癖
何故シャンテがあんな場所に、あんな格好でいたのだろう。
私は家に帰ってからも、ずっとそのことを考えていた。
アカデミーに入るには、爵位がなければ難しい。現にシャンテは男爵家の出身のはずだ。
そういえば、養子って噂があったっけど、まさか貧民街から?
「義兄さん、貧民街の子が男爵家の養子になるって、ありえるの?」
談話室でお茶を飲んでいた義兄さんの隣に座り、問う。
彼は、少し考え込んでから答えた。
「……ありえないわけじゃないよ。ただ、本人の資質と運次第かな。簡単なことではないね」
彼の難しい表情から、それがとても困難なことなのだろうと察しがつく。
……シャンテは沢山努力したんだろうな。
彼女の自信のなさや、少し臆病なところは出自が関係あるのかもしれない。
そう思うと、少し胸が痛む。
さっきの、彼女の視線を思い出す。
ああいうことが、初めてではないのかもしれない。突き飛ばされた彼女の瞳には失望も、驚きもなかった。
自分がやったことではないにせよ、ひどいことをしてしまった。
私があそこに迷い込まなければあんなことには……。
ふと、古い記憶がフラッシュバックする。
昔もあんなことが、あった気がする。
あの時も、同じように申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
あれは、いつのことだっただろう。
走り回った疲労からか、瞼が重くなっていく。
私は、古い記憶をたどりながら、眠りについた。
今回も、私はクロノとの文通を開始した。
またループから抜けることは出来なかった。でも、初めてクロノは生き残れた。それは、私にとって意味のあることだった。大きな、価値があった。
私はクロノから届いた手紙を、そっと指でなぞる。
はやく、会いたい。
手紙にそっと、唇を落とす。
もうすぐ春がやってくる。あと何度か春を迎えれば、あなたに会える。
それまでに、やるべきことをやる。
私は手紙を机の上に置き、動きやすい服装に着替えて、木刀を持つ。
「アリア様、護身術の先生がお待ちです」
執事に呼ばれ、私は「今行くわ」と返事をする。
私、頑張るね。手紙に視線を送り、私は先生の元へ向かった。
アカデミーの入学式がやってきた。
五度目の入学。どうころんでも、最後の入学式だ。
私は門の前で深呼吸をして、足を踏み入れる。
今回も、事前にクロノと待ち合わせをして私達は出会った。
彼は、また、好感を持って私と接してくれた。
死に戻りの話も、同様に信じてくれた。
「……あなたにとっては、言われても困るだけだけど、巻き込んでしまってごめんなさい」
私は、彼に頭を下げる。
完全な自己満足だった。でも、言わずにはいられなかった。すべてのクロノへの謝罪。
彼は黙って、しゃがみ込むと、私の頭を撫でる。
「悪いのは犯人なんだから、謝らない。それに、前回俺が生き残れたのだって、アリアが頑張ってくれたからだろ。ほら、顔上げて」
顔を上げると、クロノはいつものように優しい笑みを浮かべている。
私は、彼の手を思い切り掴み、ぐっと顔を寄せる。
目を真ん丸に開くクロノに、伝える。
「今度こそ、一緒にループを抜けよう」
言葉に出すと、自分自身の想いがふくらみ、胸が大きく高鳴った。
クロノはにっと笑う。
「うん、絶対だ。一緒に」
私達は心情を体で表すように、強く、強く手を握りしめた。
シャンテとは、今回は廊下で出会った。
長い廊下の先に、おどおどしながら歩いている彼女を見つけ、私から声をかけた。
「久しぶり」
彼女の表情が、一瞬こわばったのが分かった。
私だと、わからなかったのかもしれない、そう思って補足する。
「ほら、数年前に町宿の前で、ハンカチを拾ってくれたよね? 兄の友達があなたを突き飛ばしてしまって、本当にごめんなさい」
私が謝罪すると、彼女は視線を泳がせながら、言った。
「人違いじゃないですか?」
そう言いながら、彼女は自分の長い三つ編みを何度も手で弄る。
「いや、絶対あなただったよ。私記憶力良いし、間違いないよ」
私がそう言うのと、ほぼ同時だった。
「……っだから! 人違いって言ってるじゃない!」
彼女は吠えるように、叫んだ。今にも噛みつきそうな猛犬のように、瞳も、大きく開いた口も、体全体で威嚇するように。
ふうふうと、荒い息をしながら、彼女は下を向く。
あまりの変貌ぶりに、私は何も言えず、ただ、彼女を見つめていた。
息が整うと、彼女は顔を上げた。その表情はいつもの、少し頼りなさ気な、穏やかな笑みだった。
「ごめんなさい、人違いだと思うの。私、箱入りだったから街には行ったことないの」
そう言ったあと、「私はシャンテ。あなたの名前は?」と、話をつづけた。
話しながらも、彼女は自分の髪をゆっくりと撫で回す。
彼女が髪を触るのは、よく見た光景だったが、今日はそれが、私には異常なものに見えた。
『癖って、本人の意識に関係なく、体に出ちゃうよね』
以前のカレンの話が脳裏をよぎる。
あの日、街で見たのは絶対にシャンテだった。
でも、彼女はそれを隠したいのだろう、嘘をついている。
まるで嘘をついた自分を宥めるかのように、彼女は髪を何度も撫で回しながら、微笑んだ。




