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004:お婆ちゃんの孫だろうと

「これもあまり見たことがないのだろうが、後でサインをしておいてくれ」


 母への嫌がらせを二段構えで講じた祖母は、書類のなかから見慣れない紙を取り出す。養子縁組届けと記されていた。


「お前は私が引き取ることにしたよ。あの馬鹿娘は排除し、お前を倅とする。といっても母と思わなくともいいし、呼ばなくともいい。これまでどおりでいいのさ。邦子の非人道的な行為で傷付いたお前を孤独にはさせん。今日からこの町で過ごしなさい。ここが、お前の新たな居場所となることを祈るよ」


「ガキばかりが増えて不愉快だ」


「黙りな」


「あぎぎぎぎぎっ!?」


 余計な一言を添えた大間が、また角を根本から握られて曲げられる。折れるか折れないかの瀬戸際を攻められ、激しく悶えた。


 元を辿れば、母は祖母と険悪な仲だったと今だからわかる。


 血を分けた親子といえど、母は自分の家庭を持って忙しくなり、意見の行き違いがあった───だけならばいいが、俺が初めてここを訪れた際も言い争いをしていた記憶がある。不安に思い物陰から見守っていると、まだ三十代くらいだった水面に外に連れて行かれたのだった。


 それから俺は一度も龍ヶ棲町を訪れていない。代わりに祖母が面会をしに訪れた。あの時は電車や自動車を使ったのかと思ったが、車の気配や、電車の時間を気にする素振りもなかった。


 つまり大間に乗ったのだ。祖母はいつでも「お前のために飛んできたんだよ」が口癖だったが、まさか物理的に飛んできたなどと考えもしなかった。


「この書類にサインをすれば、お前は渡良瀬を名乗ることになる。いや。それだけではないな。お前には私のとっておきをくれてやろうね」


「とっておき?」


「ああ、そうさ。まぁ気に入るかはお前次第として………む?」


 祖母の言葉が途切れる。


 ひっくり返る勢いで悶え苦しんでいた大間も、俺を睨む。


 違う。俺の背後だ。


「………お婆ちゃん。それ、どういう意味?」


「お前」


「ふざけんなよ都会人」


 背後に音もなく立っていたのは、最初にガンを飛ばしたあの女、鹿波だった。


 赤く染めた長髪が逆立って見える。一瞬だが息を呑んだ俺の隙を見逃さず、吐く前に胸を突かれる。一歩下がることで転倒を免れたが、


「おいお前。私の居場所を奪う気か」


「………は?」


 ガンを飛ばされた際もそうだったが、鹿波は背中に手を伸ばす。襟足になにか隠していた。ニュッと掴み取ったそれが、俺の目の前で形を変えるので唖然としてしまう。


 バットだった。木製の。しかし目を見張るポイントといえば、木製バットに打ち付けられた数々の釘。


 釘バットだ。なんとも古典的ではあるが、殺傷力は申し分ない。大間に睨まれたあの殺気と同等の殺意が、俺に照準を合わせられていた。


「大間っ!」


「チッ。これだからガキは御し難い」


 祖母が叫ぶと、大間が俺と鹿波の間に割り込む。振り下ろされた釘バットを、祖母に折られそうになっていた角で受けた。


「おい。調子に乗るなよ小娘。その神器で、儂を仕留められると思っているのか?」


「祓われたいのか? 退けよ。白蛇野郎」


「まったく。彼我の力量の差を理解できぬとは。それとも過信しているだけか? 口の利き方もわからんとは嘆かわしい」


 大間という巨大な龍を前にしても、鹿波は一歩も退かない。


 まだ両者とも本気を出さないとはいえ、このままでは争いとなる。


 が、それは祖母の一言によって停戦する。


「やめな鹿波。夕飯のおかずを減らされたいのかい」


「でも」


「でも、じゃないよ。まったく。お前ときたら余所者と聞いただけでこれだ。まるでアレルギーじゃないか。そろそろ、見境を付けなければね」


 あろうことか、鹿波は食事をネタにされてやっと止まった。釘バットを引くと、大間も引く。


「………お婆ちゃん。こいつに言ったこと、本当なの?」


「それも今朝、話したばかりだろう。血筋など関係ない。それに、そろそろお前への負担が大きくなってきた頃だ。龍がいないのでは、他の協力者が必要となる。………それは辰に選ばせるつもりではいるが、その選択次第ではお前の力となるだろう? なにをそんなに嫌がる必要がある?」


