確信
禁書庫では収穫があった。
乱雑にまとめられた手記の中に、気になる記述があったのだ。
『彼は契約を結び、願いを叶えた。――は、契約を守るのであれば、時を超えることさえ可能だと言った』
一部文字が掠れて読めないが、時を超える力について記述されていた。
私は手記を閉じ、表紙に視線を向ける。そこには『黒魔術についての記録』と書かれていた。
「こうなってくると、本当に黒魔術が関わっているのかも……」
途方もない力を持つ存在。一体、彼は誰と契約したのだろう。
何を願ったのだろう。
――どんな契約なのだろう。
「……そうだな。今まで調べていなかった範囲だし、禁書庫以外も洗ってみようか」
クロノが私の肩を軽く叩く。彼はいつも冷静で、それに私は救われた気持ちになるのだ。
少し口角をあげ、私は頷いた。
私達はリント先輩にお礼を伝え、図書館を出る。
気が付けば辺りはすっかり暗くなっていて、街灯が灯っていた。
「すっかり遅くなっちゃったな。アリア、まだ時間あるか?」
「うん、大丈夫」
私はクロノの申し出に、ほっと、顔の強張りが解けていく。
代償に黒魔術……色んな情報の波に揉まれ、妙に胸がざわついていたから。
二人並んで歩いていく。街灯の光に影が伸びていく。
お互い何を話すでもなく、ゆっくりと歩く。そして、いつものベンチに着く。教会前のここは、すっかり私達のお決まりの場所になっていた。
どちらともなく座ると、同時に大きなため息をつく。
私達は目を合わせ、思わず吹き出す。
「……なんだか、壮大な話になってしまって。驚いたね」
「そうだな……まぁ、元々普通じゃなかったけど。なんだか色々な情報が入り乱れて、な」
「そうなんだよね。黒魔術とか……全然覚えがないのに」
気が付くと、また、ため息が漏れそうになる。
代償なんて、言われても……契約も本当に覚えがない。一体どうなっているのだろう。
横では、クロノが鞄を漁っている。横目にちらりと見つつも、悶々と考え込む。
「とりあえず、ほら、甘いもの食べよう。疲れてるときには、だろ?」
彼はクッキーを差し出す。私はそれを一枚手に取り、口に運ぶ。舌に触れるとほろほろと崩れ、ジワリと広がる甘さに思わず眉が下がる。
「おいしい。ありがとう」
「どういたしまして」
ゆっくりと甘さが脳に広がり、頭が冴えてくる。表情にも表れていたのか、クロノが私に微笑む。
「それで、アリアはどう思った?リント先輩の話」
「そうだね……最初は突飛な話だな、と思った。けど、徐々に自分の中の靄が晴れていくような感じがして……今は、どういう形なのかわからないけど、きっと黒魔術が私の『死に戻り』に関わってる。そう思ってる」
そういって肩をすくめると、クロノも同じ仕草をする。
「俺も同意。リント先輩にもお願いしたし、もう少し情報が集まってくると思う。それを待ちつつ、情報を集めようか」
私は頷く。
今までは真っ暗闇の中、手元の光を頼りに彷徨うように、向かうべき方向すら解らなかった。
でも、今は一筋の光が方向を照らしてくれている。もう少し、あと少し情報が手に入れば、きっと私が何故死に戻りをしているのか、その輪郭が見えてくるはずだ。
そうすれば、クロノと生きていく未来を掴む、強力な助けになる。
だから……。
「私、ちゃんと知る必要があると思う。この死に戻りの意味を」
真っ直ぐにクロノを見つめて、言葉に出す。
私の言葉にクロノも頷く。
「そうだな。人智を超えた力が、どう影響するのかわからないだけに、把握したほうがいいと俺も思う」
「あれ?クロノ?」
突然降ってきた聞き覚えのある声に、私の体が小さく震える。
声の方に振り向くと、そこには彼がいた。
「カイル……」
前回、犯人だと思っていた少年、カイルがいた。
ざわつく私と裏腹に、クロノは親し気に接する。
「カイルじゃないか、どうしたんだよ。また甘いもの巡りして、その帰りか?」
「うるせー!俺の趣味をバカにすんな。まぁ、本日4つ目のスイーツを頂いてきたところだ」
そう言って、ニヤリと笑うカイル。
私はその状況に混乱する。
クロノに前回のカイルの行動について話してはいた。二人の関係性について、聞いてはいなかったけど……。
カイルはクロノを憎んでいたんじゃなかったの?
「あの、二人は仲がいいの?」
私の声に、二人は顔を見合わせる。そしてニヤッと笑いあう。
「仲は良いかな。コイツ、俺の親父のお気に入りで正直ムカつくけど」
「お前の親父さん、まじで見る目ないよな」
「俺もそう思う。何でよりによってクロノなんだよ」
「おい、よりによってって何だよ」
そんなやり取りを目の前にして、私は必死に前回のループについて思考を巡らせる。
有力な動機のひとつだと思っていた確執が、今潰れたからだ。
……そういえば、懺悔室で好きな女の子について話していたっけ。
「あの、カイルさんて、好きな女性とかいます?」
「はぁ?! いや、いないけど」
「カイルはアプローチされたらすぐオチそう」
「おい! うるせーぞ!」
二人の掛け合いを尻目に、私は悪寒が走っていた。
カイルに、好きな人が居ない?
確執もなかった?
前回の、あれは何だったの? まるで、全てカイルが犯人だと示し合わせていたような、証言、噂、証拠……。
まるで、誰かにそう仕組まれていたような。
考えることに夢中になっていたせいか、思わずクッキーを膝に落としてしまった。心の中で舌打ちをしながら、ばらばらに砕けたそれを、払いのけようとした。
その時、ふと疑問が浮かび上がる。
……じゃあ、以前のカイルが好きだった人って、一体誰だったのだろう?
