかったのかもしれない。馬鹿みたいな嫉妬心。醜い、感情を垂れ流す。

 戸惑うシャンテが圧倒されているのを見ながら、視線をクロノに向けた時、私の口はようやく止まってくれた。

 彼の瞳は、戸惑いと、若干の冷たさを纏っていた。

 

 自分で、とどめを刺した。そう、瞬時に理解した。


 

「……ごめんなさい」


 

 視線に耐えられなくて、私は下を向く。

 嫌われた。それも、自分の汚い部分を露呈したせいで。

 自分への嫌悪に羞恥。色んな感情が混ざり合い、どうにも耐えられなかった。

 私は踵を返し、その場を去った。


 一人になりたかった。今は、誰にも会いたくなかった。

 ふらふらと図書館を訪れると、そこには誰もおらず、静寂に包まれていた。

 私は部屋の端まで行って、そこに蹲り小さく声を殺して泣いた。

 クロノは幻滅したに違いない。出会いを失敗してしまった。

 このまま、クロノとシャンテが私達のように、そのまま親しくなっていったら。

 

 クロノと、もう恋人になれないかもしれない。


 私は自分の腕を力強く掴み、膝に自分の額を押し付けた。

 

 

「いた。君、大丈夫?」


 

 頭上から声をかけられる。その声に、私は顔をあげる。

 そこには、少し息を荒くしたクロノがいた。


「どうして……」


「様子が少し変だったから、気になって。ほら、これ使って」

 

 そういって、ハンカチを差し出される。

 彼が追いかけてきてくれたことが、まだ信じられない。

 戸惑いながら、それを受け取り「ありがとう」と返す。


 暫くの間、私の鼻を啜る音だけが、響く。彼は私の隣に腰を下ろし、何を話すでもなく、黙っていた。

 少しずつ、昂っていた感情が落ち着いてくると、私はためらいがちに、言葉を発した。


「さっきはごめんなさい。その、急に話しかけて」


 まださっきの瞳が怖くて、彼の方は見ることができない。

 

「ううん、大丈夫だよ。まぁ、少し驚いたけど」


「……ごめん」


 クロノは「驚いた以上にさ」と続ける。


「なんだか、焦ってるように見えたんだ。それもあって、少し気になったんだ」


 そう言われ、彼の方に顔を向ける。

 彼は私をじっと見つめていた。

 好意ではなく、好奇心に似た瞳。

 

 今は、私の本当の気持ちは、理由は、伝える時ではない。

 そう、言えるとすれば。


「……友達になりたい、と思って」


 ぽつりと呟く。今出せる、精一杯の勇気。

 クロノは私の言葉に、少し目を大きく開き、そのまま細めた。

 そして、私に手を差し出す。


「うん。ゆっくり、仲良くなっていこう」


 強張っていた体から、力が抜けていく。私は気の抜けた声で「よかった」と溢す。

 そして、差し出された彼の手を握る。

 久々に感じる、彼の体温。そして、変わらない優しさに、目頭が熱くなる。

 歪な形で始まった友情から、育てていけばいい。

 まだ、彼とは出会ったばかりなのだから。

 


 その後、シャンテにも謝罪をした。

 彼女は、私達が恋仲だと勘違いしていたようで、クロノとは以前街で会ったことがあっただけだと、聞かされた。

 ……本当にそうなのだろうか?

 疑心暗鬼な私は、それをすべて信じることはできない。

 だけど、いま大事なのは、クロノの気持ちと、クロノを助けることだ。

 だから、もう考えないでおこう。そう、蓋をした。



 その後、私は前回と同様に、皆と再会をした。

 暫くは変わらない、今までと同じ日々を過ごしたのだが……。




 

「義兄さんとの仲を、取り持ってほしい?」


「そうなのよ。私、ロイさんのことが気になっていて」


 驚きの声をあげる私の前で、リーシュが頬に手を当てながら、にこりと微笑んでいる。


 その日、彼女が私に相談を持ちかけたことで、転機が訪れた。

 今まで、リーシュからこんな相談をされた事はあっただろうか?私は笑顔をつくりながらも、頭の中では必死に記憶を辿る。だが、何度考えても、初めて聞く話のはずだ。

 何故、こんなことを言い出したのだろう?私が義兄さんと仲良くなったから、何か状況が変わった?

 ……それとも、何か別の目的が?


