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何も知らない子どもたち


 雪花たちを乗せた船が本島らしきところに辿り着いたのは、真夜中だった。

 船乗り場のような設備はなく、広い海岸に船を停めた。


 まだ辺りが暗いうちに、島の中へ逃げ込んでしまおう。

 そう考えた雪花は、眠っていた陽奈梨を起こし、陽奈梨の手を引いて本島へ足を踏み入れた。


 海岸からしばらく歩くと、たくさんの灯りが見えてきた。

 夜なのにやけに明るくて、陽奈梨が「火事じゃないよね?」と不安そうに眉を下げた。


「独自の文化が発展してるのかもしれない。火をより明るく見せる方法とか」

「そっか……。もしかしたら、ろうそくに代わる明かりとかもあるのかな」

「うわあ、それ、便利だなぁ」


 二重島では夜になると、ろうそくに火を灯して生活していたが、これは意外と不便なのだ。

 火を消した後、蝋の始末をしなければいけないし、無駄なくろうそくを使い切るためには一工夫しなければならない。


 村があった。

 家の数がやけに多い。さすが本島といったところだろうか。



 雪花と陽奈梨は、本島のあらゆることに驚きながら歩いた。


 まず道が歩きやすい。

 灰色の何か硬いもので道を整備しているようで、平らな上に踏みしめやすい。

 これならば雨の日でも歩きやすそうだ、と雪花は思った。


 村には空に向かってたくさんの柱のようなものが立っている。

 家の外に柱がある意味は分からないが、柱と柱を繋ぐように細い線のようなものが村中に通っている。


「山と違って木が少ないから、鳥の休む場所を作ってあげてるのかな?」


 陽奈梨の考えに、雪花は納得した。

 線を繋いでいる柱とは別に、細い柱もあった。

 それは不思議なことに、火が灯っているわけでもないのに、光を発している。

 蛍を捕まえて入れているにしては明るすぎるが、火を使っていないなら明るくなる原理が分からない。

 星の欠片でも拾ったのかな、と陽奈梨が冗談を言うので、雪花は笑ってしまった。


 道路には四角い箱がたくさん走っている。

 箱の中に人がいるのを見つけ、陽奈梨が驚きの声を上げた。


「すごい、あれ乗り物なんだよ!」

「えっ移動手段ってこと?」

「うん! だっていろんなところを箱が動いてるでしょ? 全部人が乗ってるもん!」


 二人が見たことのない乗り物にはしゃいでいると、近くの家から大人の男が出てきた。

 雪花の父と同じくらいの年の頃だろうか。

 男は雪花と陽奈梨を見比べて、声をかけてくれる。


「お嬢さんたち、もう夜だよ。おうちに帰りな」


 どうやら雪花のことも女だと思っているらしい。

 苛立つ気持ちを抑え、雪花は陽奈梨を背に隠し、口を開く。


「俺たち、旅をしてるんです。今は寝床になる場所を探してるんですけど、この辺りにいいところはありませんか」


 男は驚いたように目を見開き、男の子だったのか、と雪花をまじまじと見つめる。

 それから、「駅前にビジネスホテルとネットカフェ……それからカプセルホテルもあるよ」と教えてくれた。

 しかし聞き慣れない単語ばかりで、雪花と陽奈梨は顔を見合わせて首を傾げるしかない。

 男は少し考えるそぶりをした後、一度家に戻り、老婆を連れて戻ってきた。


「この人、うちのばあちゃん。君たちの声が外から聞こえて、気になって見て来いって言われたから声をかけにきたんだよ」

「あ…………すみません。夜なのに騒がしかったですよね」

「いいのよぉ。とても楽しそうで、こっちまで元気になれるもの」


 それならどうして、わざわざ声をかけてくれたのだろう。

 雪花が疑問に思っていると、老人は優しい声で語りかけてくる。


「二人はどこかの田舎から出てきたんでしょう? 勝手が分からないみたいだから、心配になってねぇ」

「そう、です……。山しかないような村で育ったので、見るもの全て新しく見えて」

