理由
「……それじゃあ、改めてアリアの知っている情報を教えてほしい」
クロノにそう言われ、私は頷く。
泣き腫らし、掠れた声で今までのことを話した。
彼は手を顎に当て、少し考えた後、口を開く。
「死に戻りなんて、時間を遡る行為、どう考えても大きな力が働いているよな。それがアリアにだけ起こるなんて、あるのかな」
確かに、どうして私みたいな、なんの変哲もない人間に、こんなことが起こっているんだろう。
「他にも、死に戻りした人がいるって事?」
クロノは頷く。
「過去にも同じ様な事があったかもしれない。死に戻りとは言わなくてもね。やりようによっては預言者にもなれるし、英雄にもなれる力だ。何らかの伝承として残っているかもしれない」
途方もない話だけどね、と言って、彼は肩をあげる。
「伝承……図書館の本に、何かあるかも?」
私が言うと、確かにとクロノは頷く。
「……あとは、禁書にも情報があるかもしれない」
「でも、禁書庫は、立ち入り出来ないよね?」
クロノはニッと笑い、答える。
「実は、ツテがあるんだ」
放課後の図書館は、少ないながらも利用者がちらほらといた。
「今はテスト期間中じゃないし、空いてるね」
そう言われ、私は頷く。数人の真面目そうな生徒以外は、ただ読書をしに来ているといった様子だ。
「まずは、伝承についてからかな?」
「そうだな。えーと、あの本棚かな。手分けしてみてみようか」
私たちは伝承等を扱う本棚から、適当にそれっぽい本を取り出し、近くにある席に向かい合って座る。
パラパラとページを捲る音だけが静かに響き渡る館内で、目線を上下に動かしながら中身を把握していく。
「駄目、それっぽいかもと思っても、これだ!と思える話がないかも」
「同じく」
二人でため息をつく。伝承はそこまで品揃えも無く、二時間もすると読み終わってしまった。
「そうなると……やっぱり禁書しかないのかな……ところで、ツテって何なの?」
「うん、そろそろ……かな。あ、来た。先輩ーここです」
クロノが立ち上がると、手をひらひらと振る。
向こうから、ひょろっとした猫背の男がやってくる。彼はクロノに気がつくと足早にこちらに寄ってきた。
「クロノくん〜お持たせしたねぇ。で、とうとう黒魔術に興味が湧いたのかぃ?」
男はクロノの手を取ると、にやにやと笑いながらそう話しかける。
「いえ、ちょっと先輩に協力をお願いしたくてですね」
「ふぅん」
男はクロノの返答を聞いて、彼からするりと手を離す。そして、こちらに向き直り、じろりと私の顔を見つめる。
「君は?クロノの彼女?」
「い、いえ。私は友人のアリアです」
「友人ねぇ……まぁいいや。僕はリントだよ。よろしくねぇ」
目を細め、にたぁと笑いかけられる。その目の下には色濃く刻み込まれた隈が広がっている。
クロノはわざとらしく咳をして「先輩」と声をかける。
「俺達、禁書庫で探したい本があるんです。どうにか、連れて行ってもらえませんか?」
先輩は目をぱちぱちと瞬いた後、口角をゆっくり上げる。
「禁書庫ねぇ面白い。いいよ」
彼はゆっくり歩き出し「ついておいでぇ」と言いいながら手招く。
私達はリント先輩について、進んでいく。
禁書庫は図書館の奥に位置しており、入り口には大きな扉が構えている。近くには窓口があり、そこでは司書が退屈そうに座っていた。
リント先輩は私達に近づき、小さな声で話す。
「禁書庫に入るには、司書の許可が必要だ。僕の助手という体で連れていくけれど、何か質問されるかもしれない」
顔のこわばる私を見て、先輩はまた不気味な笑みを浮かべながら続ける。
「何を質問されても、黒魔術はすべてを解決します。そう言い続けるんだ。僕の口癖だからさぁ」
「……」
私達は思い切り眉を顰めたが、先輩は気にする様子もなく司書に話しかける。
少し話した後、ひらひらと手をこまねき、私達は窓口に進む。
「助手……でしたっけ?リント君と違って普通っぽいけど」
私達を上から下まで品定めするようにじろじろと見つめる。
「……黒魔術はすべてを解決します」
「え?」
