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その後


 二重島が日本の一部として認められるのに、一年の時間がかかった。

 しかしその間にも二重島の調査は進められ、島民への補助も広まった。


 二重島を日本の一部と認めるよりも先に、島民たちはみんな本島への移動を勧められた。

 老人たちは最後まで二重島を守るのだと粘っていたが、歴代島姫の遺骨が掘り返されてからは何も言わなくなった。


 間違った教育がなされていた住民たちは、無償で学校に通う権利を与えられた。

 日本史や英語、他にも電化製品の使い方や、インターネットについての勉強。

 本島で暮らすには、覚えなければならないことが山ほどある。


 与えられたのは、教育を受ける権利だけではない。

 島民たちは全員健康診断を受けさせてもらい、病気の有無を確認された。

 病気が認められた者は無償で治療を受けさせてもらえる、という驚くほどの好待遇だった。


 村長の家に監禁され、歩くこともままならない状態だった陽奈梨の父も、無事に保護されたのだと雪花は聞いた。

 栄養失調に筋力低下など症状は深刻で、社会復帰するには長い期間の入院とリハビリが必要になるそうだ。

 それでも陽奈梨は嬉しそうだった。

 お花を持ってお父さんに会いに行くの、と眩しい笑顔で語っていた。


 家族関係などの詳しい調査を経て、苗字と戸籍も与えられた。

 ついに二重島の住民も、日本国民として認められたのだ。


 最初に雪花がしたことは、陽奈梨を連れて警察に相談に行くことだった。

 島姫として追われていたことは、二重島内部の話なのですでに相談済みだった。

 実際に山神様に少女を捧げる、と躍起になっていた老人たちも、借りてきた猫のように今では大人しく本島の家に閉じこもっている。

 島姫として陽奈梨が狙われることは、おそらくもうないだろう、と雪花は考えていた。


 警察に相談したのは冴島のことだ。

 戸籍がないことを盾にゆすってきたことや、イベントの最中に誘拐されたこと。

 そして陽奈梨が冴島の自宅に監禁されていたこと。

 当時の動画と住所のメモ、八雲の取材映像データなどを警察に渡し、捜査を依頼した。

 冴島を逮捕できるかは分からない。

 それでも捜査のプロである警察に協力を仰げるようになったことは、雪花と陽奈梨に安心をもたらしてくれた。



 その日は雲ひとつない青空に、眩い太陽が輝く、ライブ日和だった。


「みんなーっ! 今日は、最後の最後の最後までっ全力で楽しんでいってねーっ!」


 マイク越しに響くヒナの声に、会場が揺れそうなくらい観客席が湧く。

 次はユキが声を張る番だ。


「今日は来てくれてありがとーっ! 今日は全部の曲やるからね、みんな着いてきてね!」


 アイドルを始めたばかりの頃は、いつ女装がバレてしまうのかとヒヤヒヤしていた。

 しかし今ではウィッグを被れば簡単に気持ちが切り替えられる。

 雪花は、ユキになるのだ。


 本島に来て、アイドル活動を始めて七年。

 社長に提示された五年という期限よりは長いが、アイドルとしての活動期間は短い方だろう。


 でも二人は今日のライブをもって、引退する。

 アイドル活動だけではない、芸能界を引退するのだ。


 芸能の仕事をたくさん経験し、ユキは女装したままやる仕事に限界を感じている。

 だからといって、実は男でした、と告白し、好きになってくれたファンをがっかりさせるような真似はしたくない。

 どうせなら最後までユキとして、アイドルの女の子としてステージに立っていたいと思ったのだ。


 ヒナは残ってもいいんだよ、とユキは言ったが、ヒナは頷かなかった。

 ユキと共にヒナのアイドル人生に幕を下ろすのだ、と語る陽奈梨は、どこか晴れやかな顔をしていた。


 二重島の告発をしたアイドルとして、二人は知名度を上げた。

 最初のうちは、興味本位で見に来てくれる人がたくさんいた。

 しかし、本物のアイドルを見てきた本島の人たちにとって、ユキとヒナのパフォーマンスは物足りなかったようだ。

 簡単に言ってしまえば、実力不足である。


 目に見えて減っていくサイリウムに、雪花の心はすり減っていった。

 でも陽奈梨は、絶対にめげなかった。

 どんなに観客が少なくても、「あんなに来てくれてる! 頑張ろうね!」と楽しそうに笑った。


 地道に努力を重ねていると、少しずつファンが増えていく。

 応援してもらえるのが嬉しくてもっと頑張ると、またサイリウムの数が増えた。

 両手で数えられるくらいまで減っていたサイリウムも、気づけばまた客席を埋め尽くすほどの数になっていた。


 人気が出てきた、と分かるようになってから、陽奈梨に聞いたことがある。


『ファンの人がすごく少なかった時期、辛くなかった? 陽奈梨はいつも楽しそうにしてたけど』


 雪花の言葉に、陽奈梨は目をまたたかせ、それから照れくさそうに笑った。


『私、お父さんとお母さんがいなかったから。周りに愛してくれる人も応援してくれる人もいなかったの。だから、応援してくれる人が一人でもいてくれたら、それだけで嬉しいのかもしれない』


