プロローグ01
最後に家族から愛を受けた日は、いつだっただろう。
人間の男と女が愛を育み、子を産み育て───そんな世界で当然のように行われている営みに、羨望を覚えたのはいつからだっただろう。
俺の記憶にある限り、両親から愛をもらったことなど指の数くらいしかないと思う。
なにがいけなかった? 俺が非行に走ったことがあったか? この小学生から中学生までの生活を、暗黒に染め上げるようなことをしたのか?
違う。一度もない。
両親はただ、たったひとつのことに夢中になり過ぎただけ。
その興味のカテゴリーに俺は入れなかった。
俺は懸命に両親に気に入ってもらえるよう努力した。学業、運動、私生活など。おそらくどの親が見ても模範的な息子だと言われるくらいには。その頃になれば父も母も俺を振り向き、共に並んで言ってくれたはずだ。「私たちの自慢の息子は優秀なんですよ」くらいは。
しかし現実というものは、俺が幼少の頃に抱いた妄想など、簡単に一蹴し嘲笑うかのように遠く離れた結果を突き付ける。
俺が家を出るまで、両親は俺の期待どおりの反応をすることは一度もなかった。
「家族のことを大切にしない卑怯者め! お前のような卑劣な男は家族とは思わない! 二度と俺たちの前に現れてくれるな!」
俺を殴り続けた父は怒号を発する。
「なんてことを………なんてことをしたのっ! あなたなんて、もう息子だなんて思いたくない!」
母は泣いていた。俺に背を向け、たったひとりの少女を抱いて。
「酷いよぉ………痛いよぉ………」
そして、俺の両親から愛を受けた妹は、乱れた服のまま母に抱かれ、泣きながら俺を見ていた。
「違う………」
「なにが違うと言うんだこの馬鹿野郎っ」
「違う! 俺はなにもやってない!」
「黙れ! 誰がどう見てもお前しかいないだろうが!」
俺は初めて父に抵抗した。無罪を訴えたが信じてはもらえなかった。
それからまた殴られ、蹴られ、軟禁。
最低限の食事と水を与えられ、解放された日には追放が決定していた。
中学の卒業式から数日後の事件だった。俺は都内の都立高校に受験して合格したが、あっさりと取りやめとなる。もちろん手続きを行ったのは両親だ。
部屋に戻るとそれらの書き置きが殴り書きされて置かれており、絶望を覚える。スマートフォンを取り出すと、さらなる絶望が待っていた。いったいどこから根回しされたのか、無料通信アプリのメッセージには身に覚えのない罪を糾弾するものばかりが残されていた。
春休みということもあり、既読がついた数分後には俺宛に怒涛の非難がまた押し寄せ、誤解を解く前に退会させられる。数少ない友人たちもブロックされ、俺が入部していた部活のグループも同様の結果となった。
失意のどん底とはこのことだ。
もう、どうでもいい。
自棄になって様々な書類にサインをした。周到に分籍届まで用意していたので愕然とする。すべて書き終えると家を飛び出した。すると目が合った人間が全員、俺を蔑む。誰もが敵と化す。味方などいない。信じてくれるひとはいない。
「助けて………」
走りながら手を伸ばす。
だが、その手を握ってくれる奴などいない。
吐き気を催して、我慢できずに嘔吐した。それでも走り続けた。やがて日が暮れて、闇夜のなかを呆然と歩く。気付けば家の前にいた。
家に入ると、すでに自室は空となっており、俺のいた痕跡すべてが消去されていた。残っているのは一着の着替えのみ。
「おい。犯罪者。今晩だけここで眠ることを許す。だが明日までにここから出ていけ。餞別に交通費くらいはくれてやる。この前も言ったが、もう二度とこの家に戻ってくるな!」
部屋の前で呆然とする俺の後ろには父がいて、空になった部屋に蹴り入れられる。振り返ると五千円札を投げ入れられ、ドアを閉められた。
「お前の籍は抜いておく。もうお前など俺の息子ではない。俺たちの子供はたったひとり。麻里香だけだ どうしてお前はこうなった? 寂しかったからといって、犯罪の区別は付くだろうが! ふざけやがって………届けはすべて明日に出す。これでもう、俺とお前は親子でもなんでもない!」
もうなにも言い返す気力がなかった。空腹感があったがなにも食べられるものがない。
夜明けまで仰臥したまま呆然としていた。やっと気力が尽きて気を失うように睡眠を取ると、昼前に「まだいたのっ!?」と部屋を訪れた母の金切り声が炸裂する。