「黒魔術はすべてを解決します」
「そ、そう。まぁどうぞ」
司書は顔を引きつらせながら、禁書庫の扉を開く。
私とクロノは真顔のまま、部屋に足を踏み入れた。
部屋の中は思っていたよりも広かった。壁一面に本棚があり、中央には机と椅子が数個設けられていた。
リント先輩は椅子に勢いよく座ると「ようこそ、禁書庫へ」と両手を広げた。
「それで、君達は一体どんな本をさがしてるのかねぇ」
リント先輩は少し前かがみになり、私達の顔を交互に見る。好奇に満ちた視線だ。
私達は目配せをして、私が事情を話し出す。
「あの、死んでから過去に戻る……そんな伝承とか方法、例えば黒魔術とか、ありますか?」
私の言葉が終わる前に、先輩が椅子から飛び降り私の肩を揺らす。
彼の瞳は初めて光り輝き、興奮で鼻腔が膨らんでいる。
「そんな黒魔術があるのかい?!是非教えてくれぃ!」
「い、いえ、あるのかなって」
「……ああ」
先輩は急にやる気をなくし、ぱっと手を離す。
その様子に、私は苦笑いをする。
「そんな都合のいい黒魔術、あるわけないですよね」
「いや、そうとも限らないねぇ」
リント先輩は即答し、私とクロノは同時に椅子から立ち上がる。
彼は私達を下から見上げながら、楽しそうに頬杖をつく。
「その反応、何かあるんだろぅ?聞かせてほしいなぁ」
目一杯微笑む先輩に、私達は目配せして、経緯を話すことにした。
「……なるほどねぇ」
先輩は私たちの話を黙って聞き終えると、口をへの字にして、鼻から大きく息を吐く。
長いそれが終わると、彼は私達に顔を近づける。
「面白いから、その話が本当としよう。として、どうやってループしているかだ。あ、便宜上ループと呼ばせてもらう」
私が頷くと、先輩は人差し指を立て、続ける。
「時を超える時間だなんて、どう考えても人間の力では不可能だ。そう、人智を超える力でもない限りね」
「人智を超える……」
「そう、神の御業、禁じられた儀式による召喚……幾つか選択肢はあるが、気になるのは……その代償だ」
「代償……?」
「ああ、時間を何度も繰り返すなんて、相当な代償を払わないと無理だろう。命なんかでは足りない……魂の消滅くらい賭けないとねぇ」
――魂の、消滅
その言葉が私の胸に、ずんと重く圧し掛かる。
それを見透かしたように、先輩の細い目が眼鏡の奥で光る。
「ああ、それほどループは超越した力だ。そこまでの代償を懸けてまでループする必要があるってことだ。しかも、ループしてる本人は契約した覚えがない」
リント先輩は、私に顔を近づける。彼の吐息がかかるほど近い。
彼の瞳は初めて見た事象に興奮しているのか、瞳孔が開いている。
「本当に、このループはクロノを救うためなのかねぇ。あるいは他に、何か理由があるのか……」
視界の端で、チャリッと、ピアスが小さく揺れる。
しかし、その顔はすぐに私から離れた。
「先輩、近すぎ」
クロノが先輩の首根っこを掴み、無理やり離していたようだ。リント先輩はちぇっと唇を尖らせる。
「まぁ、今のは一例だよ。ただ神の気まぐれの可能性もあるからねぇ。僕は信仰心ゼロだから、信じてないけど」
そう言って、リント先輩はにたぁと笑う。
「ありがとうございます……正直少し、混乱してますが、新しい意見が貰えて助かります」
私がそう伝えると、リント先輩は目を細める。
「いやぁ、まぁあくまで僕の意見だからね。それじゃあ、禁書を探してみようか。君達に関係ありそうなのは――」
リント先輩が本棚に移動し、クロノが頷きながら本を受け取っていく。
私はその様子を見つめながら、頭の中はリント先輩の言葉で埋め尽くされていた。
代償に、ループの理由か……。
盲目的に、クロノを救うためだと思っていたけれど、それ自体が間違いだったのだろうか?
私はいつの間にか、何者かと契約をしていたのか?
身体を乗っ取られた時のことを思い出し、ゾッとする。
「いや、まさかね……」
そんなはずはない、きっと何か別の理由があるはずだ。
私は湧き出る不安を吹き飛ばすように、頭を振り、本棚の本に手を掛けた。




