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願い事


 「……クロノ!」


 私は自分の叫び声で目が覚める。額からは大粒の汗が吹き出し、喉が嫌に乾いている。

 額を撃ち抜かれた感覚が確かにあった。震える指先でそっと触れるが、そこには何もない。

 ゆっくりと周囲に目をやる。そして、また死に戻りをしたことを確信した。

 

 同時に、私は自分の髪をぐちゃぐちゃに掻き乱す。そして、吐き捨てるように「クソっ!」と叫ぶ。

 今までにない感情だった。私は、胸の奥から湧き上がる怒りを吐き出すように、声を上げ続ける。

 

 

 「あと少しだったのに!」


 クロノが機転でついた嘘。それで、犯人がわかったはずなのに!

 

 「あああああ!」


 ほんの少しで手が届きそうだったのに。何もできなかった自分への苛立ちが、心の底から沸き立ち、あふれ出す。

 枕に、クッションに、拳を打ち付ける。

 柔らかなそれらは暴力的な仕打ちを受け止め、くたびれたようにほつれていく。

 


 「……どうして、上手くいかないの」


 自然と零れた自分の声で、振りかざしていた腕をゆっくりと下げていく。

 さっきまでの激情は成りを潜め、私は力なく項垂れる。

 小さくため息を吐いた時だった。

 

 部屋のドアがノックされる。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 外から懐かしい声が聞こえ、私はそちらに視線を向ける。

 この声は確か……。


「貴方、マリアなの?」


「……?はい、マリアですよ」


 私が8歳の頃、地元に戻ってしまったメイドのマリアだ。私は自分の手のひらに視線を落とす。前回よりも小さく見える気がする。


「マリア、今って……私、幾つになったんだっけ」


「お嬢様は今年で7歳でございますよ」


 彼女の返答に私は顔を顰める。

 初めて死んだ時から、10年前に戻っている。相変わらずルールはわからないが……死ぬ度に、若返って戻っている。


 「これ、0歳に戻ったら、その次は……」


 ぽつりと浮かんだ疑問を口にして、途中で口をつぐむ。

 最後まで言ってしまったら、いけない気がした。最悪な想像が現実になってしまう気がして。

 そのとき、ふと、脳裏に、黒魔術の話が浮かびあがる。


「代償……」


 私の命が代償になっているとしたら?いや、そんなはず……。

 嫌な汗が、乾いて突っ張った肌に、じわりと滲む。何も考えないように、じっと押し黙る。

 

 

 「お嬢様?」


 マリアに声をかけられて、私の体は大きく震える。

 そうだ、彼女に話しかけられていたんだった……まだ戻った直後だからだろうか。意識が散漫としている。

 私は小さく咳払いする。


 「ごめんなさい、大丈夫よ。喉が渇いたから紅茶をお願いできるかしら」


 「……かしこまりました」


 彼女はそれ以上問うこともなく、離れて行った。

 耳をそばだて、足音が遠ざかっていくのを確認してから、私はふぅっと息を吐く。



 駄目だ。まだ妙に興奮している。普段使わない感情に振り回されている気がする。こんな場合じゃない、記憶が鮮明なうちに前回の死に戻りについてまとめなければ。

 私はノートに手を伸ばし、ペンを取ろうとする。

 震える指先はもたつき、ペンは指先から転げ落ちる。私は軽く舌打ちをして、それを拾い上げる。


 深呼吸をして、ノートに向かう。

 前回わかったこと……黒魔術が関わっているだろうこと、代償のこと。

 あの場にいたメンバーの中に犯人がいること……残念だが、これ自体はその前の死に戻りでわかっていたことだ。真相に直接手が届きそうだったが、今となっては何も分からなかったも同然だ。唇を噛み締めながら、ペン先でノートを叩く。

 だが、クロノの作戦がすべて無駄になったわけではない。犯人はクロノの『死に戻り』という言葉に反応した。つまり、死に戻りを知っているんだ。

 

 そしてもうひとつ、前回の死に大きな違和感があった。

 それは、唐突なクロノの告白に、犯人が即座に対応できたことだ。

 今までの犯人の殺し方は、どれも突飛ではなく、演出されているかのようだった。なのに、今回はただ、命を奪うだけの行為に見えた。

 そうしたのは焦ったからだと思う。だが、問題はそこではない。


 いつでも殺せるように、準備をしていた事自体が違和感なのだ。

 私達が殺人犯に狙われている前提で動くこと、それを知っているかのような。

 だからこそ、不測の事態に備えていたかのように。



 「……死に戻りしているのは、私だけじゃないのかもしれない」

 

 

 ――犯人も、私と同じかもしれない。


 

 だとしたら、何度もクロノと私を殺したその手で、私に笑って、じゃれあってきたっていうの?その裏で、一体どんな顔をしていたのだろう。

 体の底から、ぞわぞわと悪寒が走り脳天を突き抜ける、私はふらつきながら床にへたり込んだ。

 何度も殺したいと思えるほどの、強い殺意、執着。一体、何があったっていうの……?

