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20/22

対峙


 「犯人は、多分シャンテだと思う」


 お茶会の後、私はクロノをベンチに呼び出し、今日の出来事、今までの違和感を伝えた。

 彼は黙って話を聞き、その後、頷いた。


 「それはさすがに、怪しいな」


 「……うん。具体的な証拠はないんだけど、でも」


 うまく、言葉にできない。一度唇を閉じ、次に発した声は、思っていた以上に頼りなかった。

 

 「……もし、本当にそうだとしたら。私が初めて死に戻りした時、どんな気持ちで慰めてくれたの」


 優しく私の頭を撫でてくれた彼女は、一体どんな表情だっただろう。

 記憶の中の彼女は、ぎこちなく笑っている。あの時の彼女とのやりとりは、私の支えだったのに。


 『きっと、神様がクロノ君を助けてあげてって、アリアがやり直すチャンスをくれたんだね』


 そう、あの日の彼女はぎこちなく笑いながら、いつものように――。


 「……ああ、そうだったんだ」


 自分の口から、乾いた笑いが漏れ出す。

 そうだ、彼女は、いつものように髪を弄っていた。何度も、その指が髪に触れ、離れていた。

 目頭に、熱が集まり、涙がにじんでいく。

 

 「何で、泣いてるんだろう……わかっていたはずなのに」

 

 ぽつりと、言葉がこぼれる。

 クロノは私の震える手を、そっと自分の両手で包み込み、力を込めた。

 

 「わかっていても……悲しいんだね」


 ああ、そうか。

 何度となく、皆を疑ってきたのに。今、ようやく現実として受け入れたのか。

 痛む胸を押さえるように、手を当てて、深呼吸を繰り返す。

 大きく息を吐き切ると、両頬を強く叩き、クロノに向き直す。

 

 「一緒に、儀式を止めよう」


 クロノの目を、真っ直ぐに見つめる。

 彼も同じように、私の目を見つめていた。

 クロノはそのまま、力強く頷いた。


 

 「問題は、どうすれば試練が失敗になるかだな……試練の内容さえわかればな」


 クロノは眉間にしわを寄せ、瞼を閉じて考え込む。

 

 「今わかっているのは、私の親しい人と、私が殺されること、だよね」


 私の言葉に、クロノは「ああ、そうか」と呟く。


 「シンプルに考えればいいんだ。殺そうとしたところをその場で捕まえる。そうすれば、そのまま警備兵に引き渡せる」


 「そうか、シャンテに殺人が出来なくなれば……」

 

 「そう、試練が続行できなくなれば、失敗扱いになるんじゃないかな」


 「うん、うん。僕もそれに同意だねぇ」


 「リント先輩?!」

 

 いつの間にか隣に、リント先輩が座っている。彼は手をひらひらと揺らす。


 「悪魔は魂が穢れていくのをみるのが愉しいのさ。だから、愉しめないと判断されれば試練は失敗とみなされるだろうね」


 リント先輩はいつものように怪しい笑みを浮かべながら、指を指す。


 「あとは、どうやって犯人を誘い出すかだねぇ。罠をどう仕掛けるか」


 「罠……」


 私は初めて死に戻りをした時のことを思い出す。


 「また教会で、告白する噂を流すのはどう?」


 クロノが頷く。

 

 「アリだな。こちらも勝手がわかっているし」


 私達のやりとりを見て、リント先輩が楽しそうに拍手をする。

 突飛な行動に眉をしかめると、彼が言葉を発する。

 

 「犯人にとっては、さながらリバイバル殺害と言ったところかねぇ。いいじゃないか! 君達の話を聞くに、犯人は、演出が好きなようだからねぇ」


 「演出ですか?」


 リント先輩は、私に目線を合わせ、口角を上げる。

 

 「告白の直前に、教会で飾り立てて、クロノ君を殺す。告白が成功した直後にキスで殺す。まぁ銃殺は置いておいて、幸せなデートの後、義兄を殺して生きているかのように見せかける。どう見たって演出してるじゃないか」


 彼は楽しそうに目を細め、指を折る。


 「まるで、舞台の上で、クロノ君達が転がされるみたいだ……いい趣味してるよ、まったく」

 

 リント先輩の言葉が、ゆっくりと体に染み込みんでいき、そこから鳥肌が立っていく。

 彼の言う通りだとしたら、彼女は狙っていたのだろうか。

 ――私が最も、絶望するタイミングを。

 



 翌日、私は義兄さんに教会の使用許可について、相談を持ち掛けた。

 告白の事を伝えると若干嫌がってはいたが、最終的には了承してくれた。


 私とクロノはそれぞれ、カイル、カレンと常に行動することにした。

 

 そうして、すぐに告白当日を迎えた。



 部屋のドアをノックする音が聞こえ、私は目を覚ます。

 時計をみると、まだ朝の5時だ。こんな時間の訪問者なんて、ただ事ではない。

 私は袖口の重みを確認してから、声をかける。


 「誰ですか?」


 「俺だ。アリア、クロノが危ないんだ」

 

