二度目の告白
翌日、友人達に告白のことを伝え、メイクアップの了承を得る。そして、その足で、義兄さんに会いに行った。
談話室にいた義兄さんに声をかけると、そばにはカイルがいた。彼は私にちらりと視線を送ると、手元に持っていた教科書に視線を戻す。
「義兄さん、私、明日クロノに告白しようと思ってて。それで、その舞台に教会を使いたいの。前日だけど、一時間だけ貸切にできないかな」
「ああ、それなら……」
義兄さんが答えようとした時だった。
ガタンと大きな音が鳴る。音の方を向くと、カイルが椅子から立ち上がっていた。その表情は歪み、握りしめられた拳は小さく震えていた。
彼はこちらに鋭い視線を向けると、荒々しい足取りでドアに向かう。
「アイツ、一体どうしたんだ?」
義兄さんは不思議そうに呟いた後、私の方を向いて了承してくれる。
私は義兄さんと話をしながら、視界の端で談話室を出ていくカイルを捉えていた。
そして、彼がいなくなった後、私は義兄さんに耳打ちする。もうひとつお願いがあるの、と。
「今夜、クロノの部屋を見張っていて欲しいの」
義兄さんは驚いた表情をするが、私は続ける。
「もしかしたら、今夜誰かがクロノの部屋に侵入するかもしれないの。もしそうなったら、それを止めてほしいの」
「……何か、危険なことに足を踏み入れているんじゃないね?」
彼はじっと私を見つめる。私は真っ直ぐ見つめ、頷く。
「うん、ちょっと妙なタレコミがあったの。でもこれは誰にも言わないでほしい。誰がそうするのか、わからないから」
……カイルが、とは言いにくかった。義兄さんはカイルの友人だし、言っても信じてもらえる確証がなかった。
彼は少し考えた後、わかったと答える。
「ただし、後でちゃんと説明してもらうからね。それが条件だよ」
「うん!ありがとう、義兄さん」
私がぎゅっと彼の手を握ると、義兄さんは微笑む。
やれることは、やれたはずだ。あとは……本番を迎えるだけ。
私はもう一度、カイルが出て行ったドアに視線を送る。果たして、彼は動くだろうか。
その日の夜、私は寮の談話室で報告を待っていた。
死に戻る前と違い、今回は告白する日が決まったのは前日だ。前回ほど、犯人にも準備時間がないはずだ。
であれば、動くとしたら今夜に違いない、と私達は予想を立てていた。
義兄さんは、クロノの部屋の近くで見張ってもらうことにして、何か変化があり次第突入してもらうことになっている。
あとは、犯人が動くのを待つのみだ。
寮は男女で分かれていて、私は男子寮に入ることはできない。
なので、こうして男女が過ごせる談話室で、クロノの報告を待っていた。
「犯人、捕まるといいね」
シャンテは私の隣で、ブランケットを膝にかけ、紅茶を啜っている。
私は、そうだね、と言いながら、落ち着かず、何度も時計に視線を送った。
時計の針の音だけが響く中、徐々に外が明るくなっていく。
外が明るくなるのと比例して瞼が重くなる中、目を擦り必死に意識を保つ。
そして、六時ごろ、廊下から大きな声がした。
さっきまでの眠気が嘘のように、全身の毛穴が開く。
耳に全神経を集中し、音を拾う。
しばらく言い争ったような声がした後、しんと静まり返る。
実際には、ほんの数分の静寂だった。
でも、私には永遠に続くかのようで、耐えることができない。
我慢できず、男子寮に続くドアを開こうとした時だった。
ゆっくりとドアが開く。
そこに居たのは、表情の硬いクロノだった。
眉を顰め、唇は硬く閉じられている。
「クロノ……!大丈夫なの?」
彼は私と目が合うと、少しだけ表情を緩め、頷く。
「ああ、俺は大丈夫。カイルが俺の部屋にきたけど、ロイが今気絶させて警備員に渡したところ」
クロノの瞳は左右に小刻みに揺れ、指で膝を何度も叩く。まだ緊張から解放されていないのが見てとれた。
そんな彼の手には、この場には不釣り合いな物が握られていた。
まるでプレゼント用のように、白く綺麗な長方形の箱。
私は何故か、目が釘付けになり、離せなくなる。
クロノはそんな私の様子に気がつき、白い箱を私に見せる。
彼は苦々し気な表情をしながら、カイルが持ってきたんだ、と言った。
私はその箱を受け取り、蓋を開ける。
「……ひっ」
そこにあったのは、ナイフだった。
そう認識した途端、反射的に箱を落としてしまう。
ガシャンと音がして、ナイフが床に落ちる。
それを見て、シャンテが悲鳴をあげる。
「これ、何なの?」
クロノは唇を噛み締めながら、苦々し気に話し出す。
「カイルのやつ、あの子は本当は嫌がってるんだ!謝れって言ってきて、口論になったんだ。そのうち、アイツの持ってきた箱が床に落ちて、その中からナイフが出てきたんだ……」
彼は思い出したように、眉を顰める。
