疑惑
クロノが本当にループの事を信じてくれるかは、わからない。
それでも、気を付けると、信じる努力をしてくれると言った。それだけで私は少しだけ肩の荷が、下りた気がした。
そして、しばらく何も起こらない平穏な日々が続いた。
その日、私はカレンとシャンテ、リーシュとカフェテラスでおしゃべりをしていた。
眠れるようになり、顔色の良くなってきた私に、もっと元気になりますようにと、ケーキをおごってくれたのだ。
……いい子たちなんだよな、と思いながら、ケーキを口に運ぶ。
「あれ、アリア?」
声がする方に振り向くと、そこには義兄さんがいた。
隣には義兄さんの友人、カイルもいる。
あの日教会で告白することを知っていた二人だ。私は小さく喉を鳴らす。
「義兄さん、今日は友達とお茶?」
「そう、ちょっとカイルとね」
カイルはロイの後ろに立っているが、少し視線が泳いでいる。
私がこんにちは、と話しかけると、うっす、と返される。彼の耳は少し赤い。
「私達もお茶しにきたの。紹介するね、カレン、シャンテにリーシュよ」
順番に挨拶する様子を眺めていると、少し先にクロノが見えた。
私が思わず立ち上がると、義兄さんに声をかけられる。
「あれ、クロノじゃないか、知り合いなのか?」
「うん、入学式で知り合って。義兄さんも知り合いなの?」
「ああ、カイルの親父さんとクロノが知り合いで、そこ経由でね」
ここに繋がりがあったのか……そう思ってカイルに視線を送った時だった。
一瞬のことだった。カイルがクロノを睨んでいた。まるで軽蔑するような、冷たい視線。
目を擦り、再度視線を向けた時、カイルは何もなかったように、しれっとした表情をしていた。
動揺をさとられまいと、私は視線を少し下げる。
確かに、睨んでいた。一体あれは……。
皆が笑いあう中、その視線の意味をじっと考え続けた。
カイルについて、もっと知る必要がある。そう思った私は、義兄さんに話を聞くことにした。
談話室に呼び出し、寮の外に歩きながら、口を開いた。
「義兄さん、カイルさんについてちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ああ、どうした?」
「単刀直入に聞くけど、カイルさんてクロノのこと、その、嫌いだったりする?」
恨んでる?とは聞きにくく、若干意味を濁してきいてみる。
義兄さんは指を顎に当て、少し考えてから、うなずく。
「好ましくはない、とは言っていたな」
私は唾を飲み込む。
好ましくない、その言葉は私の中で静かに響き、私の中で生まれた疑惑は深まっていった。
私が教室で難しい顔をしていると、シャンテが話しかけてきた。
「ど、どうしたの?眉間にしわが寄ってるよ」
シャンテは自分の眉間を指さしながら、困ったような表情を浮かべる。
「……前話した、死に戻りの件で、ちょっと怪しいと思ってる人がいて」
私は、ぽろっと言葉を漏らし、シャンテも容疑者の一人だったと少し焦る。
だが、シャンテは「そうなんだ、協力が必要な時は言ってね」と言って、そのまま席から離れようとする。
私は思わずその手を掴み、じっと彼女を見つめる。
シャンテは目をまんまるに見開き、どうしたの?と慌てる。
「協力してほしいの」
「協力?」
私の言葉に、シャンテは不思議そうに首を傾げた。
私はシャンテにカイルの事を話し、情報収集について協力を仰いだ。彼女は快く受け入れてくれて、私達はさっそく聞き込みを始めた。
そこでわかったのは、カイルが毎昼教会でお祈りをする、熱心な教徒であるという事だった。
昼休み、私とシャンテは急いで教会に向かった。
教会は変わらず荘厳で、冷たい空気で満たされていた。
奥に見えるステンドグラスに目をやると、ちょうどクロノが吊るされていた辺りに、誰かが立っていた。
私の足は、止まる事なくそこへ向かう。
「クロノ……?」
そこにいたのはクロノだった。
彼は、振り向くと、ひどく驚いた表情をする。
「どうしたの?教会なんて……」
「アリア!来たよ」
シャンテに裾を引っ張られ、私は入り口に視線をやると、カイルが教会に入ってきたところだった。
まだ私達には気がついていないようだ。
こちらに振り向きそうになり、私はクロノとシャンテを引っ張り、懺悔室に潜り込む。
ひとり用の個室に無理やりねじ込んだので、体が密着して身動きが取れない。顔を歪めつつ、声をひそめていると、誰かが入ってきた音がした。
顔を見合わせ、人差し指を唇に当てると、二人は頷く。
扉を閉めた音がした後、誰かの呼吸の音だけが室内に響く。
「神父様、懺悔します」
そう、カイルの声がした。
まさか懺悔室に用があったとは……私は唇を噛み締める。
「……神父様?」
再度声をかけられ、私はクロノに目配せをする。
クロノは少し困った表情を浮かべた後、神はあなたと共にあります。話しなさい。と答えた。
ここで、カイルの心の内を知ることができるかもしれない。遮られた先の、彼の表情を想像しながら耳を澄ます。
カイルは少し息を呑んでから、話し始めた。
「私は好きな女性が、男性に無理やり好意を寄せられているのを知り、怒りの感情が隠せませんでした。……憎いとすら思ってしまったのです」
カイルの声は憤りが隠せておらず、怒りに震えている。
自分を落ち着かせるように、小さく息を吐き、一拍置いてから、彼は続ける。
「まだこの気持ちとは決別できていません。こんな私を神は許してくださるでしょうか」
