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告白


「みなさんこんにちは。突然ですが、二重島、という島を知っていますか?」


 雪花と陽奈梨にとって、運命のかかった配信は、ヒナのそんな一言から始まった。

 あらかじめ配信の予告をしていたからか、ライブ配信開始直後からコメント欄は賑やかだった。


 以前陽奈梨を救出する際に、コメントの色をオレンジにしてほしいと指定をしたが、今回は特にお願いしていない。

 そのため初期設定の白文字から、ヒナのオレンジ、ユキの水色、その他にもたくさんの色がコメント欄には溢れていた。


「二重島はとても小さな島です。島に住む人はみんな知り合いで、家族のような関係。私はそんな島で育ちました」


 いい島じゃん、という言葉がコメントとして書き込まれ、陽奈梨が笑う。


「そうですね、いい島だと思ってました。私は物心ついたときにはすでに親がいなかったので、島のみんなに育ててもらいました。だからかな。より一層、家族みたいだと思ってました」


 過去形で語られる陽奈梨の話に、視聴者はまだ違和感を覚えていないようだった。

 一度バトンタッチして、今度は雪花が話し始める。


「二重島には、十の掟があります。まずはそれを聞いてください」


 雪花は二重島の掟を諳んじた。


 一つ、二重島に住む者、住んでいたことがある者は、必ずこの掟を守らなければならない。

 二つ、島から許可なく出てはいけない。

 三つ、島の外で、島に関する情報を話してはいけない。

 四つ、島に住む者は、外の者と交流してはいけない。

 五つ、島に立ち入る者は、入島許可証または物資運搬許可証を持っていなくてはならない。

 ただし島へ移住する場合はこの限りではない。

 六つ、島への物資は一週間に一度。応対していいのは、成人の儀を終えた男のみ。

 七つ、物資やサービスの要求は誰でも申請することができる。

 ただし、島の保護のため申請が通らないこともある。

 八つ、島の少年少女は、成人の儀を終えるまで、男女の関係を持ってはいけない。

 九つ、島から本島へ移住する権利は、成人の儀を終えた男女のみが所有する。

 ただし、女が離島する場合はその前に必ず一人以上子を産み、その子は残していくこと。

 男は自身が提供する予定だった労働力(齢六十まで)を残す、または代わりとなる財産を残していくこと。

 十、島では五年に一度、二重山の神慰撫祭を開き、山神に感謝の意を伝える。

 祭で島姫に選ばれた娘(齢十六から二十)には、特別に島を出る権利を与える。

 島姫は島の象徴となる娘を選ぶため、島の住民全員による投票で決定すること。


 二重島にいた頃、何度も聞かされてきた掟は、何も見なくてもすらすらと雪花の口から紡がれていった。


「聞いてもピンと来ないと思うので、画像にまとめてもらいました。今私たちの公式SNSにあげますね」


 陽奈梨がその場でスマートフォンを操作して、準備していたものをそのままSNSに投稿する。

 掟を見聞きした視聴者から、少しずつコメントが寄せられる。


 なんか不穏じゃない?

 住民を島に閉じ込めておきたいの……?

 成人の儀ってなんだ。

 島姫っていうのは宣伝大使みたいなことかな。

 ヒナとユキ、思いっきり島のこと話そうとしてない? 大丈夫なの?

 ずいぶん閉鎖的な島ですねぇ。

 殺人事件が起きそうな予感。

 島の出入りを制限してるのに宣伝大使も何もないだろ……。


「二重島は、日本地図に載っていません。私たちは二重島の歴史として、本島……つまり日本列島のことですけど、本島から迫害されている、と教わってきました」


 雪花が紡いだ言葉に、コメントの勢いが加速していくのが目に見えて分かった。


「でも実際は、日本という国が、二重島を認識していないだけなんです。二重島も島の文化を守るために、本島に訴えようとはしませんでした。日本の一部として認められれば、間違いなく二重島で行われていることは裁かれるからです。…………これから私がヒナを連れて二重島を逃げ出した理由を、お話します」


