005:見えてしまった
「………お祖母ちゃん」
「お、おお。済まなかったね。なんとも見苦しいものを見せてしまった」
「あいつ、俺が嫌いなの?」
「うーむ………そうとは決まったわけではないのだが。いや、今はそれを考えるべきではないな。お前は疲れているんだ。今日はもう終わりにして、自室に案内させようね」
飾り気のない率直な質問をすると、祖母はリアクションに困り、大間は薄ら笑いを浮かべた。
それから祖母は、内線を使って誰かを呼び出す。数秒後、パタパタと足音が聞こえた。
「あらぁ! 坊ちゃん!」
書斎に入ったのは年配の女性で、割烹着が似合っていた。
祖母以上に柔和な笑顔。包み込んでくれるような抱擁感。覚えている。この家で、俺をそう呼ぶのは限られていた。
「………里子さん?」
「いやーね。里子さんだなんて。昔みたくおばちゃんって呼んでくれていいのに。それにしてもこーんなに大きくなっちゃって。いつも孫を見てるからこのくらいかなぁって思ってたけど、予想以上だわあ」
渡良瀬家のお手伝いさんとして従事するベテラン。それが里子だ。
会ったのは十年前だけど、顔は忘れていたが口調で思い出せた。
「里子。辰を自室まで案内してやってくれ」
「はい、当主様。承知致しましたわ。では行きましょう、坊ちゃん。こっちですよぉ」
里子は嬉しそうに俺の手を引く。
昔は大きなひとだと思っていたが、所詮は五歳児の視点からすれば誰だって巨人に見える。今となっては俺の方が身長が高くなっていた。
孫というのは誰かは知らない。それとも忘れてしまったか。
里子は二階に上がる。階段でわかるが、一階と二階の境が大きかった。一般の一戸建て出身の俺の観点が間違っているだけか。いや、そうとも限らない。大間だ。最初に俺を威嚇した時は天井にいたから、大間の通り道も兼ねているのか。
「あ、そうだ坊ちゃん。お荷物なのだけどねぇ、やっぱり今日中にっていうのは無理があったのよ。この町には色々と仕掛けがあってねぇ。一般の引っ越し屋さんじゃ入れないの。でも明日、龍たちが持って来てくれるから心配しないでね」
「入れないって?」
「この町に来る時、濃い霧があったでしょう? あのなかに入ると、道に迷ってしまうの。簡単に言えば結界ね。それに真龍穴もあるから、例え結界を突破できたとしても耐性のないひとだと一時間足らずで死んじゃうし」
「え………」
真龍穴という聞きなれないワードが飛び出す。それよりも続きに問題がある。耐性が無いと死ぬって、もはや毒だ。
結界は耐性のない人間を遠ざける役割も兼ねているのか。だから空を飛べる龍がトラックをしてくれると。
「だから坊ちゃん。今日だけは浴衣で寝てねぇ。洗濯物は今日洗って干しておけば明日の朝には乾くから。あ、まだお夕飯まで少しあるし、お風呂に行きましょうか」
里子は俺の部屋にする予定の一室を開けて一望させる。まだ荷物もなにもない十畳ほどの、広い部屋だ。押入れがあるから、そこに布団が収納されている。寝床には困らずに済みそうだ。
そして俺が答える前に連れ出した。それこそ、ヒュンヒュンと機敏な動きで。腕を牽引されているので歩調を合わせなければ転倒する。急なカーブにもなんとか対応した。
やはりこの渡良瀬家は広すぎる。日本の伝統を思わせる屋敷に縁側、広い庭、池、なんだったら隣にある神社へと直通可能な廊下まで備わっている。
目まぐるしく回転する勢いで切り替わる風景に圧され、途中から来た道を忘れてしまうと、やっと里子は停止した。
「ここがお風呂ですよぉ。なんと檜風呂なの! しかも広い! 浴槽なんてふたりで入っても余るくらいよぉ。すごいわよねぇ」
大きな檜風呂とは。日本の伝統を受け継ぎ、大切にしているのは理解できるが、やはり金持ちの所業というのは恐ろしい。
俺が圧倒されていると、上機嫌な里子は風呂場に案内するため扉をスライドされて───
「………あ゛?」
「イッ!?」
「あっ、ごめんねぇ鹿波ちゃん。さっきなにも言わなかったから、あとで入るのかと思ってたわぁ」
風呂には先客がいた。それも超不機嫌そうな。