縋るように、不安げな声が懺悔室に響く。
怒りに身を置きながらも、理性的でありたいと、そう訴えているような様子に、私は違和感を感じる。
……あんな、クロノを磔にするような人には思えない。それとも、これから何かきっかけがあるのだろうか?人間性を変えてしまうような、何かが。
そんな想像に悪寒がし、思わず身震いをする。
そんな私を横目に、クロノは、神は貴方を許すでしょう、と伝える。
空気が少し和らいだ気がした。カイルは、ありがとうございます、と言うと部屋を出ていった。
「行った、ね」
小さくシャンテが声を出し、私達はようやく呼吸ができた。
張り詰めていた緊張から解かれ、軽い疲労感が体を覆う。
ひとりずつ、なんとか懺悔室から抜け、背伸びをする。
最後に抜け出したクロノがため息をつく。
「カイルに悪いことしたな……」
そう言いながら、頭をガシガシと掻くクロノを見て、私とシャンテは視線を合わせて頷く。
「実は……」
私達はクロノに、カイルが犯人かもしれない、という話をした。
彼は話を聞いた後、少し考え事をしながら、なるほど、と呟いた。
「カイルね。あまり実感はないけど……死に戻る前のアリアもそう思ってたんだもんな」
「うん……そうだね」
実感がないからと言って……親しいからと言って、犯人ではないとは、言い切れない。私は両腕を強く握り締める。
「でも、好きな人が無理に好意を寄せられてただけで……とは正直思う」
私がポツリと呟くと、シャンテが大きく頷く。
「わ、わたしもそう思う。ちょっと動機としては弱いかなって」
クロノも頷く。
「それに……俺が女の子に無理矢理好意をってのも、変な話だ。アリアのことを言ってるんだろうか。何か誤解があるのか?」
「こ、この間、アリアを見て顔を赤らめてたよね。アリアのこと言ってると思うけど……変に、暴走しちゃったりしないといいけど」
シャンテは少し不安そうに、カイルが出て行ったであろう教会の扉を見つめながら、そう言った。
「……まぁ、他の動機があるかもしれないし、もう少し探ってみるしかないかもな」
「そうだね、そうしよう」
「わ、わかった!何かわかったら言うね」
私達はそう話して、解散することにした。
シャンテが教会から出ていくとき、クロノが私に声をかける。
「この後、少し残れるか?」
「ん、わかった」
クロノが長椅子に腰掛け、私もその隣に座る。
陽の光がステンドグラスを照らす。あの日をフラッシュバックしそうになるが、今は隣に彼がいる、だから、怖くない。
暫しの静寂が訪れた後、クロノは、あのさ、と呟く。
私は、彼の方へ顔を向ける。
彼は膝の上に組んだ、自分の手をじっと見つめながら、言葉を発した。
「アリアは、どうして俺のために、こんなに必死になってくれるんだ?」
ぽつりと零すように、話し続ける。
「この間、アリアに未来の話をされてから、ずっと不思議だったんだ。あんなにボロボロになるまで助けようとしてくれるのって、なんでなんだろうって」
そう言われ、私は息を呑む。
死に戻る前の、彼と私の関係は今の彼には話していない。
「柄にもなく、なんだか聞けなくてさ。教会に来たのも、なんとなく……神頼みじゃないけど、きっかけが訪れないかなって」
彼は、まさか、こんな形で本当に会えるとは思わなかったけど、と苦笑いする。
将来死んでしまうこと、自衛してほしい事を伝えてきた。優しい彼はそれを受け止めてくれた。
けど、それで満足してしまっていた自分が、恥ずかしかった。
ただ、私が押し付けただけ。もっと寄り添うべきだったのに。
彼のほうを見ていられなくて、私も視線を落とす。小さく深呼吸をして、前を向いて話す。今は、ごまかすべきじゃないと思ったから。
「私……ね、怖かったんだ」
「怖い?」
「うん……死に戻る前の私はさ、クロノと殆ど両想いみたいなものだったんだ。だけど、会って間もない人に、そんな重い感情向けられたら……気持ち悪がられるかなって」
怖くて、彼の表情を見ることはできない。顔はこわばるし、指先が冷たいし、皮膚がはりついたように、つっぱる。
「そんなに、前の俺が好きだったんだ」
クロノの声は、少しの疑問を孕んでいるように聞こえた。
顔を向けると、彼もいつの間にかこちらを見つめていた。
ステンドグラスから射す光が彼を照らし、一方で影をつくる。どちらとも取れるような表情で微笑む彼に、私の感情があふれ出す。
「好きだよ!今も、昔も。だから、だから……!絶対に、貴方に生きていてほしいの!」
言わないといけない気がした。
今の彼には、心の内を曝け出さないと伝わらない、と。
叫びと同時に、涙も溢れ出す。
私の荒くなった息の音だが、教会に響く。
クロノは暫しの沈黙の後、そっか、と呟き、私の髪を撫でてくれる。
あの頃とは違う、少しぎこちない手つき。でも、壊れ物を触るように、優しい手つき。
「俺は……まだ、アリアのこと好きだって言い切ることはできない。でも、大切な人だとは思っているし、もう少し、待っていて欲しい」
彼の表情は、さっきよりも、すっきりとしたように明るく見えた。
「……うん、待つよ」
クロノは私を好きになってくれないかもしれない。
そう、想像するだけで胸が苦しくなる。
それでも、彼に生きて欲しい。だから、これでいい。
髪に触れる手の重さに身を委ね、そっと瞼を閉じた。
―― そんな私達の背後で、小さく開かれていた扉が閉まったことを、私達は気が付かなかった。