「宿を探しているんでしょ? 今晩はうちに泊まっていきなさい」


 陽奈梨が驚いて「いいんですか?」と目を丸くするのと、男が眉をひそめ「面倒ごとはごめんだよ」と呟くのが、ほとんど同時だった。


「八雲。あんたねぇ、人様が困っていたら手を差し出しなさいっていつも言ってるでしょう」

「でもばあちゃん。この子たち、家出してきたのかもしれないんだぞ」


 ドキッと心臓が大きく音を立てるが、雪花は表情に出さないように気をつけた。

 家出、というには少々生ぬるい。

 二人はもっと大きな規模で、島からの脱出をしてきたからだ。


 老人は「あんたも若い頃はよく家出してたじゃないの」と笑って、雪花と陽奈梨を家に招き入れてくれた。



 男は八雲と名乗った。

 ばあさんだと紹介してくれた女性は、正確には八雲の母らしく、久美子という名前らしい。


 八雲は二十五歳のときに結婚をしたが、嫁を病気で亡くし、今は独り身なのだという。

 年を聞いたら三十五歳だったので、雪花の父よりもずっと若かった。

 八雲が少し老けて見えるのは、疲れ切った表情をしているからかもしれない。


 おそるおそる足を踏み入れた家は、とても立派な作りをしていた。

 家の中のものは見たことがないものばかりだ。

 好奇心旺盛な陽奈梨がうずうずしている。


 雪花は少しでも情報を得ようと、八雲に声をかけた。


「俺の名前は雪花。こんな名前だけど男です。こっちは陽奈梨。幼馴染です」

「雪花と陽奈梨な。山しかない村で育ったって言ってたけど、どの辺りから来たんだ?」

「海の向こうです」


 八雲が感心したように声を上げる。

 それから、不思議そうに首を傾げた。


「じゃあなんで千葉に来たんだ?」


 その言葉に、雪花は少しだけ安堵する。

 どうやらここは本島の千葉県で合っているらしい。

 二重島で教わった知識は、嘘が入り混じっているので、本島に辿り着いても予定と違う場所かもしれない、と不安だったのだ。


「一番近かったから。でも、本当は知り合いに会いに行きたいんです」

「知り合い? どの辺に住んでるの?」


 八雲が身を乗り出して訊いてくるので、雪花はメモしておいた住所と会社名を見せる。


「ずいぶんな大企業だなぁ。それに、住所も都内か」

「なにか地図とかありますか?」

「おう。それなら印刷してやるよ」


 八雲はまた聞きなれない言葉を使った。

 そして薄い板のようなものを八雲がしばらく指で触っていると、部屋の中にあった四角い箱が動き出し、突然紙が吐き出される。


 陽奈梨はびっくりして雪花の背に隠れる。

 雪花も驚いて、警戒態勢のまま固まった。


「ん? どうした? ほれ、家と会社の周辺地図」


 雪花はおそるおそる紙を受け取る。

 陽奈梨が背中側からひょこ、と顔を出し、感嘆の声を上げた。


「わあ……! すごい! この短時間でどうやって描いたんですか!?」

「…………ん?」

「しかも八雲さん、この場所行ったことあるの? なんで近くの店の名前とかまで分かるの?」


 感動して前のめりになる陽奈梨とは対照的に、雪花は八雲への警戒心が高まってしまう。

 もしかしたら嘘の情報を教えようとしているのかもしれない。

 だって、こんなに短時間で、遠く離れた地の地図なんて描けるはずがないのだ。


「待て待て待て、田舎っ子だとは思ってたけど、まさかスマホもネットもプリンターも知らない感じか?」


 慌てた様子の八雲が、呪文のような言葉を口にする。

 すっかり八雲をいい人だと信じ切ってしまったらしい陽奈梨は、きょとんとした顔で首を傾げた。


「八雲。お客さんにごはん作ったから、出してあげて」

「…………ばあちゃん。これは、思ったより厄介なお客さんかもしれねえぞ」


 八雲は困ったような、それでいて楽しそうな顔で笑った。


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