 隣に座る陽奈梨が、カメラに映らないよう、テーブルの下でそっと雪花の手を握った。

 雪花は自分が男であることだけを伏せ、全てを語り始めた。



 掟の裏に隠された真実。

 成人の儀を迎えたその日、雪花が教えられたもの。

 島姫は山神様に祈りの舞を捧げるための存在ではない。

 山神様に『その身』を捧げる存在なのだ、と。


 島姫に選ばれた少女を殺害し、島の男たちで山に埋め続けてきたこと。

 それは山神様に島を守ってもらうために必要な伝統行事であること。

 成人の儀を迎えた大人たちは、例外なくそのことを知っていて、子どもたちに真実を隠していること。

 そして陽奈梨の両親の話。


 雪花が語る間、陽奈梨は辛いはずなのに涙を見せなかった。

 口元に力無い笑みを浮かべ、目線を落としている。

 辛くて泣き出してしまわないか、気になって何度も横顔を盗み見たが、陽奈梨は泣かなかった。


 陽奈梨が島姫に選ばれた後、山に火をつけて無理矢理逃げ出したこと。

 陽奈梨の母のときの前例があるため、島姫に選ばれた陽奈梨以外の女子は、すぐに危険に晒されることはないと予想したこと。

 本島まで逃げてきてから、いろいろな人の助けを借り、ここまできたこと。


 なるべく分かりやすいように。

 正確に、漏れのないように。


 雪花が二重島の真実について語った後は、陽奈梨の番だ。

 再びバトンを渡された陽奈梨は、まっすぐにカメラを見つめ、口を開いた。


「私は、ずっと島姫になりたかったんです。本島にいると聞いていたお父さんとお母さんを、一日でも早く探しに行きたかったから。でも、島姫になった私は、ユキちゃんに助けてもらえなければ、何も知らないまま殺されるところでした……。家族のように思っていた、島の人たちの手によって」


 陽奈梨は視聴者のコメントも、隣にいる雪花のことも見ていない。

 カメラだけを見つめ、心からの願いを言葉にして紡いでいった。


「私たちには戸籍がありません。二重島は日本じゃないからです。でも戸籍がないので、本島で暮らしていくのは難しいんです」


 日本で生を受けた者は、出生届を提出することにより、戸籍の登録がされる。

 家族や親族との関係を公的に証明する制度。

 それだけならばあまり重要には感じないかもしれない。

 しかし日本では、戸籍がなければできないことがたくさんある。

 学校に通う、就職する、銀行口座を作る、スマートフォンの契約をする、家を借りる。

 他の人たちには当たり前にできることも、戸籍がない人には手の届かない難しいものになる。


 陽奈梨は曇りのない瞳で、まっすぐな想いを口にする。


「二重島を、日本の一部だと認めてほしいんです。そして私たちにも、生きる権利をください。戸籍をください。普通に生きたいんです。普通に学校に行って、友達と遊んで、風邪をひいたら病院に、好きな仕事について、いつか好きな人と結婚する。生まれてきた子どもにも、当たり前の人生を送らせてあげたい」


 ずっとそばにいる雪花でさえも、ちゃんと聞いたことのなかった陽奈梨の心の声。

 普通の人が当たり前に持っている、特別じゃない権利。

 多くを望んでいるわけではない。

 小さな幸せを、普通の幸せを願っているだけだ。


 陽奈梨の言葉は続く。

 大きな目には涙が溜まっている。


「二重島の島民は…………間違ったことをしています。でも、受け継がれてきた文化に逆らえなくて、苦しんできたと思うんです。島姫なんてまつりあげて、若い女の子を……自分の子どものようにかわいがってきた子どもを、自分の手で殺して、山に埋める。そんなのおかしいじゃないですか、苦しくないわけがないんです! 狂ってるのは島の文化で……! 島に住む人たちじゃない! お願いです、あの島に住む人たちを……二重島に生まれた人たちを、解放してください! 助けたいんです、正したいんです! 私たちにも生きる権利を、与えてくれませんか……!」


 陽奈梨よりも先に、雪花の目から涙がこぼれ落ちた。

 慌てて拭うも、一度こぼれた涙はどんどん溢れてきて止まらない。

 陽奈梨は初めてカメラから目線を外し、雪花にやわらかく微笑んで、指先で涙を拭ってくれた。


 雪花はずっと、自分のことばかりだった。

 もっと正確に言えば、自分が守りたいと思う陽奈梨のことばかりだった。

 本島に逃げるだけでは意味がない。

 陽奈梨が本島で普通に暮らせるように、幸せを手に入れられるように、そればかりを考えてきた。

 戸籍だって、陽奈梨のものさえ何とかなれば、別に雪花はなくてもよかったのだ。

 不自由でも、選択肢が限られてしまっても、その日暮らしの生活をすることになったって、陽奈梨さえ幸せならば何でもいい。


 でも陽奈梨は違った。

 自分や雪花のことだけではない。

 自分を手にかけようとした島の大人たちまで、救いたいと願っている。


 雪花は再び涙を拭い、口を開いた。


「私たちの力だけではどうにもなりません。国に、二重島を日本の一部だと認めてもらうには、私たち二人の呼びかけだけじゃ絶対に足りない。だから、みなさんの力を借りたいんです…………!」


 涙でにじんでしまい、コメントは読めなかった。

 雪花たちの言葉を信じてくれているのか。

 そして、この呼びかけに対し、視聴者はどんな意見を抱いているのか。

 内容は読めないけれど、オレンジと水色のコメントが多いのは、二人を応援してくれる意見だといいな、と雪花は心の中で思った。


「みなさんにお願いがあります。この情報を、できるだけ多くの人に知ってほしいんです! 拡散に協力してください……! 一人でも多くの人に二重島について、二重島の問題について知ってもらいたいんです。お願いします…………!」


 陽奈梨の言葉に合わせて、雪花は頭を下げた。

 隣で陽奈梨も深くお辞儀をする。

 その目から大粒の涙がこぼれ落ちたことに、雪花だけが気づいていた。

 

 

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