006:まだかなり怖いけど
「そうだ鹿波。明後日が入学式なのだし、明日は時間があるだろう。この町を案内してやってくれ」
「な、なんで私が!?」
「お前のことだ。すでに支度は済んでいるのだろう? それに辰は、今日来たばかりで土地勘があるはずがない。水面だって暇ではないし。お前が適任だ。それともこう言おうかね。渡良瀬家当主の命令だ。………どうだ?」
「………お婆ちゃんが言うなら」
「決まりだ」
鹿波は意外にもすぐに従った。素直にとは言い難い態度ではあったが。
この鹿波という少女は、渡良瀬家の敷地内にある離れに住んでいるという。
元は納屋だった建造物を改造し、住めるようにしたと。ただ元が納屋であったため、ライフラインは最低限で、電気とトイレはあっても水道が最低限のものしかない。ガスなど通っていない。よって風呂は母屋を使っている。電気で沸かす手もあるが、あの高級感のある檜風呂の味を占めれば離れられるものではない。風呂と食事はこうして共にするという仕組みだ。
お陰で俺は死に目に遭うイベントが発生し、命の危機に陥る代わりに一級工芸品かと思えるものを見れた───やめよう。まだ食事中だ。はしたない。
他に考えることといえば、鹿波が明後日に入学式を控えているように、俺にも入学式の準備をする必要がある。東京の高校はとりやめにしたのは知っているが、祖母がそれならばとこの龍ヶ棲町にある学校に入れるよう取り計らってくれた。
龍ヶ棲町は人口が多いわけではないため、小中高一貫校となっている。つまりひとつの校舎を使って、学年を教室でわけている。実にエコロジーというか、田舎っぽいというか。でも学年にひとつの教室が割り振られているのだから、そこはまだマシかもしれない。地域によっては小学生と中学生が各学年をひとつの教室に集めて授業をしているとも聞くし。
「まぁ、明日のことは、明日に考えればいいさ。辰。お前がこれからここでなにをしたいのかも、ゆっくりと決めればいい。けどね、時間は有限だ。無限ではない。すぐに決断を迫られる時もあるだろう。もしそのような状況になったら即決しなさい。なに。難しく考えることはない。むしろなにも考えなくともいい。今はいない、お前のお祖父さんがそうだった。自分の感覚を信じて無意識に行動するのもいいだろう」
「それ、なんだか危険な場面に遭遇する時みたいに聞こえるんだけど」
祖母のアドバイスは、どうしても生き方云々というよりも、なにか命の危機に瀕するようなアクシデントを想定した上での行動理念に捉えられる。
この山野の田舎町で命の危機に瀕するようなアクシデントがある───とは考えにくい。猛獣の出現はあり得るだろうが、この町には龍が生息している。熊や猪など玩具同然に扱えるような超常的生物が。
もし危険想定が龍だとすれば当てはまるが、共存を重んじるであろう祖母がそんなことを軽々しく言うはずがない。
「危険かどうか決めるのもお前さ。鹿波。その時は辰を助けておやり」
「………でも」
「もちろん強要はしない。お前の幸せも考えてのことさ。お勤めばかり考えず、まだ若いのだから、流行を教えてもらうといい。何気ない日常を謳歌するのもお前の仕事だと思いな」
こうして食事を共にするのも並々ならぬ事情があってのこと。多分、俺がここに来る前からこうした関係が続いていたのだろう。口を挟まないではいたが、お勤めとか、何気ない日常とか、気になるワードが出た。いったい鹿波はなにと戦っているのだろうか。
結局、そのことは聞けずに食事は終わった。素晴らしい和食だったのだが、久々に会話をしながらの食事とあっては、あまり味を感じられなかった。
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───ふと、目を開けた。
近くに気配があったからだ。
確か、明け方にも目を覚ましたことを覚えている。外の風景が自室からやっと視認できるくらいの陽光が差した時間帯だ。ガラガラと引き戸を開ける音がしたので目を覚ましたのだ。
だがこれはなんだ。
初日の移動でかなり疲れていたところに、非現実的な光景の連続。祖母まで携わっていた衝撃的な事実。あとはあの鹿波とかいう女の殺意。普段であればまず眠らない時間帯に、特にやることもなく布団の上で暇を持て余していたら寝落ちしていた。
明け方に起きて、またすぐに寝て、今に至る。
「おい」
「んぁ………?」
「起きろ!!」
「おっ!?」
非人道的な扱いを受けたのはつい最近のことだ。例え布団を引っぺがされて三回ほど回転し、畳の上に落下しても然程憤りは感じない。
しかし、怒号に連動して発生する殺意には機敏に反応することができた。
「いつまで寝ているつもり? この寝坊助」
「………えっと」
「遅いから起こしに来た。いいからさっさと降りて。朝ごはんだから」
ジトーとした目で見下ろされる。
赤い髪を幽鬼のように揺らめかせ、不機嫌めいた言動をする女、鹿波がわざわざ起こしに来てくれるとは思いもしなかった。
とはいえ、あの釘バットを出されなかっただけ幸運だ。今回はただ起こしに来てくれただけ。まだ命の危機はない。
それから彼女から、選択済みの着替えを寄越される。投げられはしなかったので、まだ優しさを感じた。
「朝ごはん食べたら、この町を案内するから。早くしないさいよ」
とはいえ辛辣モードは持続中。
鹿波が退室したところで寝巻にしていた浴衣を迅速に脱いで、着替えると部屋を出る。そこに待っていた里子に浴衣を預け、一階の食堂へと向かった。
大宴会場にもなりそうな食堂は、たった三人で使用するため今は襖で間仕切りされている。それでもお手伝いさんが往復できるスペースがあるのでまだ広域があった。
待っていた祖母は朝から上機嫌で、八十代とは思えない顎の力で焼き魚の小骨を咀嚼している。
朝食も和食で、焼き魚をメインとした白米味噌汁葉物納豆と豊富なバリエーション。「成長期の男の子だもの」と里子におかわりを勧められ、白米をおかわりして完食。
祖母は手書きのメモを俺ではなく鹿波に渡す。鹿波は億劫そうにしてたが、律儀に受け取った。封筒もあったので、小さな鞄に突っ込む。
俺たちは昨日とまったく同じ服装だ。これしかない俺とは違い、鹿波は改造した制服を着用している。これで出かけるのであれば目立つのではと怪訝に思うも、町に出てみればそうでもなく、逆に目立ったのは俺だったと知る。
「最初はどこに行くんだ?」
「家電」
「え?」
「メモにそう書いてある。行くよ」
一応、応答はしてくれる。外に出て、町の人間に挨拶されては返してを繰り返していたので浮いてはいないし、浮いている俺を構ってくれるので、根は悪い奴ではないのかもしれない。まだかなり怖いけど。
さて、性懲りもなくまーたフラストレーションが蓄積されそうなキャラ構成となっております。
祖母の神音も、ヒロインの鹿波も、悪いひとではないのです。最初はこんなものだと思います。
祖母の歯切れの悪い回答や、鹿波の不機嫌な理由も、もちろん理由があります。あ、今のところ受け身でしかないメンタルぶっ壊れた主人公の辰もですが。
今作は書けば書くほど深みを増していくような、そんなイメージを目標にしております。
どうか、ヘイトを貯めそうなキャラ以外が皆様に好かれるよう、努力します。
更新は、まだまだ続く!
どうか応援よろしくお願いします!