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003:祖母の報復

「水面さん。今のって………まさか龍ですか?」


「そうだよ。渡良瀬家に代々受け継がれる伝統の象徴………のはずだったんだけど、今の当主様は………その、なんていうか、加減を知らなくてね。いや、それがいけないなんてことはないんだ。家族として接しているわけだし」


 天井裏を這える長いものといえば大蛇か龍しかいない。この場合は龍だ。奥の目的地までそれなりの距離があるだろうし。でもそんな長い龍を引っ張って一悶着とか。当主とやらは俺の祖母で間違いないのだろうが、老婆にそれができるのであれば、もしかして非力な龍なのだろうか。


 困惑していると「じゃ、じゃあ行こうか」と水面が催促する。


 ここに留まっていても仕方ない。俺を殺そうとした龍は祖母が制圧したというならば、一応は安全は確保されたと考えるべきだろう。


 いくつかの角を曲がり、より奥へと進む。やがて突き当たりの行き止まりに入ると、水面は躊躇いなく襖をスライドさせた。


「当主様。お孫さんが到着されましたよ」


「ん。ご苦労。忙しいとこ済まなかったね。礼はまた後日」


「恐縮です。………じゃあ、ごゆっくり。辰くん」


 水面はその部屋に入らず、深々と頭を下げて踵を返して来た道を戻った。


 俺はしばらく立ち止まり、水面の背中を見ていた。


「ふふふ………やはり水面に懐くか。初めて会ったのは十年前だったが、その時も遊んでもらったんだよ。たった五分程度だったがね」


 老婆の声に振り返る。


 そこは書斎だった。広々とした部屋だろうに、ステンレスラックで辺を包囲され、業務用プリンターがどかりと居座っている。ステンレスラックには時代を思わせる古書と現代の文章が並ぶ書類が乱雑に突っ込まれ、混在していた。


 壁には冷暖房が設置され、もう一方には通気口。なんとも風通しがよくて、春の陽気とは無縁の冷えた空気が肌を刺激した。


 そして書斎の中央に作業机。これまたなんとも立派な造りで、俺が横になれそうなほどの広域がある。だがそこにも書類が山積みになっていた。


 で、最後に部屋の隅に転がった椅子。


 書斎の主が腰掛けるものだろうに、無造作に転がっていては椅子の役割を果たせない。かといって、転がっている理由は、主たる祖母が単なるアンティーク扱いをするために放置しているわけではなかった。


「よく来たね。辰。長旅ご苦労だった。………いやぁ、大きくなったね。見違えたよ。実際に空から見るのとではわけが違うね。最後に対面したのは五年も前だったものね」


 祖母は柔和な笑みを浮かべ、書類に走らせていたペンを止めて俺を見ていた。


 もう、突っ込みはしなかった。祖母の発言の違和感を。


 なんて言ったって、初見からすでイカれているとしか思えない。


「………なにを見ている。生意気なガキ、ィィイイイイイッ!? やめ、やめろ神音! 逆鱗が剥がれるぅぅうううう!!」


「黙りな白馬鹿蛇。なんでお前はこう、男や子供には容赦ないのだろうねぇ」


 屈強な龍がデスクの前にいて、老婆の椅子にされていた。


 目が合った途端に威嚇されるが、祖母が顎の下にある逆さに生える鱗を掴むと毟ろうとするので、ビッタンビッタンと暴れて悶えていた。


 心が麻痺して感情が鈍くなっているのはわかるが、衝撃的な光景の連続に驚愕を禁じ得ない。俺のなかで感情がゆっくりとだが、また動き始めたようだ。


「お祖母ちゃん、だよね」


「ああ、そうさ。驚かせてしまったようだ。お前には龍のことなど、一切話していなかったし、生まれて間もなく龍を見れる環境でもなかったし………ま、まぁ。そんな怖がらないでやってくれ。ここいらにいる龍は人間に慣れているのでな。余程の悪事を働かぬ限り、噛まれはしないさ。ほれ、このとおり」


「やめろ神音。髭を抜こうとするでない! あででででっ!? わ、わかった! お前の孫にちょっかいは出さん! 面倒ではあるが龍を裏切らぬ限り見守ってやるから、角まで折ろうとするでな、ぎゃああああああああやめてぇぇええええ!」


