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居場所


 ライブ配信は、事務所の一角を使って行っている。

 電話機の使い方を陽奈梨に教えるため、事務所に設置されている電話機の一つを、事務所のスタッフが慌てて持ってきてくれた。

 雪花が先に使い方を教わり、今度は陽奈梨に伝える。

 分かりやすいように、配信のカメラに電話機を写しながら説明していく。


 電話機の使い方はこうだ。

 まずは受話器を持ち上げる。

 受話器には聞き手と話し口があるので、耳に押し当て、音が聞こえるかを確認。

 スマートフォンと違うのは、受話器を持ち上げた時点ですでにツーツーという機械音が聞こえてくることだ。

 機械音が聞こえてくれば、電話線が繋がっている。

 つまり、電話をかけることのできる状況、ということだ。


「ヒナ、どう? 受話器から音は聞こえる?」


 緊張しながら呼びかけると、陽奈梨のひらがなのコメントが書き込まれる。

 つーつーっておとがする。

 その回答は間違いなく希望の光だった。


 ヒナもユキも電話の使い方知らないのか。若いな。

 というかヒナはスマホ持ってないの。

 犯人電話線抜いていかなかったのか……。

 家の電話なんて今の若い子は使わないでしょ。

 ヒナちゃんスマホにも疎そうだし、島に電波塔がなかった説。

 イベント中に攫われたから、スマホそのときはさすがに持ってなかったでしょ。ていうか持ってたとしても犯人が取り上げてるはず。

 ヒナが事務所に電話をかければ、電話番号は分かるけど……その先どうするんだろう。


 太陽の色でコメント欄が埋まる中、陽奈梨の白文字が書き込まれた。


『ばんごうおしえて』


 本当は雪花へ直接繋がるように、スマートフォンの番号を教えたかった。

 しかし、雪花が堺にどうやって私のスマートフォンの番号って表示すればいいんですか、と訊ねると、ユキちゃんの番号はダメだよと言われてしまう。

 ライブ配信で雪花の使っているスマートフォンの番号を教えてしまうと、動画を見た視聴者にも電話番号を知られてしまうからだ。


 いつだか八雲が教えてくれた、インターネット上で個人情報を晒してはいけない、という話を雪花は思い出した。

 悪用されて、犯罪に巻き込まれることもある。

 その危険を少しでも減らすために、個人情報の扱いには慎重でなくてはならないようだ。


 ソレイユプロダクションの窓口に繋がる電話番号を雪花は伝えた。

 しばらくして、事務所のスタッフが別室から電話の子機を持ってきてくれる。

 画面に表示されている番号が、陽奈梨のかけてきた電話番号。つまり、冴島の自宅の電話だ。

 番号をメモして堺に渡し、雪花は電話を耳に押し当てた。


 カメラが回っているのに、陽奈梨、と本名を呼んでしまいそうになった。

 心臓がうるさく主張する。

 間違えないよう慎重に、ヒナ? と呼びかけると、電話口からか細い声が聞こえてきた。



『ユキ、ちゃん……?』


 その声は震えていて、いつもより力がなかったけれど、確かに陽奈梨の声だった。

 世界一愛しい人の声に違いなかった。


「ヒナ……! 無事!? どこか怪我とかしてない?」

『だ、大丈夫……』


 電話をスピーカーにして陽奈梨の声も配信に乗せることができる、と言われたが、雪花はその提案を断った。

 無事に救出できるまでは、陽奈梨に余計な気を使わせたくなかったのだ。


 コメント欄がどんどん騒がしくなり、たくさんのオレンジが流れていく。


 ヒナの声が聞きたい……。

 とにかく無事でよかった!

 電話番号をネットで検索して、住所割り出せないかな?

 ヒナちゃんすぐに助けるよー!!