里子は目を丸くしながら、偶然居合わせた鹿波を凝視する。まるで背後の俺の存在を忘れているかのように。
案の定、鹿波は俺に気付いて急いで色々隠した。でも遅かった。見えてしまった。色々と。
元々着痩せする体型だったのかもしれない。かなり大きいものがそこにあった。
髪を赤く染めているからか、スラっと細い四肢と、白い肌がより強調される。少し屈んだ姿勢だからか、より明確なラインを作った部位もあるわけで。健全な青少年には刺激が強すぎる光景となっていた。
でも感情がぶっ壊れていたせいか、俺のレスポンスが遅れてしまう。ここで目を逸らしておけば、まだまともな処遇だったのかもしれないのに、脳が「視線を逸らせ」と命じるのが遅れたせいで今さら眼球がゆっくりと横に移動した。
「………ぶち殺してやる」
洗濯籠に入れていた制服に手を突っ込み、あの魔法のステッキさながら凶悪釘バットを召喚して迫る。
先程の強襲よりも殺意が強い。しかし羞恥によって顔を赤らめていたせいか、年相応な表情をしていた。涙目にもなっている。それでやっと、鹿波が女なんだなと認識できた。あのガンを飛ばしてきた不良と同一人物とは思えないくらいだ。
「ダメよぉ鹿波ちゃん。それはダメ。今回はおばちゃんがいけなかったの。ごめんね。悪気はなかったのだけど、許せないことよねぇ。そうだわ。今日のおかずを増やしてあげる。それで手を打ってちょうだい」
里子はやっと粗相に気付き、自らが更衣室に入るとドアを閉め、俺と鹿波を遮断する。
「無理。あいつの眼球抉ってやる!」
「困ったわねぇ。おばちゃんのせいで………」
「半分はおばちゃんだけど、もう半分はあいつ。見た? あいつ、私のこと見てもまったく動じなかった なんか、その程度か? って目をしてくれやがって! ブチ殺してやる!」
彼女からすれば、そう感じるような表情をしていたのかもしれない。それは俺も否めない。
でも今さらながら、ぶち壊れた感情がまた少しずつ動いて、やっと羞恥心が込み上げた。
思えば女性ものの下着なんて見るのは初めてだ。それも同年代のなんて。妹は徹底して隠していたし。なんだか顔が熱くなってきた。
結局、騒ぎを聞きつけた祖母が到着し、なんとか宥めたことで俺への罰は恩赦されたのだった。
ただし、鹿波のあとに入浴し、里子に案内されて入った食堂で地獄が待っていた。
「チッ!!」
爆竹でも爆ぜたのかと錯覚するほど、巨大な舌打ちが一発。
大間もなんだか近寄り難い空気を察して離れてしまうほどの殺意が、俺の対面側から生じた。
「いや………これは私のミスだ。辰にも鹿波にも説明せず、ルールすら決めていなかった。悪かったよ。どうか私に免じて許しておくれ」
夕食のために呼ばれ、着席したのは大きなテーブルで、座布団に座ると上座の祖母が頭を下げた。遅れて食事を運ぶ数人のお手伝いさんのなかにいた里子も「ごめんなさい」と謝罪して頭を下げる。
なんだか居た堪れない。これはこれで、東京の時と変わらない。経験上、このようなアクシデントに遭遇してしまった場合の対処法というか、習慣を行うしかない。
「………どこ行くのよ」
大間さながらの吊り上げた目を俺に向ける鹿波。続いて、
「辰。ここで食べな」
祖母にも止められた。
俺は仕方なく、持ち上げていたお盆をテーブルに置いて、食事を共にする。
その間、様々なルールが決められた。
えーと、里子は優しくてどこか抜けているひとで、悪いおばちゃんじゃないとです。
なんかヘイトを溜めそうな発言をしておりましたが、それはルールを決めなかったから辰が覗きをしてしまったからであり、不慮の事故なのです。
早速とばかりにお色気をぶちこんでみました。鹿波は脱ぐとすごい子です。
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今日中に戦闘シーンまでぶち込む予定ですので、多くの応援があればやる気が出ます!
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