「俺がどういうつもりだよ!って叫んだんだ。そこでロイが部屋に入ってきて、ナイフを見てすぐにカイルを気絶させたんだ」
「そうなんだ……じゃあ、カイルが犯人だったってこと、だよね」
状況把握ができて、緊張が少し解けた影響か、また眠気が私を襲う。綺麗すぎるような、ほんの少しの違和感があるが、上手く言葉にもできなかった。
重くなる瞼を必死に開きながら、彼に問う。
クロノは私のほうをじっと見つめてから、頷く。
「そうだと思う。凶器を持って部屋にくるなんて、犯人以外にはなかなか、ね」
彼の返事に頷くが、あたまが朦朧として、深く思考できない。
私は、目を擦りながら、クロノに問いかける。
「そうだよね、じゃあ……もう、大丈夫ってことだよね」
「……うん、大丈夫だよ。アリアのおかげだ」
そういって、クロノは私の頬に手を添える。私はその手に自分の手を重ね、溶けそうな意識の中、微笑む。
「ふ、二人とも、無事犯人が捕まってよかったね」
シャンテに声をかけられて、私は一瞬にして目が覚め、ぱっとクロノから離れる。
そして、シャンテの手を取る。
「シャンテ!色々ありがとう」
「う、ううん、私は何もしてないよ。でも、二人とも幸せそうで、私も嬉しい。これで晴れて恋人になれるってことだよね」
シャンテは三つ編みをいじりながら、にこにこと微笑む。
そう言われて、そういえば……とクロノのほうを向き直る。
クロノも同じことを考えたようで、ニコリと微笑む。
「ロイ達に話してた通りに、告白はやろうか」
「いいの?」
「ああ、アリアに幸せな告白の思い出を作りたいんだ」
そう言われて、私は目を細める。
一度目の告白は、もはや伝わることはなかった。
その思い出を幸せな思い出で上書きできるのではないか、彼の優しさに、私はありがとうと伝える。
「そ、そうと決まれば、もう寝ないと!寝不足は乙女の大敵だよ」
「ふふ、そうだね」
私達は、誰からともなく笑い出す。その夜、私は死に戻ってから始めて、安堵して眠ることができた。
翌日、あの日のように、私は友人たちに囲まれながら、メイクをしてもらった。
髪を巻き、メイクが施されていく中、カレンは少し手を止めた。
「アリア、唇また噛んでるよ」
そういわれ、気が付く。
死に戻りしてから、すっかり癖づいてしまった。
唇をなめると、鉄の味がする。
「もう、ほら、本番前にこれ塗りなよ。えーとどこだっけ、あ、あった」
カレンは机の上から、リップクリームを取ると、私に渡す。
「これ、アリアのでしょ?口紅落ちないように軽くつけてね」
「わかった」
私はリップをポケットにしまう。鏡を見るとあの時のように、まるで私じゃないみたいに綺麗だった。
まだ少し強張った表情をしている自分に、もう大丈夫だよ、と心の中で呟く。
「緊張してるの?大丈夫よぅ、付き合ってるようなものなんだから」
リーシュにそういわれ、うん、と返す。
「じゃあ、教会に行こう」
私はそう言って、席を立ち、皆を連れ立った。
教会の前につくと、また唇を噛んでしまう。
あわててポケットからリップクリームを取り出し、軽く塗り、深呼吸をする。
教会の扉を開けると、奥にはクロノが立っていた。
少し離れたところには、義兄さんがいる。
教会はいつものように冷たい空気を放っているが、犯人が捕まったからだろうか?
友人達に囲まれているからだろうか?
いつもと違って、優しい空気に包まれていた。
皆の笑顔につられて、私も微笑みながら一歩一歩進んでいく。
そして奥まで進み、クロノの前に立つ。
目線が合うと、彼は口角をあげ、目尻を下げる。
私も思い切り笑顔になって、少し深呼吸をする。
そして、気持ちを伝える。
「私、クロノのことが好きです。私と、付き合ってください」
彼は満面の笑みで、それに応える。
「俺も、アリアが好きだよ。これからも、よろしくな」
私達は、お互いの目を見つめ、笑い合う。
皆に目線を向けると、シャンテがみえた。
彼女は嬉しそうに微笑んでいる。
「キッス!キッス!」
カレンやリーシュがキスコールを始める。私達は、はにかみながら、唇を近づける。
そのまま、唇がふれあう。彼との初めてのキス。ゆっくりと、なんどもキスをして、離れる。
周りからは歓声があがる。
ああ、これでようやく彼と一緒に生きていけるんだ。
クロノを見つめると、彼は笑顔でほほ笑む。
そして、次の瞬間、吐血した。
「……え?」
彼はゴホゴホと血を吐きながら床に倒れ、首を搔きむしる。
歓声は悲鳴に変わる。
私は混乱のあまり、また唇をかむ。
その時、強烈な痛みが襲い、視界が反転する。
あまりの苦しさに、喉の熱さに、痛さに、声が出せない。涙で見えない視界の中で、腕を動かし感覚だけで彼を探す。
彼の顔に手が触れるが、ぴくりとも動かない。
私は失いかけた意識の中で、どうして……と呟く。
そこで私の二度目の人生は幕を閉じた。




