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先代の島姫


 夕方の五時になると、今年の島姫の候補者たちが仮設ステージに登壇した。

 十六歳から二十歳までの女子は全員対象になるが、狭い島なのでみんな顔見知りだ。


 それでも一人ずつ自己紹介をしていくのは、島の慣習だから、としか言いようがない。

 陽奈梨が壇上で前に出て話し始めると、一際大きな声援が上がった。

 かけられた声に一つ一つ丁寧に答えて、頭を下げるので、陽奈梨の誠実さが際立って見える気がした。


「島姫は、二重島の象徴ともなる大事なお役目なので、正直私では力不足かもしれません。それでも私はこの島が大好きなので、少しでもお役に立てたら嬉しいです。よろしくお願いします」


 深く頭を下げた陽奈梨に、拍手が送られる。


 この島の大人たちは、陽奈梨の言葉を聞いて、何を思うのだろう。

 健気な陽奈梨の思いを、どんな気持ちで受け取るのだろうか。


 雪花は周りの大人たちの表情をそっと盗み見たが、みんないつも通りだった。

 誰も彼もが、いつもと変わらず楽しそうに笑っている。

 その事実が雪花の背筋を凍らせた。

 狂った大人たちに、吐き気すら覚えた。


 動揺を悟られてはいけない。

 雪花は汗を拭うふりをして、バレないように深呼吸をする。

 深く息を吸うと、少しだけ心のざわめきも落ち着く気がした。


「みなさんこんにちは! 芽衣子です!」


 明るく元気な声が響いて、雪花は顔を上げる。

 壇上の芽衣子と目が合った。にこり、とかわいらしい笑顔を浮かべて、芽衣子は言葉を続ける。


「私が島姫になったら、次の神慰撫祭まで災害が起きないよう、しっかり祈りをこめて、山神様に舞を捧げたいと思います!」


 だから投票よろしくお願いします、と明るい調子で話す芽衣子にも、拍手が送られる。

 村の老人たちが、芽衣子も元気でいいなぁも言っているのが雪花の耳に届いた。


 その会話は、雪花の古い記憶を掘り起こした。



 先代の島姫に選ばれたのは、雪花にとって姉のような存在の人だった。

 陽奈梨のように、華やかで人目を引くタイプではない。

 芽衣子のように、飛び抜けて愛嬌があるような人でもなかった。

 いつもやわらかい笑顔を浮かべ、さりげなく周りの空気を整えてくれる。そんな人だった。


 麻子姉ちゃん、と雪花は呼んでいた。

 雪花が十四になる年に、麻子は十七歳の誕生日を迎えていたので、三つ年上だったのだろう。

 麻子はいつも率先して雪花の面倒を見てくれた。誰に対しても面倒見がいい性格だった。

 だからだろうか。

 麻子が卒業するまでの間、学校で大きな揉め事が起きた記憶がない。

 たぶんケンカなどになったときは、麻子が優しく仲裁していたのだろう。


 麻子は、雪花にだけでなく、年下みんなに優しい人だった。

 自分もまだ子どもなのに、子どもが好きなんだ、と照れくさそうに笑っていたのを雪花は今でも覚えている。


「雪花くんは、大人になったらどんな人になりたい?」

「…………誰にも言わない?」

「言わないよ。私と雪花くんだけの秘密」


 ふわりと笑って約束してくれたので、雪花は背伸びをして麻子の耳にそっと囁いた。


「陽奈梨を守れるような、かっこいい男になるんだ」


 三歳年下の幼馴染の名前を出すと、麻子は目を丸くした後、嬉しそうに笑った。

 素敵、絶対に守ってあげてね、と応援の言葉をもらい、雪花は大きく頷いた。


 陽奈梨は、親に捨てられた子どもだった。

 狭い村なので、みんなが協力して幼い陽奈梨を育てていた。


 雪花の陽奈梨に対する気持ちは、最初は同情だったのかもしれない。

 お父さんとお母さんがいないから、陽奈梨には特別優しくしてあげなくちゃ。

 幼い頃はそんな気持ちもあったような気がする。


 しかし、雪花が優しくすると、陽奈梨は幸せそうに笑うから。

 眩しいくらいの笑顔を、太陽みたいだ、と気づいたときには、きっと恋に落ちていたのだ。


 麻子は「いいねぇ、青春だねぇ」などと笑っている。

 十七歳の青春真っ盛りの女子が何を言っているんだ、とすでにひねくれた性格をしていた雪花は、心の中で呟いた。

 