 焦った義兄さんの声が聞こえてきて、私は慌ててドアを開ける。


 「一体、何があったっていうの?!」


 義兄さんの顔をみたとき、私は強烈な違和感を感じる。

 彼の目は、虚ろだった。まるで魂が抜けたように、ただそこに立っているだけだ。

 その表情のまま、口だけが規則的に動き、繰り返す。


 「俺だ。アリア、クロノが危ないんだ」


 急速に頭が冷えていく。

 そもそも、ここは女子寮だ。義兄さんが入ってくるはずがない。

 駄目だ、ドアを閉めないと。

 私がドアノブを思い切り引こうとした時だった。頭に強い衝撃が走る。

 そのまま、私の意識は途切れた。



 「アリア! アリア!」


 クロノの声で、私は目を覚ます。ゆっくりと瞼を開けると、そこは見覚えのある天井が広がっていた。教会の中のようだ。

 起き上がろうとして、手首と脚首が縄で括られているのに気が付く。

 横を向くと、すぐ隣にいるクロノも私と同じ状況で、必死に体をよじらせている。私の意識が戻ったことに、すこし安堵した表情を浮かべている。

 

 私は、思い切り息を吸い込み、叫んだ。

 

 「シャンテ! そこにいるんでしょう」


 屋内に、私の声が反響する。

 そして、コツコツと足音が奥から聞こえてくる。


 「あ、アリア、どうしたの?」


 そこには、いつものようにおどおどしたシャンテが居た。いつものように、髪を撫でながら。


 「もう、わかっているから。演技はいらない」


 そう私が言い捨てると、彼女はぴたりと動きを止めた後、ゆっくりと眼鏡を外す。

 表情は不安げな顔から、ゆっくりと変わっていく。

 口角が吊り上がり、瞳は隠れていた欲望を露わにする。思い切りリボンを解くと、彼女の長い髪が、黒い羽のようにばさりと舞う。


 

 「ようやく、ようやくこの瞬間が訪れたわねぇ」


 

 彼女の声は、今にも笑いだしそうな、感情を堪えきれないような不安定さを持っていた。

 彼女の背後には義兄さんが立っているのが見える。

 さっきと変わらない、生気を宿していないような表情のまま。


「クソ! ロイに何をしたんだ!」


 唸るクロノの前に立つと、シャンテは笑った。


「アリアを好きな人は、私の意のままなのよ。ほら、こうやって」


 シャンテは、クロノの顔に向かってふっと息を吹きかける。

 彼女の口からは、白い煙が湧き立ち、クロノの顔を覆う。

 彼の眉間の深い皺はすっと消えていき、瞳が虚になる。そして、体をだらんと投げ出した。


「クロノ?!」


「少しおとなしくしてもらっただけよ。私達のお喋りの邪魔にならないように。今はまだ、ね」

 

 彼女はクロノの髪に指を這わせ、私のほうに微笑みかける。


「一体何が目的なの?! 渇望の悪魔に、何を願ったの!」


 私が叫ぶと、彼女は拍手をする。


「わぁ、そこまでわかったのね。優秀、優秀。じゃあ、ご褒美に教えてあげる」


 彼女はそう言うと、私の前にしゃがみ、目線を合わせた。

 シャンテの瞳は私を食い入るように見つめる。私の表情の少しの変化も見逃さないように。

 彼女の口角が上がり、唇が離れた。


「私の願いは、あんたに成り替わることよ」


「……え?」


 何を言っているのか、上手く理解できない。成り代わる?

 彼女は続ける。


「アンタの魂が消滅した後、私はアンタとして産まれるの。両親も、ロイも、クロノも、全部奪ってあげる。体も、人生も、全て」


 恍惚とした表情をしたシャンテの瞳は、歪んでいた。私の表情を堪能するように、彼女の指が肌を這う。


「どうして……私達、友達なのに」


 そう言うと、彼女の指はぴたりと止まり、私から離れていく。

 ゆっくりと焦点を私の瞳に戻すと、彼女は光を無くした瞳で答える。

 

「友達? 冗談じゃないわ」


 彼女の声に、私は瞳を開く。


「どうして? どうして、そんなに私を憎んでるの?」


 私の声に、彼女は冷たい視線を送る。

 あの日、貧民街で私を見つめたのと、同じ目。

 

 「私ね、貧民街に住んでる頃、孤児達に女神さまって崇められてたの」


 彼女は、私の顎を人差し指で強引に上げる。


 「私があいつらの命を繋いであげてたの。施して縋られて、それがたまらなく優越感だった。満足していたの……アンタと会う日まではね」


 彼女は私の顎に深く爪を立て、私はその痛みで顔を歪める。

 

