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他国で婚約者に裏切られた令嬢は国を身限り自国へと向かうが途中で素敵な拾い物をする〜婚約者が学園で恋人を身勝手に作ったのでこちらも勝手をさせてもらいますね〜

作者: リーシャ

 現在、我が婚約者の通う学園にて。憤慨以外の感情が必要か?という噂が蔓延っている。


「ねえ、聞いた?婚約者のいるカイル様が、学園で新しい恋人を見つけたらしいわよ」


「ええ、私も噂で聞いたわ。お相手は男爵令嬢のレイラ様だって」


「信じられない。婚約者がいるのに、酷すぎるわ。あまりにも」


「本当にそうよね。ウレイシカ様が可哀想だわ。私なら無理」


(ふっ、可哀想?よく言う)


「あの……皆さん」


「あら、ウレイシカ様。そんな顔をしてどうかなさいましたか?」


「カイル様のことで……少し、思うところがありまして」


「まあ、無理もありませんわっ。約者を奪われたんですもの」


「酷い男ですわね!きっとウレイシカ様の魅力に気づかなかったのよ!」


(私の魅力?そんなものこの国では何の役にも立たない)


「あの……国から与えられている加護を、失わせようと思っています」


「なんですって!?」


「加護を失わせる、って……そんなことできるんですか?」


「ええ、まあ。国の人間ではありませんから。どうでもいいですし」


「そ、それは……一体どういう……?」


「関係のないことです。もう、この国に何の未練もありません」


「そんな……ウレイシカ様、どうか思いとどまってください!」


「そうですよ!加護を失ったら、国で生きていくのが大変になりますわ!」


「え?そうですか?別に、国で生きていくつもりはありませんので。二度と来ませんし」


「……!」


「さようなら、皆さん」


(ふん。せいぜい加護のない世界で困ればいい)


 立ち去ろうと立ち上がる。


「ま、待ってください!」


「ウレイシカ様、一体どこへ行くおつもりですか?」


 聞いてくる意味がわからない。


「私の勝手でしょう。関係ありません」


「そんな……見捨てるおつもりですか?ずっとウレイシカ様のことを……励ましていたではないですか?」


 味方のふりをした敵達。


「勘違いしていませんか?私があなたたちを見捨てるのではなく、裏切ったのです」


「そ、それはそうですが……」


「元々この国の人間ではありません。あなたたちとは違う場所から来たのです。国に縛られる理由など、どこにもありません」


 丁寧に説明してあげたのに。


「違う場所……?一体、どこから……?」


 反応が鈍い。


「話しても無駄でしょう。理解できないことです」


「そんな……そんな酷いことを……!」


「酷いのはどちらでしょう。ないがしろにした婚約者ですか?それとも、見知らぬ異邦人の私にいつまでも国に留まることを期待する、あなたたちですか?」


「……」


「私は、私の生きたいように生きます。あなたたちの常識やしきたりに縛られるつもりはありません」


 きっぱり言っておかないと。勘違いされたくない。


「ウレイシカ様……」


「さようなら」


(これでいい。 何の義理もない。自分のために、これからの人生を生きたい)


 ウレイシカは心の中で呟くと、学園を後にした。背中を見送る学園生たちの間には、様々な感情が渦巻いていた。同情、困惑、ほんの少しの恐怖。後悔で後々、満たされていくだろう。

 失わせた加護がどのような影響を与えるのか、まだ誰も知らない。


 学園を出たウレイシカは、人気のない裏道を歩いていた。


(さて、これからどうしよう)


 特にあてもなく。足の向くままに歩いていると、ふと、賑やかな声が聞こえてきた。


「おい、そこのお嬢さん!」


 声の方を見ると数人の男たちがこちらを見て、ニヤニヤと笑っている。


(面倒なことに巻き込まれた)


 男たちはウレイシカを取り囲むように近づいてきた。


「こんなところで、一人でどうしたんだ?」


「何か困ったことでもあったのかい?」


 男たちの目はギラギラとしていて明らかに親切心ではない。


「あなたたちには関係ありません」


 ウレイシカは冷たく言い放った。


「冷たいこと言わないでよ。せっかく声をかけてやったんだからさ」


「少し、遊んでいかないか?」


 男たちは嫌らしい笑みを浮かべながらウレイシカに手を伸ばそうとする。あまりにテンプレすぎるのでは。


(まさか、こんなところで絡まれるなんて)


