007:九九理鹿波
時刻は午前九時。なぜ腕時計もしていない俺が現在の時刻を理解できたのかといえば、家電量販店にいたからだ。店内にはもちろん時計があるし、鹿波の歩調はゆっくりとしたもので、商店街に来るまで点々と指で示しながら「あれは川」だとか「あれは公園」だとか「あれは唯一のコンビニ」だとか短く説明してくれた。内容はさておき、彼女にしては丁寧………だと思いたい。
説明をするに至って、各地で数秒の観察時間を設けてくれた。どうやらそれがコントロールになっており、帳尻合わせも兼ねていたようだ。回転時間丁度に店を訪れることができた。
「おや、鹿波ちゃんじゃん。どしたの? また時計ぶっ壊した?」
「まだ壊れてない。まだ三発くらい耐えるでしょ」
「はっはっは。半年前に買って、まだ保ってるなら上等か。仕入れは済んでるから、壊れたらいつでも買いにおいで………おや? こいつは珍しい。噂の彼氏と同伴かい?」
「かっ………おじさん。祓われたいの?」
店主らしき中年男性が鹿波となにげない会話をする。からかわれるとわずかに赤面して、殺意を孕むのだが、店主は慣れているのかニヤニヤを消しもしなかった。
一方で鹿波の彼氏説を疑われた俺はといえば、羞恥心で取り乱す───余裕を無くしていた。
この家電量販店は、都内にある巨大な施設ではない。一軒家の一階にある、田舎でよく見かける小さな店舗だ。
だが取り扱っている商品のラインナップが優れていた。いくら関東とはいえ、秘境だ。一般人が入れないよう結界を展開し、疎開しているはずが、どうやって仕入れたかは知らないが、最新の商品を取り揃えていた。
俺は家電に詳しくはないが、商品のタグやパンフレットやカタログを見る限り、今年どころか今月に入荷したものが多い。
おかしい。疎開とはなんだったのだろうと疑いたくなる。
「おじさん。命だけは助けてあげるから、お婆ちゃんのお使いなの。昨日頼んでたものがあるでしょ。全部出して」
「怖いねえ。ま、いいか。わかってるよ。今出すって」
店主はカウンターに引っ込むと、鹿波が俺を「来いよ」と呼んで移動する。
カウンター内をゴソゴソと引っ掻き回すと、手の平に乗るほどのサイズの箱を取り出した。知っているメーカーのものだった。というよりも、カウンターの上に広がっているカタログは、有名な会社の最新式のものばかりだった。いったいどういう繋がりを得たら、このような幅広いラインナップになるのだろう。これが龍ヶ棲町の七不思議なのだろうか?
「ええと………ああ、あった。まず、これな。もう手続きや支払いは済んでるから、中身だけ持っていきな。箱はあとで届けてやるから」
「ありがと。………ん」
「え?」
鹿波は店主から黒くて薄い、現代人なら誰でも見たことのある箱を受け取ると俺に差し出す。しかし、なぜそんなものを渡してくれるのかがわからなかった。
「な、なんで」
「お婆ちゃんからだって。あんたさ、スマホ持ってないんでしょ? 支払いはお婆ちゃんがしてるから。心配しなくていいんじゃない?」
確かに、そうだ。
俺はスマートフォンを所持していない。いや、親に購入してもらったものは持っていたのだが、昨日追放される際に奪われた。解約しておくからと。
俺が渡良瀬家に養子として入るなら、なにも問題はない。むしろ祖母の最初のプレゼントだ。躊躇ってはいたが、五秒後に痺れを切らせた鹿波に強引に握らされていた。
「おじさん。次」
「はいよ」
すると出てくる出てくる。様々な家電が。すべて祖母が必要だろうと昨日のうちに連絡したものだという。果てには「鹿波ちゃんとお揃いの、マッチョが百回殴っても壊れない特別製の目覚まし時計なっ」と茶目っ気を利かせて無骨なデザインのものが出てきたので驚いた。鹿波は「お揃い」の部分が気に入らなかったのか、また目を吊り上げた。
「鹿波ちゃんよぅ。こんだけのもんを運ぶにゃ骨が折れるだろ。運送はいつものでいいかね?」