 みんなで知恵絞るぞ。

 ユキの表情が泣きそうなの、こっちまで泣けてきた。


「電話番号を検索……ダメだ、住所は出てこない……。他に方法ないかな? 何でもいい、案があれば教えてください……!」


 再びコメントが溢れ出す。

 ヒナを救おうとするたくさんの人のコメントは、陽奈梨の目にも見えているようだった。

 鍵の種類を問うコメントを見て、陽奈梨が言った。


『鍵は普通の……島にあったようなやつなの。でも、電子錠っていうのをつけてる、って冴島さんが言ってたの。外から強制的にロックする機能があるから開けられないよ、って』


 雪花は慌てて電子錠というものを調べてみる。

 暗証番号式のものやスマートフォンをかざしてロックを解除するもの、指紋認証などさまざまな種類があるようだ。


「ヒナのいる部屋には、普通の鍵の他に、補助錠みたいなのがついてるみたいです。それが電子ロックのタイプで、外から強制的にロックする機能がある、って」


 雪花の説明に、コメント欄が再び流れ始める。


 今は空き巣対策とかで補助キーつけてる家も多いよね。

 金持ちだから高いやつ使ってそう。

 玄関から出たら、警報が鳴ったりして。

 外部からの強制ロック機能か。ドアポストとかから内側に手を入れられても、開けられないようにするやつかな。

 住所先に特定しないとやばくない?

 防犯系詳しいけど、たぶんそのキーは開けたらやばいやつ。警備会社に連絡行くかも。

 玄関以外の脱出方法か……。

 犯人が帰ってきたらやばいからヒナちゃんがそこを出られるならそれが一番安全。


『ユキちゃん、タブレットの中に、マップってアプリがあるの。これ、地図のことだよね? 使えないかな?』

「地図アプリ?」

『うん。開いてみたら、東京の地図が出てくるんだけど……行き先を入力したら、道案内してくれるみたいなの。道案内ができるってことは、スマートフォンの場所をアプリの人は知ってたりするのかな、って思って』


 地図のアプリは使ったことがなかったので、雪花には分からなかった。

 しかし先ほど地図アプリという単語を口にしたことで、コメント欄に情報が溢れ出す。


 電話で繋がってるから、タブレットは配信見なくてもいいのか!

 地図アプリって言った?

 解決の兆し見えた。天才かもしれん。

 ユキー! ヒナー! コメント欄見て!

 位置情報入れれば住所分かるぞ!!

 マップのアプリ開いて、現在地が表示されない?

 いける! ヒナちゃんがんばれ!


「マップのアプリを開いたら、東京の地図が出てくるみたい。位置情報を入れるってどういうこと? 分かる人教えてください……!」


 スマートフォンの機種によって少しずつやり方は違うが、少し言葉や手順が違うだけらしい。

 どのスマートフォンにも、アプリの中に設定というものが必ず存在する。

 これはスマートフォン本体の設定をするためのアプリケーションなので、まずはこれを開く。


『設定、開いたよ』

「えっと次は……プライバシーとセキュリティってところを押して。そう、その一番上に、位置情報サービスってあるから、それをオンにするんだって」


 雪花は視聴者がくれたコメントと、自分のスマートフォンの設定画面を見比べながら、陽奈梨に説明していく。

 すると陽奈梨が、できた! と少し明るい声を上げた。


『分かった、これでもう一回マップのアプリを開けば……』

「どう…………? 何か変わった?」


 緊張しながら問いかけると、陽奈梨が雪花の名前を呼び、メモできる? と口にした。

 東京都目黒区、と読み上げられた住所を慌ててメモしていく。

 そしてそのメモをすぐに堺に渡した。


「目黒区です! 連れて行ってください!」

「ええ、ユキちゃんも行くの? 危ないよ……!」

「行きます。ヒナを助けに!」


 全ては雪花が始めたことだ。

 陽奈梨を救うために二重島から連れ出し、本島まで逃げてきた。

 陽奈梨の父親の知り合いだという冴島に助けを求め、汚い交換条件を断った。

 そこで、警戒を怠ってしまったのだ。

 二重島からの追っ手ばかりに意識を割いて、冴島から狙われる可能性を考えなかった。


 雪花の浅慮のせいで、陽奈梨を危険に晒してしまった。

 絶対に守ると決めていたのに。

 何にかえても、守らなければいけなかったのに。


「助け出します……! 絶対に!」


 雪花の声が、強く響いた。


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