 ウレイシカは身構えた。しかし、かつてのような国の加護はない。正面から力で敵う相手ではないと悟る。その時、一人の男がウレイシカの腕を掴もうとした。


「やめろ!」


 鋭い声が響き、男の手がピタリと止まる。声のした方を見ると一人の若い男性が立っていた。


「お前たち、何をしているんだ!」


 男性は凛とした態度で男たちを睨みつけた。


「チッ、邪魔が入ったか」


 男たちは舌打ちをしすごすごと退散していった。


「大丈夫ですか、お嬢さん?」


 助けてくれた男性は心配そうな表情でウレイシカに声をかけた。整った顔立ちをしており、どこか貴族のような雰囲気をまとっている。


「ええ、ありがとうございます」


 ウレイシカは警戒しながらも礼を言う。


「こんなところで、一人でいるのは危ないですよ。もしよろしければ、安全な場所までお送りしましょう」


 男性はそう言って、優しく微笑んだ。


(この人は……一体何者?)


 ウレイシカは目の前の男性の申し出をどうするべきか、一瞬迷う。頼れる人もなく、警戒しながらも申し出を受けることにした。


「ありがとうございます。では、お願いしてもよろしいでしょうか」


「どちらへお連れすればよろしいでしょうか?」


 穏やかな声で尋ねる。


「特に決めていません。あてもなく歩いていたので」


 ウレイシカは正直に答えた。


「もし差し支えなければ、しばらく私の屋敷で休まれませんか?近くにありますので」


 男性の申し出に、ウレイシカは驚いた。見ず知らずの自分を屋敷に招くとは一体どういうつもりなのだろうか。不用心。

 警戒心は解けないものの行く当てもなく、厚意に甘えることにした。


「ご親切にありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 男性はにこやかに頷き、ウレイシカを連れて歩き出す。エスコートだ。

 しばらくすると立派な門構えの屋敷が見えてきた。


(こんなに大きな屋敷に住んでいるなんて、やはりただ者ではない。エスコートを自然にやれていたし)


 屋敷の中に入ると使用人たちが丁寧に挨拶をしてきた。部屋を案内される。男性はウレイシカを応接室に通し温かい飲み物を用意させた。


「改めて自己紹介をさせてください。私の名前はジャルフレド・ルドゥ・ライゼンタールと申します」


「私は……えっと」


 自分の名前を名乗ろうとした瞬間、ウレイシカは一瞬躊躇した。名前を名乗るべきか、それとも別の名前を伝えるべきか。知られて得はない。


「メロール……メロールと申します」


 咄嗟に以前の世界で使っていた仮名を名乗った。


「メロール様、ようこそ我が家へ。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください」


 ジャルフレドは優しく微笑む瞳には、不思議な温かさがあった。癒された気がする。


「ありがとうございます」


 メロールは内心で警戒しながらも、ジャルフレドの厚意に感謝した。


「もしよろしければ、メロール様がこのようになった理由をお聞かせ願えますか?先ほどの様子から察するに、何か辛いことがあったのではないでしょうか」


 ジャルフレドの言葉に、メロールは少し迷った。思考を変える。

 穏やかな雰囲気に安心感を覚え、少しずつ自分の身に起こったことを話し始めた。初めから。


 婚約者の裏切り、加護を失ったこと、学園を飛び出してきたこと。ジャルフレドは静かにメロールの話に耳を傾け、心配そうな表情を浮かべた。


「そんなことが……本当にお辛かったでしょう」


 メロールの話が終わると、ジャルフレドは心底から同情するような声で言った。


「この国は時に冷酷な側面を見せます。特に、力を持たない者や、異質な者に対しては」


 ジャルフレドの言葉にメロールは共感を覚えた。まさに自分が経験したことだったから。


「もしよろしければ、しばらくの間、我が家で身を寄せてください。行き先が決まるまででも構いません。屋敷にいれば、誰もあなたに危害を加えることはありません」


 ジャルフレドの申し出は、メロールにとってまさに救いの手。警戒心はまだ完全に解けていないものの優しさに触れ、少しずつ心が安らいでいく。


「ありがとうございます……ジャルフレド様」


 メロールは、初めて名前を呼んだ。それは、ほんの少しだけ、心を開いた証、かもしれない。こうして、メロールは予期せぬ形で、ジャルフレドという庇護者を得ることになった。


「メロール様、何か必要なものはありますか?食事の用意もできますし、着替えなども用意できます」


 手厚くサポートしてくれる。


「ありがとうございます、ジャルフレド様。今のところは大丈夫です。少し落ち着くまで、一人でいてもよろしいでしょうか」


「もちろんです。遠慮なさらず、ゆっくり休んでください。何かあれば、遠慮なくお呼びください」


 ジャルフレドは、静かに部屋を出て行った。


(親切すぎる……何か裏がある?)


