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芽衣子と千夏


 祭の屋台を全て制覇する勢いで、陽奈梨ははしゃいでいた。

 そのほっそりとした身体のどこに入るのか、と雪花が不思議に思ってしまうくらい、食べ物を頬張っていく。

 陽奈梨はどんなものでもおいしそうに食べるので、見ている雪花まで幸せな気持ちになる。

 張り詰めていた雪花の気持ちも少しだけ和らいだ。


 わたあめの屋台でふわふわの白い雲のような綿菓子が出来上がるのを待っていると、ふいに背後から声をかけられた。


「雪くん! 探したんだよ」


 振り向くと、二つ年下の芽衣子が立っていた。

 淡いピンクの浴衣を身にまとい、黒髪をツインテールにしている。

 陽奈梨よりも一つ年上のはずだが、芽衣子の方が幼い印象を受けるのは、髪型のせいだろうか。

 雪花よりも十五センチは低いであろう小柄な体躯も、少し幼く見える要因かもしれない。


「探してたって、何かあったの?」


 雪花が問いかけると、芽衣子は不満気に口をとがらせる。


「一緒にお祭回ろうって誘ったじゃん!」

「何回も断っただろ」

「断られた回数より多く誘ってるもん!」


 芽衣子はいつもこうだ。

 事あるごとに雪花をデートに誘ってくるのだ。

 芽衣子はかわいらしい容姿をしていると思うし、ややあざとく感じる仕草や口調も、男受けはかなりいい。

 同年代の男に人気のある陽奈梨とは違い、芽衣子は少し年上の男性からモテるらしい。


 それでも幼い頃から雪花の視線の先にいるのは、陽奈梨だけだ。

 血は繋がっていないが、芽衣子はかわいい妹、といったところだろうか。

 