カイルは、私を好きなように見えていた。
でも、カイルの好きな女の子が別人だったら。
もし、その子がカイルに嘘を吹き込んでいたら? クロノに付きまとわれていると。
そのせいで、クロノに嫌悪感を持っていたら?
私はただの仮説にすぎないはずの、その考えに、何とも言えない気持ちの悪さを感じていた。
ただの殺意ではない、クロノを心底苦しめてやろうとしているような、悪意が滲んでいるようで。
私は、じわりと手のひらに汗がにじんでいくのを感じ、誤魔化すようにスカートに擦り付けた。
その翌朝だった。
談話室で皆とおしゃべりをしている時「大変!」とリーシュが駆け寄ってきた。
「研究棟の一室が丸々焼けてしまったらしいのよぅ。どうも明け方のことだったみたいで、誰も居なかったのが幸いだけれど」
私は何か嫌な予感が頭から離れず、研究棟に向かう。途中、クロノと合流すると、彼も同じ気持ちのようだった。
そして、その予感は当たっていた。
研究棟の前には、数人の人だかりが出来ていて、その辺りにいた男に声をかける。
「あの、研究室が燃えてしまったと聞いたのですが、何か知っていますか?」
「ああ、黒魔術の研究室だよ。放火らしいね。ほら、あそこに座り込んでる人とか」
彼が指差した先には、魂の抜けたように口をだらんと開けたリント先輩が座り込んでいた。
リント先輩の研究室が、何者かに放火された。
研究資料は殆どが燃えてしまい、残っていないそうだ。
先輩は肩をがっくりと落としていたが、数日後には「すべての内容は僕の頭の中にあるねぇ!」と叫びながら、臨時の研究室で資料作成に、日夜問わず明け暮れているそうだ。
「様子をみてきたけど、大分余裕がないみたいだ。リント先輩へのお願いは先になりそう」
クロノはそう口にして、いつものベンチで、私の隣に座る。
「そう、だよね」
「どうしたの?アリア」
過去の出来事を思い出しながら、私はポツリと溢す。
「いままで、研究室で放火が起こったことなんて、無かったと思う」
私がそう伝えると、クロノは目を見開いた。
「それって……今回、俺達がリント先輩に接触したから、ってことか」
「きっと、そうだと思う。今までリント先輩の存在も、黒魔術も、何も知らなかったから」
リント先輩には本当に申し訳ないけれど……でも。
「これで分かったな。犯人は黒魔術についてこれ以上深堀りしてほしくなかったんだ。だから放火した」
私は大きく頷く。自然と拳を、強く握りしめる。
「ただ、俺達は犯人が触れてほしくない、真相に近づいているわけだ。犯人は近々動き出すかもしれない。ここからは、より気を引き締めていこう……思っていた以上に、時間がないかもしれない」
「うん、このまま真相を明らかにして、乗り越えよう」
今までベールで包まれていた犯人に近づくこと。それは、危険に自ら近づくことにも繋がりかねない。
実際、放火をするなんて……今までの犯人は計画的に行動していたのに、焦って行動したようにも思える。
……思っていた以上に、時間は残されていないのかもしれない。
「私達、お付き合いすることになりましたぁ」
「おめでとう~!」
今日は、義兄さんとリーシュが付き合うことになったということで、ささやかなお祝いパーティを催している。
参加者は、義兄さん、クロノ、リーシュ、シャンテにカレンだ。
場は和やかに進み、話題がまばらになりだした時だった。
「俺さ」
クロノが話始め、皆の視線が彼に集まる。
真剣な顔つきで、彼は話した。
「死に戻り、してるんだよね。もう皆と過ごすのも3回目なんだ」
彼の発言に、場は静寂に包まれた。
何を言っているのか、私は意図が分からなかった。ただ、手にじわりと汗がにじんでいく。
「何言ってるんだ、お前。気でも触れたか」
義兄さんの呆れた声で、笑いが起きる。
「……うん、ただの冗談」
そういってほほ笑んだクロノ。だがその瞳は何か確信めいて見えた。
食事会が終わり、外に出た時だった。クロノに腕を掴まれる。
目を大きく開き、彼を見上げる。彼は視線を左右に動かしながら、声をかける。
「この後、少しいいか?」
そう言われ、頷く。
彼は私の反応を見て、すぐに歩き出す。
皆を振り返ることもなく、早足で進む彼の背中は、焦っているように見える。何か、大事なことを抱えているような。
クロノは高台に着くと、歩みを止めた。私は少し乱れた息を整えながら、彼が話だすのを待つ。
彼は周りを見渡してから、少し興奮気味に話しだした。
「さっきは驚かせてごめん。昨日、少し思ったんだよ。死に戻りしてないはずの俺が、急にああ言ったら、犯人は何か反応するんじゃないかって」
私は目を丸くする。
「だから、さっきあんな事言ったの?」
「ああ、それで」
クロノは一息ついて、続ける。
「居たんだよ。あの中に、不自然な挙動をしたやつが」
彼の言葉に、私は息を呑む。
クロノと私を殺してきた、犯人がわかったっていうの?
もう、死に戻ることも無く、未来へ進んでいけるの?
私はじわりと目頭があつくなるのを感じながら、彼の言葉を待つ。
「それは」
――パンッ。
大きな破裂音が鳴り響き、目の前にいたクロノがぐらりと揺れ、地面に倒れる。
床に横たわる彼の額には穴が開き、そこから血がだらだらと溢れ出す。
「クロ……」
彼に駆け寄ろうとした、その瞬間だった。
再度音が鳴り響き、私の意識がぶつりと途切れる。
これが三度目の死だった。