 メロールは一人残された応接室で警戒心を解かずに周囲を見回す。豪華な調度品、上質な絨毯。屋敷の主がかなりの身分の持ち主であることは明らか。


(なぜ、見ず知らずの人間をここまで親切にするの?)


 どう見ても高位貴族っぽさがあると戸惑う。様々な疑問が頭を駆け巡るが、疲労困憊の体は休息を求めていた。メロールは用意されたソファに身を預け、少しだけ目を閉じれば一瞬で睡魔が降りる。

 どれくらいの時間が経っただろうか。ノックの音でメロールは目を覚ました。


「メロール様、夕食の準備ができました。食堂へいらっしゃいますか?」


 声の主は先ほど案内をしてくれた使用人。


「はい、ありがとうございます」


 メロールは返事をし、食堂へと向かった。中へ入る。広々とした食堂には豪華な食事が並べられていた。

 ジャルフレドはすでに席についており、メロールに微笑みかけた。


「どうぞ、お座りください」


 メロールは促されるまま席に。食事はどれも美味しく、久しぶりに温かいものをゆっくりと味わう。


「メロール様は、これからどうされるご予定ですか?」


 食事が一段落した頃、ジャルフレドが尋ねた。


「まだ何も……国を出る方法を探そうとは思っていますが」


「もしよろしければ、お手伝いをしましょうか?知り合いに他国との交易に関わっている者がいますので」


 ジャルフレドの申し出に、メロールは驚いた。ここまで親切にしてもらう理由がやはり見当たらない。


「そこまでしていただくわけには……」


「遠慮なさらないでください。困っている人を見過ごすことができない性分なのです。メロール様の境遇を聞いて少しでもお力になりたいと思ったのです」


 ジャルフレドの真摯な眼差しにメロールは言葉を失う。どこまでお人よしなのだ。嘘はないように感じられた。


「……ありがとうございます」


 メロールは素直に感謝の気持ちを伝えた。


「では、明日、知人に連絡を取ってみましょう。もしかしたら何か良い情報があるかもしれませんのでね」


 ジャルフレドは微笑んだ。よく笑う人らしい。

 夜、用意された客室で眠りについた。ぼんやりと天井を見る。柔らかなベッドに横たわりながら、今日一日の出来事を振り返った。

 婚約者の裏切り、加護を失ったこと。ジャルフレドとの出会い。ジェットコースターのような一日。


(ジャルフレド様は、一体何者なのだろう……貴族ではあるかな)


 拭いきれない警戒心も残っていた。見知らぬ他人の善意を素直に受け入れることができなかったのだ。

 翌日、ジャルフレドは約束通り、知人に連絡を取ってくれた。早い。

 数日後、他国への船の手配ができるという知らせが届く。


「メロール様、これでこの国を出ることができます」


 ジャルフレドはどこか寂しそうな表情でメロールに告げた。


「ジャルフレド様、本当にありがとうございました。あなたがいなければ私はどうなっていたか……」


 心からの感謝を伝えた。


「気にしないでください。私がそうしたかっただけですから。ただ……もしよろしければ、出発する前に少しだけお話がしたいのですが」


 ジャルフレドの言葉に頷いた。話とは、一体何なのだろうか。


「メロール様、少しお時間をいただけますか?」


 ジャルフレドは庭が見渡せる明るい応接室にメロールを案内した。どこも素晴らしい。

 テーブルには丁寧に淹れられたお茶と焼き菓子が用意されている。


「はい、どうぞ」


 促されるままにソファに腰掛けた。


「メロール様がこの国を出られるのは嬉しいことです。ですが……」


 ジャルフレドは少し言葉を選びながら続けた。


「もし、この国を出た後、何か困ったことがあればいつでも私を頼ってください。微力ながらきっとお力になれると思います」


「ジャルフレド様……」


 胸が熱くなった。ここまで他人に親切にされたのは生まれて初めてのこと。婚約者も学園の者も、馬鹿にするだけだったから。


「それに……もし、この国に留まるという選択肢も、少しでもお考えになるのであれば……」


 ジャルフレドは少しだけ躊躇うように言葉を切った。


「私はいつでもメロール様の味方です」


 真剣な眼差しがメロールの心を強く揺さぶった。ぐっと拳を握る。裏切られた記憶はまだ鮮明で、すぐに誰かを信じることはできなかった。


「ありがとうございます、ジャルフレド様。あなたのご厚意は決して忘れません」


 感謝の気持ちを込めて言った。

 出発の日が近づいていた、ある日のこと。屋敷の庭を散歩していた。時間はある。美しい花々が咲き誇り、穏やかな風が心地よかった。深呼吸をする。ふと、茂みの奥からか細い鳴き声が聞こえてきた。