「私はね、学校に入る前の……まだちっちゃい子どものお世話ができるような、そんな仕事を作りたい」

「それってお父さんとかお母さんがやることじゃないの?」

「うん。でも、陽奈梨ちゃんみたいなパターンもあるし、村の大人はみんな忙しいでしょ?」


 子育ての手はいくつあってもいいと思うんだ、と麻子は笑う。

 新しい仕事を作る、なんて無謀かもしれないし、笑われちゃうから二人だけの秘密だよ、と麻子は言った。

 雪花も秘密を明かしたばかりだったので、秘密を守る、と約束をした。


「だから、私はこの島に残るんだ。十八歳になって、成人の儀を受けてもこの島は出ない」

「本島でそういう仕事をしたい、とは思わないの?」

「うん。だって私、この島が好きだから」


 おばあちゃんになっても、この島で子どもの面倒を見続けるんだ、と麻子は夢を語った。



 五年前、神慰撫祭で島姫の投票が行われたとき、雪花は迷わず麻子に票を入れた。

 島を代表して山神様に舞を捧げる役ならば、誰よりも島を愛している麻子が相応しいと思ったからだ。

 陽奈梨は誰に投票するか迷っているようだった。


「誰がいいか決まってないなら、一緒に麻子姉ちゃんに投票して、びっくりさせようよ」

「麻子ちゃん、投票されたら喜ぶかなぁ?」

「喜ぶに決まってるよ。だって島の代表じゃん」


 陽奈梨は麻子に投票した。

 雪花の後押しが決め手だったようだ。


 投票所にいた老人たちが、今年は迷うなぁ、と会話をしているのが聞こえて、雪花はそちらを盗み見た。

 麻子の同級生に、少しふくよかで笑顔がかわいらしい『みどりちゃん』という人がいる。

 彼女と麻子のどちらに投票するか迷っているようだった。


「見た目がかわいいのはみどりかねぇ」

「でも島姫にふさわしいのは麻子じゃないかい」


 麻子がふさわしいと発言したのは村長だったので、雪花は嬉しくなった。


 二重島が好きだから、おばあちゃんになってもこの島にいたい。

 その言葉を知っているのは雪花だけだが、麻子の島を思う気持ちは村長にも伝わっている。

 そう思ったからだ。


 麻子は島姫に選ばれた。

 票数は二票差だったらしいので、雪花と陽奈梨の票が、ちょうど麻子を島姫に押し上げたのだ、と思うと誇らしかった。


 麻子本人は戸惑っているようだった。 

 自分が島姫に選ばれるなんて、考えてもいなかったのだろう。

 後で「俺と陽奈梨も麻子姉ちゃんに入れたんだ」とネタばらしをしてやろう、と雪花は考えてもいた。

 麻子は喜んでくれるだろうか。それとも驚くだろうか。


 話をするのが楽しみだな、と思っていたのに、雪花が麻子の姿を見たのは、ステージ上が最後になってしまった。


 麻子は島姫としてのお役目である、山神様への祈りの舞を捧げた後、島を出たのだと聞かされた。

 朝一番の便で、本島に向かったらしいよ、という雪花の両親の言葉に、雪花は思わず声を上げた。


「そんなわけない! 麻子姉ちゃんは本島なんて興味ないはずだよ!」

「麻子ちゃん、本島でお勉強がしたかったんだって」

「嘘だ! だって麻子姉ちゃんは……!」


 言いかけた言葉を、雪花は飲み込んだ。

 あの日、麻子が語ってくれた夢を知っているのは、雪花だけなのだ。

 二人だけの秘密。

 たとえ自分の両親であっても、秘密を口にするのは憚られた。


 雪花は信じられなくて何度も麻子の家を訪ねた。

 麻子の両親は、娘が島を出てしまったことを悲しんでいて、雪花のことはろくに相手にしてくれなかった。



 麻子が島姫になり、島を出てから五年が経つ。

 雪花は五年前、自分が麻子に投票してしまったこと。そして、陽奈梨にも麻子へ票を入れるように提案したことを、今でも後悔している。


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