私
婦人に会ってから、季節は変わり、春が訪れた。
私達が初めて殺された日を過ぎ、人生で初めて十七歳として春の祭りを迎えた。
談話室から、外をぼうっと眺めながら、私はため息をつく。
正直なところ、この問題が解決するまでは、春の祭りを迎えることが出来ないと思っていた。
だからなのか、妙にそわそわしてしまい、純粋に祭りを楽しむことが出来ない。
窓の外では、アカデミーの生徒たちが楽しそうに笑いあっている。ただ、純粋に楽しそうな彼女たちを見ると、羨ましいなと思う。
「アリア、どうしたのよ。そんなぼうっとして」
カレンの声がして、私は振り向く。さっそく出店で買ってきたのだろう、手首にはキラキラと光る銀色のバングルを付けている。
「見てこれ!可愛くない?出店で売ってたの~アリアも後で行ったほうがいいよ!異国のアクセサリとかも売っていて本当すごいんだから」
彼女は高揚した顔つきで、早口でまくし立てる。よっぽど気に入ったのか、何度もバングルを見つめている。
「うん、後で一緒に行ってみるね」
「絶対だよ!あ、あれ、ロイさん?」
カレンに言われて、窓の外に視線を向ける。
義兄さんがカイルと一緒に歩いている。彼は赤いマフラーをショールの様に肩から掛けている。もう十分気温は暖かいのに。
あのマフラーは、冬に私がプレゼントしたものだった。彼はとても、とっても喜んで、こうやって春先にも何とか使おうとしてくれていた。
私の表情から感じ取ったのか、カレンが笑う。
「ロイさん、よっぽど嬉しかったんだねぇ」
「そうみたい……まぁ、喜んでくれたからいいかな」
そんな会話をしていると、義兄さんのところにリーシュが訪れ、カイルが離れていく。これからデートなのだろう。
「さて、じゃあ私もそろそろ行こうかな」
「クロノと待ち合わせ?」
「うん、デートしようって」
私はそう言いながら立ち上がる。デートに行く前に、身だしなみを整えないと。
カレンと別れ、自分の部屋に戻ると、ドアの下に四つに折られたメモが置いてある。
不思議に思いながら開くと、そこには『相談がある。夜20時半に、図書館で待つ ロイ』と書かれていた。
それは確かに義兄さんの字だった。
春の祭りは19時半には花火が上がり終わる。であれば、間に合うが……。
何の用なんだろう、と不思議に思う。
直接話してくれれば良いのに。何の話か、聞いてみたいが、そういえばリーシュとデート中か。夜まで2人は一緒に居るのだろう。
最近、義兄さんと話すと、リーシュの機嫌が凄ぶる悪い。だから彼と話すのが少しやり難くあった。彼がずっと、私があげたマフラーを使っているのもあるのだろう。
もしかしたら、それ関連の話なのかもしれない。
私はメモをポケットにしまい、デートの準備を始めた。
「お待たせ!」
折角オシャレをしたのに、少し待ち合わせに遅れそうで走ってしまった。乱れているであろう前髪を整えながら、息も整える。
クロノはそんな私をみて、微笑んでから、私の前髪を直してくれる。
「うん、可愛い」
そう言ったクロノの瞳はすごく優しくて、私は何だか恥ずかしくて、少し視線を逸らす。
「ありがと。行こ」
そう言って、クロノの手を握り、歩き出す。
クロノは声をあげて笑いながら、繋いだ手のひらを、力強く握り返す。それが嬉しくて、私は前を向いたまま口角を思い切り上げた。
一緒に屋台を巡り、クレープを食べたり、串焼きを食べたり。異国の絵本が売っていたりして、私達は夢中になって遊んだ。
「そこのお二人! 願い事が叶うブレスレットは如何ですかー!」
急に、商人の大きな声が、私達の横から聞こえた。
願い事が叶う、その言葉に体がびくりと反応する。
自然と喉がなり、呼吸が荒くなる。
そんな私を、見えない何かが、すぐ近くで凝視している様な気すらする。じわじわと鳥肌が全身を覆っていく、そんな時。
私の背中を、クロノは優しくぽんぽんと叩いた。
「おじさん、俺たち、そういうの信じてないんで」
そう言って、私の手を引いて屋台の前を通り過ぎていく。暫く歩くと、クロノは歩みを緩め、私の方に向き直る。
