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渇望


 暫く泣きはらした後、私は黒魔術に詳しいリント先輩と、もう一度会いたいと伝えた。


 「確信はないんだけど……さっき話した願い事を叶えてくれる悪魔の話が気になっていて」


 「ちぎられたページの悪魔の話だよね?うん、先輩なら何か知っているかもしれない」


 クロノに手を差し出される。私はその手を力強く握る。今までとは違う、何かが変わる予感がする。

 私達は、研究室に向かった。


 


 「これは、面白いね」


 先輩にページを渡すと、先輩はすぐに戸棚から一冊の分厚い本を取り出した。

 確かこの辺りに……と呟きながら、ページを捲り、私達の前に、とあるページを見せる。


 「君の探している悪魔は、《渇望の悪魔》と呼ばれる存在だね」


 そのページには、禍々しい化け物――渇望の悪魔が描かれている。片手に人間をぶら下げ、もう片手に王冠や金貨を持っている。

 悪魔は厭らしい笑みを浮かべ、その前では人間が懇願しているようだった。


 「この悪魔は、願いを叶えてくれると言われている。ただし、それには深い渇望が必要だ。並みの人間には呼び出せない」


 そう言って、その下に書かれた文章を指さす。


 「この悪魔を呼ぶには、生贄が必要だ。呼び出された悪魔は願い事を聞く代わりに、試練を授けるそうだ。試練に失敗すれば、呼び出した本人の魂が消滅するようだ。生贄については……これ以上の情報はないようだねぇ」


 リント先輩は何でもないように、悪魔について説明を進めていく。

 私はすらすらと出てくる言葉をかみ砕きながら、混乱する頭で必死に理解しようとする。

 

 「何度も死に戻りをしていることから、アリア君が生贄である可能性が高いねぇ。君を生贄に、誰かが何か願いを叶えているんだろう。おそらく、試練にクロノの死が関係しているんだろうねぇ。試練の内容はわからない。が、アリア君。君、どんどん戻る時期が遡ってるって言ってたね」


 「はい……」

 

 「0歳より前に戻ったら、君はもう戻ることが出来ないだろう。その時点で魂は悪魔に捧げられてしまうだろうねぇ」


 漠然と考えていたことではあった。越えてはいけないラインなのだろうと。

 だが、明確に指摘された今、頭を殴られたような衝撃に襲われた。

 

 私の様子を横目に、先輩はにやりと笑う。

 

 「今わかるのはここまでだね。僕の知り合いがもっと情報を持っているかもしれない、聞いておくよ」


 「ありがとうございます。アリア、行こう」


 ふらふらと、クロノに支えてもらいながら研究室を出る。

 扉が閉まる際に、先輩がひらひらと手を振っているのが見えた。



 「アリア、大丈夫?」


 「……うん、なんとか」


 私達は外に出て、ベンチに座る。

 冷たい風が、体にまとわりつくが、頭に籠った熱は消えない。胸の中にはひとつの言葉が浮かび、消えない。


 「……私、消えちゃうのかな」


 ぽつりと、言葉になり、こぼれ落ちる。言うつもり、無かったのに。声になった瞬間に、今まで妙にふわふわとしていた心地が、一気に現実を帯びてきて、目頭に熱が集まっていく。