「もちろん、私にできることなら言って。二人が付き合ったら、嬉しいし」


 そう伝えると、リーシュは私の手を取り、言い放った。


「嬉しい!じゃあ、早速なんだけれど、ダブルデートをしましょうよ」


「ダブル、デート」


「ええ、私達とクロノくんも誘って」


 リーシュは変わらず微笑んでいる。

 クロノを誘う。普通に考えれば、私がクロノと仲良くしたいと思っているのを察してだろう。

 だが、裏を読めば、クロノと接触したいのかもしれない。

 私のフィルターを通すと、全てが疑いの対象になっていく。もう、このフィルターが外れることは無いのかもしれない。

 

「わかった。誘っておくね」


 私が頷くと、リーシュは満足げに去っていく。

 今回死に戻ってから、色々な事が変わりすぎている。

 私の行動の影響かはわからないが、今後の行動は少し慎重にすべきなのかもしれない……いや、いっそ未来を変えるという意味では、行動をもっと変えていったほうがいいのかもしれない。

 リーシュの遠ざかっていく後ろ姿を見つめながら、頭の中で、そんな問答を繰り返した。


 

 

「四人で遊びに?うん、もちろんいいよ」


 翌日、クロノを誘ってみると、拍子抜けするほどあっさりと承諾してくれた。

 ダブルデート、ではなく、四人で遊びに行かないか、という誘い方だったのが良かったのかもしれない。

 この頃には、クロノと私は親しい友人と言えるほど仲良くなっていた。以前のように二人で会う頻度も増え、このまま順調に進んでいけば、またお互いを想い合えるようになれるかもしれない。

 

「でも、珍しい人選だよね。ロイとリーシュって、親しかったっけ?」


「そうなんだよね……クロノからみてもそう見える?」


「まぁ、あまり話してるところはみたことないかな」


 クロノから見てもそうなんだ……ざわつく胸元を、思わず抑える。


「……気になってるんだって、義兄さんのこと。明日はアシストしないとかも」


「じゃあ、なるべく二人にしないとかな」


 そう悪戯っ子のように笑うクロノに、私は思わず吹き出す。


「そうだね、そうしようか」


 気を引き締めないと、そう思いつつも、遊ぶ日が少し楽しみになる。

 私は空を仰ぐ。当日は晴れるといいな。

 空は雲ひとつなく、気持ちのいい青色が広がっていた。

 


「じゃーん。今日の舞台のチケットよ。はい、アリアどうぞ」


 ダブルデート当日、リーシュからチケットを渡される。

 それは舞台のチケットで、今も、戻る前でも人気で中々手に入らないものだった。


「これ、気になってたやつだ。リーシュ、よく手に入れられたね」


「まぁ、ちょっとお父様におねだりしたから、ね。さぁ、早速入りましょうよ」


 彼女は笑いながら、ちゃっかり義兄さんの隣に立つ。私とクロノは顔を見合わせ、少し笑った。

 舞台の内容は、よくある悲恋ものだった。お互い想い合っているのに、結ばれない。まるで私とクロノのような話。

 私は横に座るクロノを横目で見る。

 彼は手を頬に着きながら、真剣に観ているようにみえる。悲恋は彼の苦手なジャンルなはずなのに、変わったのだろうか。彼の変化を感じるたびに、不安が背後から忍び寄り、じわりと手に汗が滲んでくる。

 私だって、変わってしまったのに。

 

「あー面白かった!ね、ロイさん、どうでしたか?」


「ああ、思っていた以上に良かったね。あの主人公の――」


 舞台が終わり、近場のレストランに移動するため、二手に分かれて歩く。

 リーシュと義兄さんはいい雰囲気で、楽しそうに舞台の話をしている。

 舞台は面白かった。それ以上にクロノとこうして一緒に過ごしているのが楽しい。

 私ははしゃぎ気味に、感想を彼に伝えた。


 「主人公にも、クロノのお母さんみたいな人がさ。貴方が生きたい道をみつけなさいって言ってくれる人がいれば、また違ったかもしれないよね」


 続けて話しかけようと思ったが、クロノの反応が何もないことに気がつく。

 気がつくと、彼は歩みを止めていて、私の背後に立っていた。


 ――彼が私を見る目は、不審なものを見るように、冷たかった。

 

 

 その瞬間、私は理解した。

 ()()()()()には、お母さんの話を聞いていない、と。


「……一体、何故、アリアがその話を知ってるの?」


 喉の鳴る音だけが、耳に響いた。


 

 

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