 龍の無害さを証明するとはいえ、全長二十メートルほどはありそうな白龍を加虐する祖母は、やはりイカれている。


 これを見て白龍の述べた「龍を裏切る行為」とはなんなのか考えさせられる。人間が龍をいじめ尽くしているというのに、この白龍は祖母の嗜虐を裏切りと考えもしないのだろうか。


「龍って、本当に存在したんだ………」


「そうさ。空想上の生物と呼ばれているが、こうして実在する。日本は古来より龍との交流があったのさ。まぁ、龍のすべてが人間を受け入れるとも限らんし、事実を隠蔽することで恐慌に陥らぬようにしていたんだ。そこいらはB級パニック映画と同じだね。知れば少なくとも多くが犠牲になる。それも双方が」


「死ぬ、の?」


「お前、週末のテレビでやってる映画を見なかったのかい? たまにモンスターパニックものをやってるだろう。ファンタジーやフィクションを謳い、あくまで化け物は空想上の存在だと擦り込ませてきた経緯もあるがね。昔も今も、強欲で利己的な生物である人間を御する必要があったのさ。特に一部の心無い愚か者は、利益があるなら他人が不幸になろうが構わず追求するだろう? 龍の存在を知れば一攫千金を狙って討伐、あるいは捕獲する。だから伝説として語り継いだ方が、人間にとっても龍にとっても都合がよかったのさ………おっと、話しが逸れてしまったね」


 祖母はペンを置くと、今度は表情を歪ませた。


「………見たよ。すべてを」


「え?」


「龍の力を借りてね。………ああ、だがこれは私しか知らないんだ。だからそこは安心するがいい」


「なにを?」


「お前の経緯さ。お前の身に起こった悲劇。その発端。決定的な出来事。そしてあの非情な決断。………我が娘ながら………邦子が、まさかあんなにも愚かしくなっていたとは思わなかった」


「………まさか」


「そう。邦子からお前を寄越すと電話があった日、龍の力を借りて、夢のなかで過去を見せてもらった。でなければ、お前がなぜここに来たのか、なにが起こったのかもわからなかったからね」


 動悸が激しくなる。


 龍とは神秘的な力を有すると、ネットでも雑誌でも語られている。人間には不可能な事象を操っていても不思議ではない。祖母は当主で、町にいた龍より一際巨躯である白龍を従えている。であるならば、人間の記憶を覗く、あるいは過去を遡ることも不可能ではないのかもしれない。


 見られた。俺にとって最大の屈辱を。誰にも見られたくはなかったのに。知られたくなかったのに。


「だが、もう不安に思うことはない」


「え」


「これまでの出来事はすべてお前にとっては不愉快なことだっただろう。しかしだな………私は真実を見極めることができたよ。邦子と、あの下衆な男と、妹とでお前を虐げたこと。口ならいくらでも事実を歪められる。だが論より証拠と言うだろう。私は邦子の口車に乗せられるつもりはない。………辰。お前はなに悪くはない。私はそれだけは知っている」


 息を呑んだ。


 祖母は、これまで誰も発しなかった言葉を述べた。


 俺が欲しくてたまらなかった言葉を。


 肩の荷が降りるような、心が軽くなる感覚。祖母はいとも容易く俺を救おうとしてくれた。


「これからは私がお前の家族になる。分籍届まで出したようだが、すでに報復はしている。あのネズミ畜生以下の娘にも分籍届を送りつけてやった。遺産は一円たりともやるものか。遺言状にも書き記す準備がある。意外だろうが、この町には有能な弁護士もいるのでね。すでに手続きをしているところさ」


 俺は両親になにもするつもりはなかった。そんな余裕がなかったのもある。


 しかし祖母は、そんな俺の代わりに各所に手を回し、味方になってくれた。


 それがどうしようもなく嬉しかった。


胸糞両親に制裁する一歩として、祖母も動き始めましたとさ。


そんなこんなでチョロインっぽくなりつつある辰ですが、これも第一歩となります。


そろそろヒロインも登場させなければなりませんね。


さぁてまだまだ更新します!

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