表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/36

予告


 ソレイユプロダクション社長の金丸にも話を聞いてほしかったが、忙しくて都合がつかなかった。

 マネージャーの堺に立ち会ってもらい、雪花と陽奈梨は八雲と話をすることにした。


 二重島から帰ってきたばかりだという八雲のことを、陽奈梨は心配していた。

 そして同時に島民たちの様子を聞きたがった。


 雪花が山に放った火が原因で、誰かが亡くなったり怪我をしたということはなかったらしい。

 その話を聞いて、雪花は心から安堵した。

 陽奈梨を島から連れ出すためとはいえ、かなり無茶なことをした自覚はあったので、誰かを傷つけてしまっていないか、ずっと心に引っかかっていたのだ。


「それにしても陽奈梨。お前大変だったなぁ」

「えっ? 島姫のことですか?」

「いや? 動画の話だよ。二重島じゃ電波が通じなくて動画も見られなかったから、帰ってきてから見たんだが、びっくりしたよ」


 無事でよかった、という八雲の言葉に、陽奈梨は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。

 陽奈梨は監禁されていたあの期間の話をしたがらない。

 冴島の名前を口にすることすら抵抗があるのか、陽奈梨は必ずあの人、という呼び方をした。

 雪花も気をつかい、冴島の名前を使わずに八雲に説明した。


「覚えてますか? 陽奈梨の父親がお世話になったっていう男」

「ああ、結局頼れなかったって話だったよな」

「あのとき、八雲さんには伏せてましたけど、交換条件を出されたんです。陽奈梨がそいつの妻になるなら、俺と陽奈梨の未来を保障するって」


 なんだそりゃ、と八雲の顔が嫌悪に歪む。

 堺は陽奈梨を気遣うように見やるが、陽奈梨は無理して笑顔を作ってみせた。


 当然冴島の提案は断ったこと。

 そして、断った時点で冴島の警戒をといてしまったことを、雪花は語った。


「陽奈梨が攫われたとき、一番に二重島からの追っ手だと思ったんです。でも堺さんと社長にそれは違うって冷静に諭されて、考えたんです」


 人目も気にしない大胆すぎる誘拐騒ぎ。

 陽奈梨に戸籍がなくて、警察に相談しても相手にしてもらえないことを知っている者が犯人。

 そう考えれば、自ずと答えは出てきた。


「なるほどな。視聴者と協力しながら陽奈梨を助け出したのもすごかったな。正直、鳥肌が立ったよ」

「必死でしたから……。それに陽奈梨自身が動ける状態だったのがかなり大きいですよ」


 陽奈梨がもしも手足を拘束され動けない状態だったならば、たとえ雪花の配信を見ていたとしても、脱出することは叶わなかっただろう。

 細い一本の縄の上を歩くような、綱渡りの救出劇だったことは確かだ。


 八雲は手帳を開き、お世辞にも綺麗とは言えない字で何かを走り書きする。


「二重島での取材データは、堺さんに渡すのでいいのか? 編集は任せていいんだろ?」

「はい、データのコピーをいただければ。それと、八雲さんの連絡先もちょうだいしてよろしいですか。使用する前に映像の確認をしていただきますので」


 八雲は堺と連絡先を交換し、映像のデータも堺に預けた。


「クレジットは必ず入れてくれよ?」

「もちろんです。フルネームでしっかり表記させてもらいますよ」


 堺の言葉に頷き、八雲は大きく伸びをした。


「さて、と。次は冴島の取材に行くとするかね」


 予想をしていなかった八雲の言葉に、陽奈梨が固まった。

 雪花も慌てて「危ないしやめた方がいいですよ」と止めたが、八雲はにやりと強気に笑ってみせた。


「大丈夫だよ。ちゃんとモザイクは入れるし、音声加工も入れてもらう。ただし、分かる人には分かる、そういう画を撮ってくる」

「でも……どうして……?」


 陽奈梨の疑問ももっともだった。

 八雲が取材対象として興味を持っていたのは、二重島だ。

 日本地図に載っていない、狂った文化の残る島。

 二重島の存在を公表し戸籍を取得したい雪花たちと、二重島そのものに関心のある八雲。

 利害が一致したから、協力関係にあったのだ。


 しかし冴島への取材は、八雲にとって百害あって一利なしと言えるだろう。

 それなのにどうして危険を犯してまで冴島に取材をするのか。

 雪花と陽奈梨の疑問に答える八雲は、照れくさそうな表情をしていた。