「それでお願い。私はこいつを案内しなくちゃならないから」
「そうかい。じゃ、うちの従業員に運んでもらうわ。おーい、仕事だぜぇ」
店主が店の奥に声をかけると「はーい」と応えが返る。
従業員というからにはアルバイトをしている若い働き手───かと思いきや、布製の仕切りからニュッと顔を覗かせたのは、体長二メートルほどの青い龍だった。
「なぁ。水面さんが昨日言ってたんだけどさ。俺の荷物を誰かが届けてくれるみたいなんだけど、それってもしかして………」
「そう。龍」
「マジか」
「そんなに驚くこと? トラックより速いし強いから便利だろ」
「強い?」
「当然でしょ。トラックと龍、衝突したとしてどっちが勝つと思う?」
「………わ、わからねぇ」
「龍。常識だろ」
「マジかよ」
トラックと衝突して平然としてる龍───ああ、なんだかイメージできるような。
俺がこれから使うであろう家電を段ボール箱に詰めたものを、龍は平然と体で巻いて、小物を収納した紙袋を角に提げて、店内の従業員専用と掲げられている大型の搬入口から飛翔して、軽々と運んでしまうんだものな。それも「お仕事楽しー」と鼻歌混じりで。
呆然と龍の尾を見送っていたら、店主に笑われた。
「あんた、外から来て………ああ、そうか。当主様のお孫さんなんだっけ?」
「あ、はい。玖………いえ、渡良瀬辰っていいます」
「へぇ。辰くんねぇ。当主様の血族が本格的に参入かぁ。これから苦労すると思うけど、頑張りなよ?」
「はい?」
「おじさん。それはまた後で。じゃ、また来るから」
俺にとっては馴染ない会話だったが、鹿波が機敏に反応し、表情を曇らせながら初めて手を掴み、店を出た。
「お、おい。なんだよ。そんな急ぐことか?」
「………いいだろ。別に」
店舗を出ると、鹿波は俺のスマートフォンを奪う。強引な会話の打ち切りだったが、その行動のあとに、かなりの逡巡が見て取れた。
「どうした?」
「うっさい。いいからちょっと、黙ってろ」
乱暴な物言いだったが、店主との会話を打ち切った数秒後とは思えぬ表情をする。例えるなら、自分の運命を決める左右の選択を迷いに迷い続ける姿をしているような。
逡巡しながらもスマートフォンを起動し、「登録しろ」と命令。偶然にもアカウントを所持していたので同期すると、完了した途端にまた奪われる。
それから俺の了解も得ぬまま無料通信アプリをインストール。手続きのため返され、言われるがままに登録するとまた奪われる。何回かタップを繰り返し、QRコードを読み取られ、数秒後に返却される。
「お婆ちゃんに命じられたから、登録してやったんだ。勘違いするなよな。不用意に連絡したり、スタンプテロなんかやらかしたらブチ殺してやる」
酷い言われ様だ。そんなことを言われるような人間にでも見えているのだろうか。
だが新たなスマートフォンの画面には、新規登録者の覧にひとりのアカウントが追加されていた。
あの凶悪な目付きをする少女とは思えない、ファンシーな鹿のアイコン。「九九利鹿波」と。
祖母に言われたから追加するだけとは思えない。
もしかしたら鹿波は、超絶に不器用なだけで優しい奴なのではないのかと、本格的に思えてきた。
辰が得たスマートフォンはアンドロイドだと思ってくださって結構です。
私はipadを使っている影響で、スマホはiPhoneにしていたのですが、最近になってアンドロイドにしました。最初は使いにくく違和感があったのですが、最近になってやっと慣れました。アプリインストールとか、すぐにできて便利ですね。感心しました。
本文にあるとおり、鹿波はツンデレ気質のある不器用な女の子です。
戦闘シーンまであと少し!
意外なものを採用しました。丁寧な描写を心がけております。
今夜はまだまだ更新します! もし面白いと感じていただければ、ブクマ、評価などよろしくお願いします!