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失踪


 ステージに登壇すると、少女たちはきらきらと目を輝かせ、拍手を送ってくれた。

 本当にユキとヒナを見にきてくれたらしい。


「このたびソレイユプロダクションからデビューさせてもらうことになりました。新人アイドルのユキです!」

「同じくヒナです! 会いに来てくれてありがとー!」


 陽奈梨は挨拶をしながらも、少女二人に笑いながら手を振る。

 それから、ヒナはマイクを持ち直して言葉を続けた。


「今日はお披露目会なので、一人でも多くの人に、ユキちゃんと私の名前を覚えて帰ってもらおうと思います!」

「まだ私たちは持ち歌がないので、尊敬する事務所の先輩の曲を歌わせてもらいます」


 心臓がバクバクとはち切れそうなほど音を立てている。

 緊張で頭が真っ白になりそうだ。

 曲が流れ始めれば歌とダンスに集中しなければならない。

 でも、今の雪花はダンスのステップどころか、歌詞すら飛んでしまいそうなほど、緊張していた。


「ではこれから一曲歌わせてもらうんですが、その前にちょっとだけいいですか?」


 ヒナがあらかじめ決めていたセリフとは違う言葉を口にした。

 どうしたのだろう、と陽奈梨を見ると、くるりと陽奈梨は雪花に向き直る。

 そして、冷たくなった雪花の手を握り、大丈夫だよ、と笑った。

 陽奈梨の手はあたたかい。

 笑顔もいつもと同じ、太陽と同じくらい眩しい。

 そっと手が離されて、陽奈梨が進行に戻る。


「あはは! ユキちゃんが緊張してるみたいなので励ましてみました!」


 誰かに見られることになんて慣れていないので、緊張して当然だ。

 そう思っていたのだが、陽奈梨はけろりとしている。

 隣にいる陽奈梨があまりにもいつも通りなので、雪花の心も少しずつ落ち着いてきた。


「それでは聞いてください!」


 曲名をコールすると、音楽が流れ始める。

 同じ事務所の先輩アイドルグループ。

 その中でも最も有名な曲を貸してもらっているので、ステージに目線をくれる人が増えてきた。


 一曲歌い切る頃には、何人か足を止めてくれていて、合間のトークで再び自己紹介をする。

 人が足を止めてくれた安心感からか、その頃には雪花の緊張もだいぶほぐれていて、二人で笑いながら話すことができた。


 二曲目を歌い始めると、さらに多くの人が足を止めてくれた。

 中にはスマートフォンのカメラを向けてくれている人もいる。


 やっぱり直接陽奈梨を見てもらえれば、惹きつけられる何かがあるのだ。

 雪花は横目で陽奈梨を盗み見て、思わず歌を間違えてしまいそうになった。


 ヒナとしてステージに立つ陽奈梨はとても楽しそうで。

 そして今まで見てきたどの瞬間よりも、輝いていた。


 どんどんステージの周りに人が増えていく。

 その意味を、雪花も正しく理解した。


 人は、太陽を焦がれずにはいられないのだ。



 二曲歌った後は、ステージを見てくれた人との交流だ。

 ここでいい印象を残すことができれば、名前を覚えてもらうことも夢ではないだろう。


 歌が終わった後に、足を止めていた人たちの元へ陽奈梨が駆け寄っていく。

 迷いなくステージをぴょんと飛び降りる姿に、目を丸くしたのは雪花だけではなかった。


「待って待ってー! 帰る前に、嫌じゃなかったら握手していきませんか?」


 にこにこと人懐こい笑顔を見せられて、悪い気のする人はいないだろう。

 帰ろうとしていた会社員らしき男や、楽器を抱えたこわそうな見た目の人も、自然と足が止まる。


 さすが陽奈梨。

 人を惹きつける天才だ。

 雪花は笑みをこぼしながら、マイクを通して呼びかけた。


「ヒナがすでに飛び出していっちゃったんですけど………、これからみなさんと少しお話ができればな、と思います!」


 くすくすと笑いが起き、陽奈梨が顔を赤くした。


「ステージを見てもらえたのが嬉しくて、飛び出しちゃいました!」


 あはは、と楽しそうな陽奈梨の笑い声に、つられるように人が集まっていく。

 雪花も負けてはいられない。

 最前列で見てくれていた女子高生は、偶然二人の動画を見て、渋谷まで足を運んでくれたらしい。


「ユキちゃんもヒナちゃんもかわいいから、実物が見てみたくて」

「でも動画より本物の方がかわいいー!」

「わ、嬉しい! ありがとう!」


 本当は男としてかわいいと言われることに抵抗があるが、女装をしている今は別だ。

 女装をしてアイドルになった『ユキ』にとって、かわいいというのは最高の褒め言葉なのだから。


 雪花はなるべく多くの人に笑顔で声をかけた。

 お姉ちゃんのハスキーボイス、耳に心地よかったよ。なんて言葉をもらったときは、嬉しくて自然と笑みがこぼれた。


 名前を覚えようとしてくれる人や、その場でインターネットで検索してくれる人もいた。

 視界の端ではスタッフが熱心に二人の写真とアカウントを印刷した小さめの紙を配っていて、それを受け取ってくれる人も多い。


 雪花は油断していたのだ。

 全てうまくいっている。

 まだ小さな一歩かもしれないが、確かに前へ進んでいる。

 そんな確信が持てたから。

 そして何より、アイドルという仕事の楽しさが、少しだけど分かった気がしたから。



 渋谷、特設ステージ前。

 人の賑わうこの場所で、陽奈梨は姿を消した。


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