手足が痺れるように痛むが立ち上がる。着替えを手に取ろうとすると、最後だからと風呂場に連行された。家には父と妹はいなかった。
温かい湯ではなく冷水を浴びせられる。たらい桶で残り湯を掬うと、叩き付けるように顔にぶちまけられた。石鹸は使わせてもらえなかった。「もったいない」かららしい。代わりに食器用洗剤を頭から浴びせられる。酷く傷に滲みた。
汗と汚れは落ちた。最後にシャワーをかけられたから、残り湯の生臭さはない。
ずぶ濡れになった衣服は燃えるゴミの袋に問答無用で突っ込まれ、持ってきた着替えに袖を通す。そしてまた手を引かれ、まだ濡れているにも関わらず家から追放された。
「あの時代遅れの町に行くまで死ぬんじゃないよ。最後くらい私たちに面倒をかけるな!」
元気でね。また会おうね。そんな言葉を期待するだけ無駄だった。
ポケットのなかに入っていた五千円と、プリントアウトされた時刻表を頼りに駅に向かう。いくつもの駅を乗り継いで、俺は東京を出た。
「………いなくなりたい」
東京、埼玉、群馬と順に移動し、最後に桐生駅から出ているわたらせ渓谷鉄道に乗る。本来なら感動するような大自然が展望できる景色のはずが、絶望しかない俺ではなんの感慨もわかなかった。
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「………夢か」
最悪な夢だった。まるで走馬灯。最大の悲劇をまた一から見るなんて。胃がキリキリと引き絞られるような不快感を味わう。
いつの間にか眠ってしまっていたのだろう。けど数分間の睡眠で済んだ。さもなくば下車しなければならない駅を逃していた。
アナウンスを聞いて席から立ち上がる。周囲の乗客はまばらで、出口付近には誰もいない。
この交通系電子マネーが使えない鉄道には歴史がある。そういえば初めてひとりで乗った。桐生駅で切符を買って、東京ではまずお目にかかれない短い車両編成の電車に乗った。
幸いというか、家を追い出された時はなにも持たせてもらえなかったため身軽だった。使っていた交通系電子マネーカードと、交通費と、時刻表だけ。スマートフォンは没収された。我ながらよくここまで来れたものだと感心する。ほぼ無心だったのに、駅構内の乗り換え案内図やらを正確に読み取れ、時刻通りの出発ができたのだから。
温泉センターが併設されている珍しい駅で降りる。今は営業していないらしく、観光客も減ったことから俺と数人の下車。
時刻は夕暮れ。大自然を紅色がグラデーションを作りながら染め上げる、なんとも優雅な光景に、無心だった感情にわずかながら感情の芽生えを感じた。
さて、ここからどうやって移動しよう。スマートフォンは解約するからと、母に取り上げられた。この駅からどう移動すればいいのかわからない。迎えの姿もない。
近くにいるのは、この鉄道で有名になった寺の関係者のような僧のみ。傘を被り、片手を胸の前で立て、錫杖を突いて移動している。
「玖頸辰殿、とお見受けする」
「………はぁ」
「この辺りは熊も出る。熊避けを授けよう。注意しながら進むがよい」
僧は親切に熊避けの鈴を授けてくれた。
けど、これがなんだってのか。
しばらく凝視し、なぜ譲渡してくれるのかを尋ねようとする。
が、
「………いねぇし」
僧は煙のように、音もなく俺の前から姿を消していた。
THE MUNAKUSO!!
初めましての方もそうでない方も、どうもどうも。おっすおっす。
この衝動だけで書き進めてしまう、厨二病の塊にような作品にようこそ!
私にとって初めてとなる、現代ファンタジーです。難しいかなぁと不安になっていましたが、書いているとまぁ筆が進む進む。驚きです。
私は日本刀が好きです。でも同じくらい龍も好き!
てなわけで書いてしまいました。龍! ドラゴン!
あ、まだドラゴンさんたちの出番はありません。
とりあえず主人公の辰くんの両親に爆速でヘイトを蓄積させたところで、田舎町でスローライフっぽくて実はそんなもんじゃなかったストーリーをやっていきます! いつかざまぁができるといいなぁ。
現段階で、もし期待していただけるのであれば、ブクマや☆を抉れるだけ抉ってくださると、作者の励みになります!
とにかくたくさん書き溜めましたので、次のお話も早めにぶち込んでいきます!