オレンジと水色
午後七時からの動画では、八雲が取材した二重島の映像を流した。
そして新たに取材し、急いで編集したという冴島へのインタビュー動画も併せて放送した。
さすがに冴島は顔を隠され、ボイスチェンジャーで声を変えられている。
身元を隠された状態でも、冴島は否定を続けていた。
しかし『あの日、避難用の救助袋があの家から降ろされていたんですよ。でも消防車は来ないから、何かあったのかって心配してたんですよ』という近隣住民の声も動画に収められている。
本人は認めていなくても、状況証拠は揃っている、というところだろうか。
雪花と陽奈梨が二重島について口頭で訴えた一つ目の動画の時点では、まだ二重島の存在を疑う声も多かった。
しかし二本目。
八雲が実際に二重島へ赴き、船の中から島民と会話するところ。
そして、島民である千夏が撮影した、二重島の暮らしや文化レベルを見て、視聴者の意見は大きく変わった。
えっこれ本当に日本? いや、日本地図に載ってないのか。え、やばくない?
明かりが電気じゃなくて火を灯してるの、驚きすぎて二度見した。
普通に暮らしてるように見えるけど、電化製品ゼロだ……。
田舎というより別世界みたい。
これだけ古臭い島だと確かに変な掟とか慣習とかありそうだな。
この山に女の子埋まってるんだよね……? こわすぎる。
年寄りの方が冷たいね。排他的な感じ。
ガチなやつじゃん。ちゃんと調べた方がいいよ。
日本地図に載ってない島か。よく今まで隠し通せたね。
たくさんの意見が並ぶコメント欄。
比例するように、動画を宣伝したSNSにも多くのコメントが寄せられた。
雪花と陽奈梨の願いを聞いた視聴者は、同時に拡散もしてくれているようで、動画視聴回数も驚くほどの勢いで増えていった。
インターネットニュースでも、二重島のことが多く取り上げられている。
一つ記事が上がると、競争するように目を引く見出しの記事が次々と現れた。
SNSでも二重島、戸籍、ヒナ、ユキなどのワードがトレンド入りし、たくさんの意見が飛び交っていた。
ソレイユプロダクションには、ユキとヒナへの取材依頼が殺到しているらしい。
雪花は、今後の方針については事務所側の意向に従うことを告げた。
最初に陽奈梨が考えた『有名になって二重島の真実を白日の下に晒す』という案は成功したのだ。
多くの人が動画を視聴し、拡散してくれて、ニュースとして取り上げてもらっている。
しかしこの後、本当に国や政府が動いてくれるのかは分からない。
もどかしい気持ちで、雪花たちは待つことしかできなかった。
翌日、日曜日の朝からテレビ番組は二重島の話題でもちきりだった。
本当に地図に載っていない島が存在するのか、という触れやすい話から、生贄を捧げる慣習なんてあっていいのか、というかなり深掘りした話まで、幅広く取り上げられている。
雪花は事務所に赴き、陽奈梨と一緒にニュース番組を見ていた。
合間に何本か取材も受け答えし、そのたびに陽奈梨は熱心に訴えかけた。
「お願いします……! 二重島に生まれた人たちにも、生きる権利をください…………!」
取材の前後で、インタビュアーやカメラマンの態度はがらりと変わった。
世間の注目を集める話題の種を持った、名前も知らないアイドル。
きっと最初はその程度の印象でしかなかったのだろう。
しかし、取材を終える頃には、彼らは『ヒナ』を知ってしまっていた。
真剣に応援したくなる、まっすぐな瞳の女の子。
叶うといいね、と伝えたときに向けられる、太陽のように眩しい笑顔。
きっとこの人たちは陽奈梨のファンになるだろうな、と思いながら雪花は取材スタッフたちを眺めていた。
午前中に受けた取材も、夕方になるとニュース番組で放送されている。
あまりに仕事が早くて驚いてしまったが、堺が笑いながら説明してくれた。