 鹿波の侵入と強襲に驚いたのも確かだが、祖母の接し方も驚く。まるで俺に接する時のようだと。


「この町の外で育った奴のことなんて、どこまで信じられるの?」


 鹿波はそれでも引き下がらず、もう一歩踏み出した。


「もう忘れたの? 先代の利根(とね)のジジィがやらかしたり、渡良瀬に理不尽な要求をしたこと」


「コラ。鹿波や。理不尽な要求の件は忘れてはいないが、我々支流(しりゅう)が、本流に口出しをするなど許されることではない。口を慎みなさい」


「嫌だね。お婆ちゃんがそうでも、私はこの町に害を成す存在を許せない! 特にこいつは………出戻りのくせになんの成果も無しに渡良瀬家に入ろうとした! 私が欲しいものを全部持って行こうとした!」


 鹿波は再び釘バットを軽く構える。


 大間が「やれやれ」と呆れつつも、迎撃のために頭を上げた。


 なにがなんだかわからない。なぜ鹿波という女が、祖母に保護された俺にここまで敵意を剥き出しにするのか。なぜ攻撃されなくてはいけないのか。


 面倒くさい女だ。第一印象だった「ヤベェ奴」から昇格した。


 そもそも、この鹿波はなんなのだろう。


 俺には従姉妹がいない。いたのだけど、今はもういない。


 鹿波は俺と歳が近いだろう。父は妹がいたがすでに死去している。母の兄弟はいない。では、どこから鹿波が来たというのか。もしかして遠縁の親戚なのだろうか。


「安心しな。と今朝もさっきも言ったがね。お前の努力と成果を脅かす男じゃないよ。鹿波よ。今は私を信じておくれ。それでも害になるようであれば、その時は私も考える」


 祖母の説得に鹿波は黙考し、それからしばらくしてやっと釘バットを降ろした。背中に手をやると、釘バットが光って消える。いったいどういう仕組みなのだろう。


「………お婆ちゃんがそう言うなら、今は信じてみる。でも、その時が来たら、まずは私が叩く。お婆ちゃんの孫だろうとね。じゃあね」


 鹿波は最初から最後まで辛辣で、辛うじて祖母の言葉を信じて書斎から去る。


 足音が遠ざかると、大間は俺を一瞥し、無言で祖母の椅子になりに戻った。


「あの小娘も難儀にな。主張は至極当然だが」


 祖母が長い胴に腰掛けると、大間は嘆息しつつ同情していた。先程まで一戦交えるべく対峙した龍とは思えない、慈悲深い目をしていた。


「血筋を重んじるなら、そこの排気ガス臭い小僧が適任なのだろうがな。だが采配を間違えるわけにもいかない。神音や。その事情についてまでは儂は関与できぬぞ。代々、そのような決まりなのでな」


「わかっている。だが、なにもすべてが悪い方へ転がるとも限らない。辰が新風となり、新たな領域を突破するやもしれん。それはおそらく、鹿波にとっても利益のあることなのだが………」


「人間というのは面倒だ。いつ如何なる時代においても。ここでも骨肉の争いにならないよう、祈っておるぞ」


 大間は祖母に肩入れするが、確かな両分を持っていた。それを遵守し、当主を支えているようにも見えた。


さてさて………これがヒロインです。


うーん。なんともヒスっているようにも見えるような。


でも我儘な子じゃないんです。根は良い子………だと思います!


更新はまだまだ終わらない!

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