 私は両手で顔を覆い、唇を噛む。それでも嗚咽は漏れてしまい、その音がまた私の涙腺を刺激する。

 クロノは黙って私の背中を摩り、ぽんぽんと叩く。規則的なその動きに、少しずつ、私の呼吸は落ち着いていく。


「俺が」


 クロノはそれだけ言って、言葉を止める。

 私が泣き腫らした顔を上げると、彼は真っ直ぐ私を見つめていた。

 彼は私の両肩に手を乗せ、はっきりと力強い声で続けた。


「俺が、必ずアリアをこのループから抜けさせてみせるから。消滅なんてさせないから。絶対に大丈夫だから」


 何度も巡った中で、希望を持っては打ち砕かれてきた。それでも、もう一度信じてみたい。そう思えるのは、いつもクロノがいてくれたから。

 それでも、今回見えてきた真相の輪郭は、私の心を蝕むには十分だった……いや、それ以上だ。


「出来るかなぁ……もう、あまり時間は残されていないかもしれないのに」


 弱気な言葉が、次々に溢れだす。ああ、こんなことを言っても意味がないのに。わかっているのに、壊れたオモチャのように、口からは弱音が飛び出していく。

 そんな私を、クロノは力強く抱き寄せる。

 私の口は彼の腕に塞がれ、次第に言葉をなくしていった。


「出来るよ。そうしてみせるから」


 自分に言い聞かせるように、彼は呟く。言霊のように、繰り返す。

 それを聞きながら、私は瞼を閉じる。また涙が溢れてくるのを予感しながら。


 

 

 この日を境に、私の世界は変わっていった。

 

 友人達でお喋りをしている時、小さな仕草までも漏らさず観察する。

 まるで全員が囚人で、それを監視する衛兵のように。

 彼女達の言葉のひとつひとつの裏の意味を探り、時には試す行為すらする。

 初めて死に戻りした時のように、それ以上に注意深く、動く。

 でも、あの頃とは違って、私の心は波風の立たない、凪だ。

 ただただ、冷静に行動した。



 今回も、リーシュは義兄さんに恋をした。私は前回同様クロノと一緒に彼女をフォローし、二人は付き合うことになった。

 彼女の動きは前回と殆ど変わらず、怪しいところはないように思えた。時折、私に嫉妬の視線を向けるが、それは義兄さんがシスコンになってしまったことが原因だろう。

 

 カレンも変わらず、噂話を仕入れては披露し、メイクやファッションの流行を追うのに勤しんでいる。

 シャンテは今回クロノと出会わなかったようだ。私がクロノと文通したことが影響しているのかもしれない。怪しいところはなさそうに見える。


 私は皆をじっと見つめる。彼女達には、到底渇望するような望みなどないように思える。

 恋愛も、将来について語ったこともあった。そのどれもが、自分の行動次第でどうとでもなるような、そんな願いばかりだった。

 一体、何をそんなに望んでいるんだろう。魂の消滅を掛けるほどの、大きな、願い。

 