「謎理論やめろって。芽衣子なら引く手数多だろ」

「やだ! 雪くんがいいの!」


 浴衣が着崩れしてしまいそうなくらい、ぐい、と強く腕を引っ張られる。

 芽衣子の強引さにため息をこぼしそうになるのをぐっと堪えていると、わたあめを手にした陽奈梨が雪花の方を振り返った。


「雪花くん、芽衣子ちゃんと回る? 私、一人でも大丈夫だよ」


 少しだけ眉尻を下げて、困ったような表情で陽奈梨が笑う。

 陽奈梨にはいつも太陽みたいな笑顔を浮かべていてほしいのに、表情を曇らせてしまったことが情けない。



 陽奈梨が遠慮していることもあり、芽衣子は一向に引く気配がなかった。

 雪花はついにため息をこぼし、陽奈梨に「わたあめ食べながらちょっと待ってて」と声をかける。


 そして芽衣子の腕を掴み、屋台の並ぶ道から少し外れたところで立ち止まった。

 陽奈梨から少し距離を取ったので、会話が聞こえてしまうことはないだろう。


「芽衣子、何度も言ってるけどさ」

「雪くんは陽奈梨が好きなんでしょ。知ってるよ」


 泣き出しそうな顔で、芽衣子が呟く。


 芽衣子には、幼い頃から何度も告白をされている。

 誇れるものなど何もない雪花のことを、好きになってくれることは嬉しい。

 コンプレックスである中性的な顔立ちも、男にしては低めな身長も、芽衣子は気にならないよ、と言ってくれた。

 容姿ではなく、見かけによらず男らしいところが好きなんだよ、と芽衣子が告白のときに言ってくれたことを、雪花は今でも覚えている。


 芽衣子の気持ちが嬉しいのは本当だ。

 それでも、どうしたって雪花の視線は陽奈梨に向いてしまう。

 理屈ではなく、陽奈梨のことが好きなのだ。


「どうしたら雪くんは、私のことを見てくれるの?」

「どうしたら、って言われても……」


 芽衣子はかわいいけれど、やはり恋愛対象にはなりようがないのだ。

 でも、芽衣子が島姫に選ばれるようなことがあれば、そのときは陽奈梨よりも芽衣子を優先せざるをえないだろう。


 そんな考えが頭をよぎったが、雪花は言葉にはしなかった。

 しかし、芽衣子はめざとく雪花の表情の変化に気がついた。


「雪くん、何かあるんでしょ? 私のことを見てくれる可能性。ないわけじゃないんだよね?」


 言葉に詰まる雪花に、芽衣子は問い詰めるような口調で訊ねる。


「お願い、教えて。どんなに無茶でもいいの。少しでも雪くんに見てもらえる可能性があるなら、私、それに縋りたい」


 芽衣子は年の近い陽奈梨のことをライバル視している。

 その原因の一つは、きっと雪花にあるのだろう。

 今年の島姫は陽奈梨になるだろう、という島民たちの噂は、芽衣子の耳にも入っているに違いない。

 だからこそ、雪花が自分の考えを口にしてしまえば、芽衣子の陽奈梨に対する対抗心がさらに煽られてしまうような気がした。


 それでも、雪花は言葉を紡いでいた。

 どうにかして好きな人の意識の内に入りたい、という気持ちは、雪花にも痛いほど分かってしまったからだ。


「……芽衣子が、島姫になったら」

「え? 島姫?」

「うん。そしたら、俺は芽衣子のことを、放っておけなくなると思う」


 その言葉だけを聞くと、まるで雪花が島姫に選ばれる人を好きになる、という意味みたいだ。


 芽衣子が島姫に選ばれたとしても、雪花が芽衣子を恋愛的な意味で好きになることはない。

 それは、確信を持って言える。


 でも、島姫に選ばれたのが芽衣子ならば、計画を大幅に変更して、芽衣子を優先しなければならない。

 そのこともまた、確かな事実だった。


「陽奈梨に勝てる自信なんてない……。きっと、みんな陽奈梨に投票するもん」

「…………そうかな」

「うん。分かってる。でも私、頑張るよ」


 雪くんに見てもらいたいから、頑張る。

 幼い顔に、やけに大人びた表情を浮かべて、芽衣子が笑った。



 雪花が屋台のある通りへ戻ると、陽奈梨は見知った男子に絡まれていた。


「陽奈梨、浴衣いいじゃん。すごくかわいい」

「本当? ありがとう!」

「雪花のこと待ってんの? いいじゃん、あいつなんて放っておいて、俺と屋台回ろうよ」


 そう言って軽々しく陽奈梨の手に触れるのは、雪花と同い年の男、千夏だった。

 千夏は陽奈梨に一度告白をして振られているらしいが、今も変わらずアプローチを続けている。


 陽奈梨がモテるのはいつものことだ。

 周りに人が引き寄せられるのも仕方がないと思う。

 でも、千夏の手が陽奈梨に触れていることは、雪花にはひどく腹立たしく感じた。


「千夏、離せよ」

「お、雪チャンのお帰り?」

「その呼び方やめろって言ってんだろ」


 苛立ちをさらに煽るような発言に、雪花は千夏を睨みつける。

 千夏が雪花のことを、女みたいな名前だとバカにしてくるのはいつものことだ。

 それなのに、千夏が陽奈梨に触れている、というだけでいつも以上に腹立たしく感じた。


 千夏の手から無理矢理陽奈梨を引き離す。

 陽奈梨は驚いたように目を丸くした後、恥ずかしそうな表情で俯いた。


「出たよ、雪チャンの彼氏面。いつから陽奈梨の彼氏になったわけ?」

「なってなくても、俺は陽奈梨を守るって決めてんだよ」


 島からも、陽奈梨に寄り付く害虫のような男たちからも。

 そんなことは島民の前で言えるはずもないが、島の真実を知ったときから、雪花は覚悟を決めているのだ。


 自分よりも背の高い千夏をしばらく睨みつけていると、先に折れたのは千夏の方だった。


「はいはい、分かったよ。俺が引けばいいんでしょ、この頑固者」

「うるせえ。お前は『たぴおか』の屋台でも手伝ってろ」


 雪花の捨て台詞は無視をして、千夏はその場を離れていった。

 進行方向に千夏の両親が出している『たぴおか』の屋台があるので、もしかしたら本当に手伝いに行ったのかもしれない。

 雪花に対しては当たりが強いが、千夏は意外と親想いの優しい性格なのだ。


 ふいに浴衣の袖を引かれ、雪花は振り返る。

 陽奈梨がほんのりと赤く染まった頰で、雪花のことを見つめていた。


「ありがとね、雪花くん」

「いや、お礼を言われるようなことはしてないよ」


 雪花が勝手に嫉妬をして、自分の都合で千夏を追い払っただけだ。

 そこでふと気がついて、雪花はおそるおそる陽奈梨に訊ねる。


「やべ、陽奈梨の意見聞かずに追い払っちゃったけど、もしかして千夏と祭回りたかった?」


 うん、と頷かれたら、きっと雪花はショックを受けていただろう。

 しかし陽奈梨はいつもの眩しい笑顔で、雪花くんがいい! と言ってくれるのだった。

 それから陽奈梨はハッとしたように、きらきらした表情を少し曇らせる。


「雪花くん、芽衣子ちゃんはいいの……?」

「ん、大丈夫。島姫になりたいから村の中回ってアピールしてくるんだってさ」

「えっ! そうなんだ……」


 陽奈梨は整った顔に不安の色をにじませる。

 同じ女子の目線から見ても、芽衣子はかわいく思えるのだろう。

 確かに芽衣子はライバルにしたくないタイプかもしれないな、と雪花は心の中で呟いた。


 雪花としては、陽奈梨に島姫になんてなってほしくない、と思っている。

 でも陽奈梨の夢を壊すような発言はしたくない。

 陽奈梨にとっては、島姫に選ばれて、本島で両親を探すのが目標なのだから。

 それに、彼女が島姫になることは、雪花の計画に織り込まれているのだ。


「…………島姫とかは正直どうでもいいんだけどさ」

「ん?」

「でも、陽奈梨が島姫になりたいなら、俺は陽奈梨を応援するよ」


 雪花の言葉に、陽奈梨は驚いたように目をまたたかせる。

 それから、やわらかい声で「ありがとう」と呟き、微笑んだ。


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