「ニャー……ニャー……」


 メロールは気になって茂みに近づいてみた。すると、そこにいたのはまだ手のひらに乗るほどの小さな子猫。毛はかなり汚れていて痩せ細っている。不安そうに、小さな声で鳴いていた。


「可哀想に……」


 思わず子猫を抱き上げた。驚いたように身を縮こまらせたが温もりに安心したのか、すぐに大人しくなる。


「どうしたんだい、メロール様?」


 庭の手入れをしていた庭師がメロールに気づいて声をかけた。


「この子猫が茂みにいたんです。怪我をしているみたいで……」


 メロールは心配そうに子猫を見つめた。


「あらあら、それは可哀想に。ジャルフレド様にお伝えしましょうか」


 庭師の言葉に少し迷った。猫のことを?と。こんな小さなことで迷惑をかけたくなかった。


「いえ、大丈夫です。少し手当てをしてあげれば」


 メロールは子猫を抱いて屋敷の中に戻った。自分の部屋に連れて帰り、優しく汚れを拭き取ってやる。小さな傷には持っていた薬を塗ってあげた。子猫はメロールの温かい手に包まれ、安心したように眠ってしまう。


「可愛い」


 小さな寝顔を見ているとメロールの心に、これまで感じたことのない気持ちが湧き上がってきた。


(この子も、一人ぼっちで寂しかったのね)


 自分と小さな命が重なった。メロールは子猫を放っておくことができない。

 夕食の時。メロールはジャルフレドに子猫のことを話した。


「ジャルフレド様、庭で小さな子猫を拾いました。少しの間だけここに置いてもよろしいでしょうか?」


 ジャルフレドはメロールが抱いている子猫を見て、優しい笑顔を浮かべた。


「もちろんです。可愛い子ですね。メロール様がよろしければ、ずっとここにいても構いませんよ」


 ジャルフレドの言葉にメロールは心から安堵した。


「ありがとうございます」


 夜から、メロールの部屋には小さな家族が増えた。子猫はそばを離れず、いつも温かい瞳で見つめている。そんな子猫の存在に心の支えを感じ始め、出発の日が近づくにつれて、メロールの心には複雑な感情が湧き上がっていた。


 国を離れたい気持ちはある。しかし、ジャルフレドの優しさ、子猫の温もりを知ってしまった今、この場所を離れることにほんの少しの躊躇いを感じ始めていた。


(本当に、国を出て行くべき?)


 メロールの心はまだ揺れていた。


「ジャルフレド様、出発の準備ができました」


 メロールは緊張した面持ちでジャルフレドに告げた。肩にはすっかり元気になった子猫が、小さな頭をちょこんと乗せている。


「そうですか……ついにこの日が来たのですね」


 ジャルフレドの表情にはやはり寂しさが滲んでいた。


「本当に、色々とありがとうございました。ジャルフレド様の優しさは決して忘れません」


 改めて深々と頭を下げた。


「気にしないでください。メロール様がこれから幸せになることを心から願っています」


 優しい眼差しでメロールを見つめた。


「この猫は……一緒に連れて行くのですか?」


 肩に乗った子猫に気づいて尋ねてきた。


「はい。この子も私と同じで、独りぼっちでしたから」


 子猫を優しく撫でながら答えた。


「そうですか。きっとメロール様の心の支えになってくれますね」


 ジャルフレドは微笑んだ。屋敷の門の前には手配された馬車が待っていた。ジャルフレドはメロールが馬車に乗り込むのを静かに見守った。


「もし、何かあったら遠慮なく連絡してください。どんなことでも、できる限りのことをします」


 最後にメロールに小さな包みを差し出した。


「これは……?」


「ささやかですが、旅の足しにしてください」


 メロールが包みを開けると中にはたくさんの銀貨が入っていた。


「こんなにたくさん……」


「遠慮しないでください。あなたの新しい旅立ちを心から応援しています」


 温かい気持ちに再び胸が熱くなる。


「本当にありがとうございました」


 メロールは涙を堪えながらもう一度ジャルフレドに感謝を告げて、子猫をしっかりと抱きしめ、馬車に乗り込んだ。馬車はゆっくりと走り出し、屋敷が遠ざかっていく。窓からいつまでも手を振る彼の姿を見つめていた。


(さようなら、ジャルフレド様。あなたの優しさを胸に、私は強く生きていきます)


 メロールは心の中で誓う。肩の子猫は頬に小さな頭を擦り寄せ、ニャーと一声鳴いた。小さな命の温かさがたまらない。


 馬車が国境に向かって走り始めて数日後。メロールは窓の外の景色を眺めながら、ジャルフレドとの別れを思い出していた。

 肩の子猫はすっかり旅慣れた様子で膝の上で丸くなっている。その時、前方の御者が声を上げた。


「あれをご覧ください」


 メロールが顔を上げると前方に数人の騎馬隊が見えてきた。


(まさか、追っ手……?)