「簡単な話だ。お前らが年の離れた弟と妹みたいでかわいいから、手助けしてやりたくなったんだよ」

「八雲さん……! それならなおさら、危ないことはしないでくださいね?」


 妹からのお願いです、とやわらかく笑う陽奈梨は、どこか嬉しそうだ。

 両親がいない陽奈梨は、ずっと寂しかったのだろう。

 兄でも姉でも弟でも妹でもいいから、兄妹がいたらよかったのに、とまだ幼かった頃、陽奈梨が言っていたのを雪花は思い出した。


 口にするのは恥ずかしいが、雪花にとっても八雲は頼れる存在だ。

 雪花は一人っ子だが、もし兄がいたらこんな感じだろうか、と想像し、胸の奥が優しい気持ちになった。



 二重島の映像や八雲と島民のやり取りを記録した映像データ。

 島の存在を告発する上で重大な証拠になるそのデータは、事務所が懇意にしている映像編集者に預けられた。

 どういう意図でその映像を使いたいのか、雪花がメモしたものも一緒に渡してもらった。

 編集者は驚くと同時にかなり張り切っていたらしく、「最短で仕上げるって言ってたよ」と堺が教えてくれた。


 社長の金丸とは忙しくて打ち合わせができずにいたが、二重島の存在について訴える動画を出すなら今だろう、と言っているらしい。

 それは雪花も同じ考えだった。


 スマートフォンを支給してもらい、使い方を教えてもらってから、雪花は毎日インターネットニュースを見るようにしている。

 本島でどんな事件が起こり、何が報道されているのか。

 純粋に興味があったのだ。


 毎日インターネットニュースを見ていて雪花が感じたことは二つ。

 本島ではとにかく事件が多いこと。

 そして事件が多い故に、人々の関心が移ろっていくのも早いということだ。


 二重島に住んでいた頃は、陽奈梨の家に綺麗なひまわりが咲いた、という平和な話が、一ヶ月近く語られていた気がする。

 忌まわしい因習はあったが、決して口にする者はいなかったので、表面上は事件も何もない平和な島だったのだ。


 しかし、本島では毎日のようにニュースが流れていく。

 いい知らせも、悪い知らせも、数日で埋もれてしまうくらい情報で溢れかえっている。


 ヒナの誘拐騒ぎは、当然意図したことではなかったが、新人アイドルであるユキとヒナの知名度を上げてくれた。

 今はまだ、事件の犯人は誰だったんだろうね、と話題にしてくれる人がいる。

 二人のアイドル活動を応援したいという声も多い。

 でも今の知名度と人気は、あくまで一時的なものに過ぎない。

 確かな知名度と人気が欲しければ、地道に活動していくしかないのだ。


 これはチャンスだった。

 知名度なんて一時的なもので構わない。

 話題性のある今こそが、世界に二重島のことを発信するタイミングだと、雪花は考えていた。


 社長の金丸からの指示はとても簡単なものだった。

 予告動画を出す。それだけだ。


『先日の誘拐事件について、そして私たちの生まれについて、みなさんにお話しておきたいことがあります』


 たったそれだけの、短い動画だった。

 配信予定日は今週末の土曜日、午後一時から、そして同じく午後七時から。


 短くシンプルな動画は、視聴者の興味を掻き立てた。

 誘拐犯を告発するのではないか。

 ヤラセを疑われていたから謝罪動画かもしれない。

 そんなコメントが飛び交い、動画は拡散されていった。


 金丸の策略は、見事にハマったと言えるだろう。


 ユキやヒナを応援するため。

 誘拐・救出騒動を動画で見ていて、その後が気になっているから。

 事務所が二人の名前を売り出すために仕込んだ狂言誘拐だと思っていて、悪意を持ち、隙あらば叩こうと思っている人。

 ネットニュースにもなるくらいなので、周りと話を合わせるための情報収集。

 誘拐犯の正体が公開されるのを期待する者。


 動画に興味を持つ理由は、何でもいいのだ。

 応援の気持ちがもちろん一番嬉しいが、今回に限ってはきっかけは悪意でもいい。


 一人でも多くの人に、告白の動画を見てもらう。

 そして二重島の存在と、古くから続く忌まわしい慣習を知ってもらうのだ。

 受け取った視聴者たちがどう感じたのか、それぞれ発信してもらえれば万々歳だ。


 しかし、まずはどんな言葉で情報を伝えるか、それを考えなければならない。

 雪花と陽奈梨は慎重に話し合いながら、話すべきことを紙に書き出していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