 想像もつかないほどの、悪意に覆われていることを実感し、私は両手で体を覆うように縮こませる。

 終わらない問答を、しばらくの間繰り返した。


 

 


 「アリア、みてごらん。可愛い猫ちゃんだろ」


 「うん、とっても可愛いね」


 私は義兄さんが大事に飼っている、猫を見せてもらっていた。

 彼は確実にシロなのが分かっていた。それに、今までも何度も協力してもらってきた。

 今回も仲良くなっておくべきだ……と積極的に交流を深めたのだが。


 「でもね、アリアも同じくらい、だーいすきだよ!」


 「……うん、ありがとう」

 

 私に頬ずりして、強く抱きしめる義兄さん。彼の肩越しに、私は苦笑いをする。

 仲良くしようとして数年。成功した……いや、しすぎた結果、彼は立派なシスコンになってしまっていた。

 


 そして、大きな障害となってしまう。

 私を好きすぎる義兄さんは、私の周りから自分と父以外の男を排除しだしたのだ。

 庭師に若い執事見習い……次々と解雇もしくは私から遠ざけられていく。

 当然、クロノの話など出来っこない。話した瞬間に、敵認定されるのが想像できてしまう。


 彼に直接会うことは出来なくとも、様子を知ることだけでも出来れば……実際、前回義兄さんから送られてくる手紙は私を癒してくれた。

 ……そうだ、手紙なら出来るかもしれない。

 ぱっと顔を上げ、そしてすぐにまたうつむく。

 ただ問題は、私とクロノにまったく面識がないことだ。この状況で手紙が来たところで、困惑して返事は来ないかもしれない。

 一体どうしたら……。


 「あ、あの話」


 私はふと、あの時の会話を思い出す。そして便箋を手に取り、手紙を書き出した。



 クロノに手紙を出して数日、彼から返信が来た。

 義兄さんには見つからないようにしておいてね、と口酸っぱくマリアに伝えておいたおかげで、没収されることもなく受け取ることが出来た。

 私は思わず手紙を抱きしめ、手を大きく伸ばして手紙を仰ぎ見る。

 そこには確かにクロノの字で『アリアへ』と書かれている。私は笑みをこぼしながら、早速手紙に目を通す。


 

 『はじめまして、手紙をありがとうございます。アリア、君ってすごいね。お母さんが本当に同じ話をしてくれたよ。本当に予知ができるんだ、すごいね』


 冒頭にはそう書いてあり、上手くいったことに安堵する。


 私は以前、クロノから『母親の言葉に救われた』という話を思い出した。前回、その話がいつ頃の話だったかを確認しておいたのだ。

 そこで、悩んでいるクロノに『予知で見た。母親に声をかければ、こう言ってくれるはずだ』と手紙を出したのだ。

 幼いクロノは、私を本当に予知ができると思い、返信を書いてくれた、というわけだ。

 騙しているようで若干良心が痛むが、致し方ない。


 私は早速ペンを取り、返信を書く。

 

 『クロノの悩みがなくなって、よかったです。ところで、私は読書が好きで――』


 きっかけさえ掴んでしまえば、後は、彼をよく知っているのだ。私達はすぐに仲が良くなった。

 頻繁に文通をして、交流を続けた。

 

 一カ月も経つと、クロノは私に会いたいと手紙に書いてくれるようになった。

 その一文は、私の胸を締め付ける。彼との思い出が、痺れるような想いが、胸の奥からあふれ出す。

 

 「私も、会いたいよ……」

 

 本当は、今すぐこの部屋を出て、あなたに会いたい。話したい。笑顔を見たい。

 でも、私達は会うことが出来ない。

 あなたに会うと、体は私でも、中身は私でなくなってしまうから。

 ……私じゃない私で、あなたと会いたくない。


 「ごめんなさい……」


 私は消え入るような声で、手紙に向かって謝る。

 そして、ペンを取る。

 アカデミーに入学したら、会おうと書き、ペンを置く。

 彼と会えるまであと数年……口からは自然とため息が零れ落ちた。


 


 自分自身が行動できなくても、人を介せば制限を回避できる。

 それが分かった私は、義兄さんに黒魔術に関する資料集めをお願いした。

 一体何に使うんだと心配されたが、ちょっとした研究をしたくてなど言い訳を連ね、最後に、おにいちゃんお願い!と言うと、簡単に集めてきてくれた。


 「うーん、ないなぁ……」

 

 死に戻りを可能にする、という黒魔術は見つけることが出来なかった。

 さすがにアカデミーの禁書庫にあった情報以上のことを見つけるのは難しいのかもしれない。そう思いながらも、ページを巡っていく。

 そして、何冊目かの本を手に取った時だった。

 その本は、悪魔について書かれている本で、挿絵と共に悪魔の説明が書かれている。だが、途中で誰かに破られたようにページが無くなっている。


「誰だろう、こんなことして……」


 義兄さんは、貴族図書館、街の本屋などあらゆる場所から本を集めてくれていた。装丁から見るに、街の本屋で購入したものだろうか。保存状態もあまり良くないし、汚れている。

 次のページを開いた時だった。

 妙な跡がうっすらと浮かび上がっていることに気がつく。

 私はそのページを、部屋にあった鉛筆で薄く塗ってみる。徐々に文字が浮かび上がっていく。


 『とうとう、例の悪魔について情報を得た。その悪魔は魂を対価に願い事を叶えてくれる。ただし、それは試練を乗り越えた場合のみ。そして、必ず生贄が必要だ』


 誰かが本の上でメモをとり、その跡が残ったのだろうか。


「悪魔が、願いを叶えてくれる……生贄……」

 

 ―― 私が死に戻っているのは、まさか。

 

 言葉のひとつひとつが、自分と関係があるのでは?と不安が浮かび上がる。

 私は浮かび上がった文字を何度も読み返す。

 他のページから察するに、失われたページにはこの願いを叶えてくれる悪魔について書かれていたのだろう。

 生贄に試練……やはりどれも覚えがない。本当に覚えていないのか?関係のない話なのか?それとも……。


 私はそのページを破き、折りたたむ。

 そして不穏な言葉が羅列されたページを、引き出しにしまい込む。

 何か関係があるのかもしれない。

 関係あって欲しくはないが……。


 私は小さくため息をついて、空を仰いだ。


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