 一瞬、嫌な予感がよぎった。しかし、騎馬隊はこちらの馬車に近づくと、一人が馬から降りて恭しく頭を下げた。


「メロール様、ご無事でしょうか?」


 顔を見てメロールは驚愕した。そこにいたのは別れたはずのジャルフレドだったのだ。


「ジャルフレド様!?なぜここに……?」


 馬車から身を乗り出して尋ねた。


「お迎えに上がりました」


 穏やかに微笑んだ。


「お迎え、とは……?」


 混乱していた。


「実は……出発の際にお伝えするべきか迷ったのですが」


 少し躊躇いながら言葉を選んだ。


「私はメロール様の護衛として、影ながらお供させていただくよう王家から密命を受けておりました」


「王家からの、密命?」


 ますます理解ができなかった。


「メロール様がこの国から加護を失わせたことは、王家にとって、決して小さな問題ではありませんでした。しかし、メロール様が他国の方であり、この国に特別な義務がないことも理解していました。万が一のことがあってはならないと密かにメロール様をお守りするように命じられたのです」


 ジャルフレドの言葉に、メロールは息を呑んだ。まさか、自分が守られている存在だったとは全く想像もしていなかった。


「ですが、あなたは……あんなに親切にしてくださって……」


「私の個人的な気持ちからです。境遇を知り、心からお力になりたいと思ったのです。護衛の任務があったとはいえ、行動は全て自分の意思によるものです」


 真剣な眼差しでメロールを見つめた。


「それに……もし、この国を離れるという決断をされたとしても、私は、あなたの旅の安全を確保する義務がありました」

 深く心を打たれた。


 彼の優しさは単なる親切心や見せかけだけではなかったのだ。


「では、あなたは……このまま、他国へ行くまで護衛としてついてきてくださるのですか?」


「はい。それが任務です。もちろん、もしメロール様が望むのであれば、この国に留まるという選択肢も」


 再びメロールに問いかけたが、こちらの心はすでに決めている。


「いいえ、私はこのまま他国へ行きます。ですが」


 ジャルフレドを見つめ返した。


「もしよろしければ。あなたも一緒に来ていただけませんか?」


 驚いたように目を丸くした。


「私が、ですか?」


「はい。あなたは私にとって初めて心を開けた人です。あなたのいない世界はもう考えられません」


 メロールの言葉にジャルフレドの顔が、ゆっくりと赤くなった。


「メロール様……そのような言お葉をいただけるとは夢にも思っていませんでした」


 照れたように微笑んだ。


「私でよろしければ喜んでお供させていただきます。メロール様の行くところ、どこへでも」


 肩の子猫は二人の温かい雰囲気を察したのか、満足そうに喉を鳴らす。

 やがて、馬車は再び走り出した。車内にはこれまでとは違う穏やかな空気が流れていた。メロールは隣に座るジャルフレドをそっと見つめると、横顔には優しさと決意が入り混じったような穏やかな表情が浮かんでいる。


「ジャルフレド様」


 メロールは照れながら声をかけた。


「はい、メロール様」


 彼は優しい眼差しで振り返った。


「あの……先ほどは少し大胆なことを言ってしまいましたが……」


「いいえ、とんでもない。私にとってメロール様のお言葉は何よりも嬉しいものでした」


 ジャルフレドは真剣な表情で答えた。


「ですが、私はあなたにとって、まだ見ず知らずの異邦人です。本当に一緒に来ても後悔しないでしょうか?」


 不安を押し殺して尋ねた。


「メロール様。共に過ごした短い時間ではありますが、私はあなたの強さ、優しさや人を惹きつける魅力に気づきました。後悔などするはずがありません」


 胸は熱くなった。初めて自分の存在を肯定してくれる人が現れたのだ。


「ありがとうございます、ジャルフレド様」


 心からの感謝を込めて言った。


「これからは、一人ではありません。私が、メロール様を必ずお守りします」


 力強く頷いた。確かな安心感を与える。膝の上で丸くなっていた子猫が顔を上げ、二人の間を交互に見つめる。小さな声で「ニャー」と鳴いた。


「この子も、きっと喜んでいますね」


 子猫を優しく撫でながら微笑んだ。


「ええ。三人はこれからもずっと一緒です」


 ジャルフレドも温かい瞳で子猫を見つめた。

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