 皆の笑顔が、じわじわと歪んでいく。私を嘲笑するように。お前には、わからないとでも言うように。


 「アリア?アリアってば!」


 肩を強く揺さぶられ、私ははっとする。

 目の前にはカレンが居て、少し心配そうな顔をしている。

 リーシュとシャンテもこちらを見ている。


 誰の顔も、歪んでいなかった。


 うまく、言葉が出てこない。顔が引きつって、唇は縫い付けられたように開かない。

 何でもいい。大丈夫だよって返せばいいだけ。それなのに、うまく出来ない。

 妙な焦りで、こめかみに汗が滲んできた時だった。


 パンっと音がして、私は視線をそちらに向けると、リーシュが両手を叩いていた。


 「アリア、何喋ってたか聞いてなかったんでしょう~もう、しょうがないわねぇ。今は恋愛の話をしてたのよぅ」


 そう、ニコニコと微笑まれる。私は驚いたせいか、口がうまく動くようになり、苦笑いを浮かべながら返す。


 「……ごめん、そうなんだ。恋愛の話ね」


 そう、返せたことに内心ほっとする。身体を覆っていた妙な焦りも消え、私は会話を続ける。


 「誰の話してたの?リーシュ?」


 「リーシュのあっまい惚気は聞き飽きたから、アリアに聞こうって思って話しかけたわけ」


 カレンはうぇっと舌を出しながらそう言って笑った。


 「それで、クロノ君とはどうなわけ?アカデミーに入る前から仲が良かったんでしょ」


 「お、幼馴染で恋人同士なんて素敵だよね。憧れちゃう」


 ぽぅっと頬を赤らめるシャンテに微笑みながら、返す言葉を探す。

 恋愛か……私とクロノが結ばれそうになると、犯人は牙を向いてきていた。嘘にはならない程度に誤魔化しておいたほうがいいのかもしれない。


 「私達、恋人ではないの。でも、親しくはあるから、ゆくゆくは……あるかもね」


 そう返すと、皆が「キャー」と黄色い悲鳴を上げる。

 私は、何度目かわからないそのやり取りを笑顔で見つめながら、質問した。


 「カレンとシャンテには誰か良い人いないの?」


 「私は、実は隣のクラスに、気になっている人が居るんだよね」


 そう言いながら、カレンは頬を指で掻く。「あら、そうなのねぇ」と、リーシュがにやにや笑う。


 「わ、私は居ないかな……私が恋なんておこがましいし」


 シャンテはそう言いながら、手を左右に振る。彼女はいつもこうだ。

 苦笑いを浮かべる表情も、指先に至るまで、仕草のひとつひとつも、口調でさえも自信のなさが伺える。

 彼女のこの、自信のなさはどこからきているのだろう。そう、ふと疑問が沸く。

 そしてすぐに、彼女の生い立ちになど、今は構っている時間はない。と冷酷な自分に囁かれる。そうだ。今は少しでも、綻びを見つけなくてはいけない。

 

 リーシュが小さく笑い、私達は彼女のほうに視線を向ける。

 彼女はうっとりとした表情で、頬を手に添えている。


 「恋愛はね……良いものよ。皆にも春が訪れるといいわねぇ」


 自分の世界に入り込んでいるようなリーシュを横目に、私とシャンテは苦笑いをする。


 「アリア! リーシュ」


 そこに、少し先から義兄さんが軽く手を挙げながら、こちらに向かってくるのが見えた。

 私が手を挙げた時、小さく声が聞こえた。


 「……どうして、アリアが先なのかしら」


 ぽつりと呟やかれた声の主は、先ほどまで惚気ていたリーシュだった。

 さっきまでの、穏やかな口調と打って変わり、彼女の声はひどく冷たかった。身長の高い彼女が、私を見下ろしている。その瞳は冷たく、嫉妬が色濃く混じっているように見えた。

 私は驚き、少したじろくが、彼女はすぐに目を細め私に笑いかけた。


 「ロイさんてば、本当に妹が好きなのよねぇ。よかったわね、アリア」


 彼女の声色は、また優しげなものに戻ったが、さっきの声が嫌に耳に残る。

 動揺を悟られまいと、「そうだね」とこたえると、彼女は満足げにまた微笑んだ。


 気が付けば、義兄さんは私達のすぐ近くまで来ていて、私は軽く挨拶を交わす。そして、なんとなく、二人から距離を取った。

 シャンテは熱心に二人のやり取りを見ていて、私はその横に立つ。それに気が付くと、シャンテは私に笑いかける。


 「リーシュとロイさんも、もちろんお似合いだけど。アリアとロイさん、仲良くて素敵だね。……私もいつかこんな仲の良い兄妹になれたらなぁ」


 そう呟く彼女の瞳は、きらきらと輝いている。希望にあふれたその目は、かつての自分のようで、少し胸が痛む。

 彼女も養子だと噂で聞いたことがある。そこに触れていいのかわからず、兄弟がいるのかは聞いたことがなかったが……きっと、あまり関係が良くないのだろう。

 以前の私もそうだった。皮肉なことに、死に戻りをすることで義兄さんとの仲は確実に深まったのだ。


 「シャンテなら、きっとなれるよ」


 私が微笑むと、シャンテは心底嬉しそうに、笑った。


 「アリアにそう言ってもらえて、私、とっても嬉しい」


 この時の彼女は、いつものように自信なく髪をいじるでもなく、心から未来の幸福を噛みしめているように見えた。



 

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