「テレビ局や新聞社、雑誌も、みんな競争社会の中で成り立っているから、情報を出すのが遅れる、なんてことはあってはならないんだよ」
「そっか……、遅れたら選んでもらえない。その分売り上げが落ちるんですね」
「そうだね。…………それにしてもすごいね、本当に政府が動くかもしれないよ」
堺の言葉に、陽奈梨が身を乗り出す。
大きな目は希望に満ち溢れていた。
「政府が動くって、二重島を日本の一部として認めてもらえるってことですか!?」
「うーん。そう簡単な話ではないと思うけど、これだけ騒ぎになってれば、何かしら公式の発表があるんじゃないかな」
雪花と陽奈梨は顔を見合わせた。
きっとうまくいく。
そんな希望の光が二人の胸に差し込んだ。
動画を公開してから三日が経った。
今もニュース番組では二重島について取り上げられていて、取材に向かっている、というテレビ局も多いらしい。
しかし、国としての発表は何もなかった。
日本地図に載っていない島がある。
島民たちには戸籍もなければ、まともな文化水準すらもない。
人を殺して山に埋めるという、古き忌まわしい文化が残っていることまで公表したというのに。
二重島が日本の一部として認められていない以上、人が殺されていても関係ないということなのだろうか。
政治家たちが何も発言しないことに、雪花は不安を覚え始めていた。
取材を受け、自分たちでも動画の配信をし、また取材を受ける。
そんな繰り返しの中、雪花はすっかり疲れていた。
体力面での疲労よりも、心がすり減っている気がした。
希望が見えた、と思って期待をしてしまったのだ。
それなのに結局何も変わっていない。
陽奈梨の身の安全も、確保できていないままだ。
どうにかして状況を変えたい、と雪花は思う。
しかし次の一手が思い浮かばない。
二重島の真実については、すでに公表済み。
想像以上に多くの人たちが、情報を拡散し、コメントをしてくれている。
ニュースでも取り上げられ、世間でも話題にはなっているはずなのだ。
それなのに、どうして国は動かないのだろう。
もしこのまま何も動きがなかったら、と考え、雪花は背筋がゾッとするのを感じた。
二重島にもたくさん取材が行くだろう。
面白がって観光に行く者もいるかもしれない。
島の老人たちが、そんな状況を許すはずがない。
二重島の存在と秘密を告発した雪花たちを恨み、殺しにくるかもしれない。
誰かに話せば、そんな大袈裟な、と笑われるだろう。
しかし雪花は知っている。
二重島に住む老人たちが、人を殺すことに躊躇いなどないことを。
最悪を想定して、気持ちの落ち込んでしまった雪花に、陽奈梨が横から呼びかけた。
「ねぇ、雪花くん。見て、すっごくきれい」
きゅっと袖を握り、陽奈梨がうっとりした声で呟く。
今は何を見ても綺麗だとは思えない気がする。
そんな気持ちで顔を上げた雪花は、息を飲んだ。
それは、テレビの生中継の映像だった。
『こちら、国会議事堂前です。昨日よりさらに多くの人が集まっているのをご覧いただけるでしょうか。話を伺ったところ、二重島の解放、二重島を日本の国土として認めて欲しい、ヒナとユキに戸籍を与えてあげて欲しい、そんな声が多く聞こえてきます』
国会議事堂を外から映すカメラには、大勢の人が映っていた。
オレンジ、そして水色。
きらきら輝くサイリウムで、画面は埋め尽くされている。
サイリウムを両手に持ち、「二重島の調査を!」と叫ぶ人。
二重島に住む人たちに生きる権利を、と書かれた大きな段幕。
ユキとヒナの名前を呼びながら、揺れる二色のサイリウム。
自然と雪花の目から涙が溢れた。
ぼろぼろと溢れて止まらないそれは、せっかく施してもらったメイクも崩してしまうし、衣装だって濡らしてしまう。
隣に座る陽奈梨も、大粒の涙をこぼしていた。
「きれいだねぇ…………」
「…………うん、すごく、綺麗だ……」
涙でにじむ視界では、オレンジと水色の光だけがゆらゆらと揺れていた。