 「アンタはあの日、私に憐れみの目線を送った。施す側だった私に。あの日から、私の世界は急にくだらないものに変わってしまった」


 彼女は乱暴に指を退け、私は反動で声を漏らす。


 「許せなかった。だから、必ず壊してやろうと決めたの。私は孤児も、自分の人格も、人生も全てを捨てた。アンタから全てを奪う為にね」


 そう言って、私を睨む目。

 その目には見覚えがあった。

 私の人生で、初めて憎しみを向けられた記憶。


 シャンテは立ち上がると、クロノに近づいていく。

 虚ろな表情をした彼の頬を撫でる。恍惚とした表情を浮かべ、私に視線を送る。


 「私ね、アンタが絶望する顔をずっとみたかったの。クロノにアンタを殺させようか? 好きな人に殺されるって幸せになっちゃうかしら?」


「……シャンテ、あんた狂ってるよ」


 私の答えは、彼女を喜ばせるだけだった。

 口角をこれでもないほどに上げ、彼女はナイフを大きく振り翳した。


 私は手首に巻かれていた紐を、ナイフで切断し、彼女に向かってナイフを向ける。

 彼女は目を大きく見開き、でもすぐにその表情は歪んだ笑みに戻る。


 「お喋りがすぎたかしら、でも足が動かないんじゃねぇ。ロイ、アリアを拘束しなさい」


 シャンテの声で、義兄さんがのろりと動きだした時だった。

 彼女は後ろから羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなる。


 「何っ……?!」


 驚く彼女を羽交い絞めにしたのは、カイルだった。


 「アリア! なんだかわからないけど、妙な状況になってるみたいだな」


 シャンテは酷い罵声を浴びせながら、暴れているが、カイルはびくともしない。


「ロイ! 早く私を助けなさいよ!」


 彼女は叫ぶが、ひょこりとロイの後ろからリント先輩が現れる。


「ロイの足を拘束したから、それは無理かなぁ〜もうすぐ警備兵もくるしねぇ」


 ニヤニヤと笑いながら、彼は私の足首の拘束を取り除く。


「アリア君、作戦成功だねぇ。時間稼ぎご苦労様」


 私はリント先輩の言葉に、頷く。


 シャンテは呪いのように、私を罵倒しながら、暴れ回る。

 私が彼女に近づこうとした、その瞬間、暴れ回るシャンテの影が、縦に伸びた。

 私は、目を擦るが、見間違いではない。

 

 そこからずるずると何かが這い上がる。

 それは、不気味な見た目をしていた。赤黒い肌に、角を生やし、厭らしい笑みを浮かべている。

 

 シャンテの顔はみるみる青白く染まり、全身を震わせる。彼女の反応から、悪魔は協力者ではないことだけは、見て取れた。

 


「一体、何が起こっているんだ?」


 カイルは、至近距離に現れた悪魔が見えていないようだ。

 拘束は解かないものの、シャンテの豹変ぶりに動揺している。


『シャンテ、お前の試練は失敗だ』


 悪魔は、ゲラゲラと下品な声で嗤う。

 地の底から這い上がるような、恐ろしい声。

 シャンテは歯をガチガチと鳴らしながら、震える声で反論する。


「まだ間に合う! 私はっ」


 悪魔は笑うのを止め、シャンテを見下ろす。

 その目は既に、興味を失ったように冷たかった。


 『消えろ』


 悪魔は彼女の額に、手をかざす。

 嫌な予感がして、私はカイルに叫ぶ。


「カイル! シャンテから離れて!」


 私の声に、カイルは慌てて離れる。その瞬間だった。

 彼女の体は瞬く間に、業火に包まれる。

 酷い悲鳴が、屋内に響き渡る。

 それでも彼女は、私のほうへ向かってくる。よたよたと、確実に私に手を伸ばす。

 だが、彼女の指は私に届かなかった。

 燃える腕は、ごとりと音を立て、床に落ちた。

 私を庇うように、意識を取り戻したクロノが前に立ち、彼女の腕を剣で切断したからだ。

 刹那、炎は強さを増す。

 肉の焦げた嫌な匂いと、シャンテだったものだけが、そこに残った。


 予想外の事態に呆然とする私のすぐ横で、嫌な気配がした。

 いつかと同じ、すぐそこでじっと見つめられている気配。

 体が重く感じられ、うまく呼吸ができない。

 ひゅうひゅうと、必死に息をしている私の顔に、悪魔は息を吐きかけ、言った。


 『残念だったなぁ、もう少しで魂を奪えたのに』


 私の頬をゆっくりと撫で、悪魔は地面に溶けて消えていく。私の耳に、恐ろしい嗤い声を残したまま。


「アリア、大丈夫か?」


 クロノの声で、私はようやく呼吸ができる。


「クロノ……」


 私は目にいっぱいの涙を浮かべ、クロノを抱きしめる。


「私達、生きているよね? これで、よかったんだよね?」


 クロノは、強く私を抱きしめ、頭を優しく撫でる。


 「大丈夫。皆、生きているよ。アリアは、間違ってないよ」

 

 警備兵が教会のドアを開け、入ってくる。

 空気が入れ替わり、彼女の遺灰が宙を舞う。

 まとわりつく、焦げ臭さが、灰の黒さが、私が安堵することを許さない。


 私の魂は、生まれた時のままなのだろうか。

 もしかしたら、生贄にされたことで、死に戻るたび削り取られていたんじゃないだろうか。


 儀式が終わっても、死に戻る前の私は、もう、いなかった。



 


 

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