「アリア、大丈夫?」
「……うん、ありがとう。もう大丈夫」
妙な気配は消え、私は息を思い切り吐く。
そんな私を見て、クロノは、ほっとした様に眉を下げた。
「よし、じゃあそろそろ、とっておきの場所に行こうか」
クロノにそう言われ、気がつく。
すっかり日は落ち、19時を過ぎたころだろうか。
彼は「ほら、行こう」と、手を強く握る。
さっきまでの不安な気持ちはすっかり消え失せ、私は心からの笑顔で頷く。
「ここだ」
そこは、リント先輩のいつもいる研究棟の一室だった。
分厚いカーテンを、思い切りクロノが開ける。
そこは全身ガラス張りだった。
そして、ヒュルルという音と共に、色とりどりの花火が上がり、パンという音と共に大きな花を咲かせた。
「わぁ……」
思わず声を漏らす。花火はその後もとめどなく上がり続ける。
余りにも美しいその光景に、私は口を閉じるのも忘れて、ぼうっと見惚れる。
「ここ、リント先輩が教えてくれたんだ。穴場があるって」
「そうだったんだ……すごく、綺麗」
「……それだけ?」
そう言われて、クロノを見る。
彼は少しいじけた様な表情をしているが、花火の光に照らされる彼の瞳は熱を持っている。
私は思わず笑いながら、彼にキスをする。
「ありがとう、クロノ。大好き」
「俺も、大好きだよ」
そう言って、二人で笑い合う。
こんなに幸せで良いのだろうか。死に戻りなんて、悪魔の試練なんて夢なら良いのに。
……現実逃避することを、今だけは許してください、神様。
そう、心の中で呟きながら、私達はもう一度キスをした。
「本当にロイさんに、ここに呼び出されたのか?」
私が図書館に入ろうとするのを、クロノが呼び止める。
「うん。あ、大丈夫だよ、義兄さんの字だったし。多分、リーシュのことだと思う」
「ああ……最近何だか神経質になってるもんな……念のため、この辺りに居るから、何かあったら声出して」
「クロノの方が心配だよ……何かあったら声出してよね」
「わかってる」
そう言って、私は図書館に入る。
いつも静かな図書館は、今日はいつも以上に静かだ。
21時まで開いているが、祭りの日でも来る人は流石に居ないようだ。司書すら今は居ない。
「義兄さん、どこ?」
声を出すと、私の声だけが館内に響く。
奥の方で、カタッと音がして、私はそちらに向かって歩いていく。
長机が並んでいる一席に、背中を向け、義兄さんが座っているのが見える。
月明かりに照らされて、彼の青い髪が輝いて見える。
彼は、私のマフラーを首に巻いている。
「居た! 義兄さんてば、何の用なの?」
話しかけるが、何も反応が無い。
不思議に思いながら、彼の肩に手を触れる。
「義兄さんてば!」
反応が、無い。
「……義兄さん?」
肩を揺らす。
――ゴロン。
義兄さんの首から、何かが、ずれる。
質量のあるそれが、鈍い音を立てて床に落ち、転がる。
私はそれを視線で追う。
青い髪が、床に広がり、じわりと赤い液体が広がった。
「……え?」
私は彼に触れた手に視線を向ける。
さっきまであった彼の頭は、今そこにない。
ゆっくりと、床に視線を向ける。
そこにあったのは、紛れもなく、義兄さんの、頭部だった。
「……義兄さん?」
理解の追いつかないまま、私は床に座り込み、彼の頭部に触れようとする。
その時、彼の手が強く握りしめられていることに気がつく。何かを、絶対に離さないように、硬く。
その手の横から、黒い髪の毛が飛び出している。
「これ……」
そう呟いた時、喉に強い衝撃を受ける。
鈍い痛みが走り、叫ぼうとするが声が出ない。
そのまま肩を押され、床に倒れ込む。
……力が入らない。犯人の顔を、見ないと、いけないのに。
足音が遠ざかっていく中、クロノの声が聞こえてくる。
「アリア、やっぱり心配だから来ちゃったよ……アリア?!」
クロノが私を揺さぶっているのだろうか。
もう、視界も意識も朦朧として、わからない。
消えていく意識の中で、ひとつだけ、確信していた。
犯人が殺したかったのは、私だったんだと。