 陽奈梨の言葉は雪花にとって衝撃だった。

 いつも明るくて楽しそうに笑っている陽奈梨。

 太陽みたいな笑顔で人を惹きつけて、虜にする。

 誰からも愛される女の子。

 雪花はそう思っていたのに、陽奈梨は苦しんでいたのかもしれない。

 誰にも愛されない、必要とされない存在だ、と。


『だから私、成り行きだったけど、アイドルになってよかったって思ってるんだ!』


 たくさん応援してもらえて、たくさん好きって言ってもらえて、幸せ!

 そう言って笑う陽奈梨は、一片の曇りもないきらきらした笑顔を浮かべていた。



 デビュー曲からラストシングルまで、全ての曲を披露した。

 ユキのソロ曲では会場が水色に染まり、空を見ているよりも綺麗に思えた。

 ヒナのソロのときにはオレンジ一色に変わり、眩しいくらいだった。

 それでもやっぱり、幾千のサイリウムよりも、ステージに立つ陽奈梨の笑顔の方がきらきらと輝いていた。


 ライブが終わる頃には疲れ果てていて、汗もたくさんかいているはずなのに、それでもヒナは不思議とかわいかった。

 終わりが近づいて、惜しむ声が客席から上がる。

 泣いているファンの人もたくさん見えて、ユキの涙腺も緩んでしまう。


「じゃあ最後に一言ずつ。ヒナから!」

「はーい! 今日はね、七年間のアイドルとしての集大成を見せられていたらいいなーと思うんだけど、どうだったかな?」


 うおおお! と会場が揺れるほどの声が上がる。

 最高だったよ、という声も聞こえてきて、ヒナがいつもの笑みを見せる。


「私ねー、この仕事すっごく楽しかった! 本当はずっと続けたいくらい大好き!」


 続けてよー! という野太い声が上がる。

 よく通るその声には、聞き覚えがある。

 かなり初期の頃からヒナを応援してくれている男の人だ。

 ヒナは大勢いるファンの中からその人を見つけたらしく、笑顔で手を振る。


「でも私はユキちゃんと二人でしか、アイドルはやりたくないの。それくらいユキちゃんが大切で、特別だから! 他のお仕事も考えたけど、芸能活動をするなら私はアイドルがいい! だから、今日ですぱっと引退します!」


 たくさんの応援ありがとうございました! とマイクを通さない生の声を会場に響かせ、ヒナは深く頭を下げた。

 それから顔を上げたときには目が潤んでいたけれど、いつも通りの口調でユキにバトンを渡す。


「じゃあユキちゃん。ファンのみなさんに一言お願いします!」


 ユキは前に歩み出て、ステージから客席を見渡す。

 関係者席には雪花の両親、陽奈梨の父、そして二重島にいた頃からの付き合いである、千夏や芽衣子の顔も見えた。

 最初は女装なんて、と心配されたし、千夏には散々笑われた。

 しかしユキが割り切って仕事をしているからか、いつのまにかみんな応援してくれるようになっていた。

 

 ファンの人たちもそうだ。


 どんどんダンスが上手くなってて応援したくなる。

 ユキちゃんみたいになりたくて髪型を真似したんだよ。

 低い声がコンプレックスだったけど、ユキの声が低くてすごくきれいだから救われた。


 そんな風にたくさん応援の声をもらい、ユキは活動することができた。

 二重島が日本として認められてからは、目的もなくなり、契約だからという理由で続けていたアイドル。

 それがいつしか、楽しいと思えるようになっていた。


「…………私は、たぶんアイドルには向いてませんでした。いつも自分のことに精一杯で、みんなを笑顔にしたい、って思う余裕がないときもありました」


 会場内のサイリウムが、水色に変わっていく。

 泣き出しそうなユキを励ますために、目に見える形で応援してくれているのが伝わってくる。


「でも、向いてなかったかもしれないけど、たくさんの人に応援してもらえて、私もアイドルをやってていいんだ、と何度も励まされました」


 声が震えてしまう。

 ユキが泣きそうなのを察して、ヒナがぱたぱたと駆け寄ってくる。

 泣かないでー、と笑うヒナも、その目に大粒の涙が光っていた。


「ヒナありがとう。ヒナがいてくれたから、七年間走り続けられました。そしてファンのみなさん! みなさんのおかげで、たくさんの楽しいと嬉しいを経験できました。本当に、ありがとうございました!」


 ユキが頭を下げると、ヒナが拍手をしてくれる。

 客席からも拍手が贈られ、いつまでも鳴り止まなかった。


 その日、ユキとヒナは芸能界を引退した。


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