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焦りと油断


 ソレイユプロダクションの公式サイトに、ユキとヒナのプロフィールと写真が載せられた。


 宣伝材料写真、通称宣材写真。

 これは芸能事務所がタレントを売り込むために使うものだ。

 どんな容姿なのかを伝えるだけでなく、事務所がタレントをどんな方向性で売り出したいか、雰囲気を伝える役割も担っているという。


 陽奈梨は宣材写真の撮影のときに、たくさんの表情を求められたらしい。

 実際に撮影されたデータを見せてもらったが、陽奈梨の写真は雪花のものとは全く違っていた。

 陽奈梨の写真は、動き出しそうな躍動感と、くるくる変わる表情に、目を奪われた。


 表情豊かな明るい女の子、というイメージだろうか。


 一方の雪花は、もちろん笑顔の写真も撮ったが、採用されたのは無理に表情を作っていないものだった。

 伏し目がちに、でもカメラの方を向いて。

 確かそんな無茶苦茶な指示を受けたものだっただろうか。


 マネージャーの堺には「ユキちゃんのちょっとミステリアスな感じとアンニュイな雰囲気が出てるね」と言われた。

 陽奈梨は雪花の宣材写真を見て息を飲み、「すっごく美人……! 私も負けてられないなぁ」と褒めてくれた。



 ソレイユプロダクションの公式サイトに二人の名前が載った日、SNSアカウントの運用も始めた。

 これはユキ、ヒナの共同のアカウントだ。

 出来るだけ宣伝になるよう写真を載せること、とアドバイスをもらった。


 最初の投稿は、陽奈梨と相談した結果、マネージャーの堺に撮ってもらった一枚。


 雪花の頰に陽奈梨が頰をくっつけて、二人で仲良く笑っている写真だ。

 いくら女装をしているからといって、中身まで女になるわけではない。

 陽奈梨が「ほっぺたくっつけちゃお!」と無邪気に口にしたとき、雪花は心臓が口から飛び出てしまうのではないか、と思った。


 それからユキとヒナ、それぞれの写真と共に、コメントを投稿する。

 投稿した文章と写真は、全世界の人が見ることのできる状態になるというのだから、雪花は何を書けばいいのか迷ってしまった。

 しばらく考えた後、雪花は『ヒナの笑顔を世界に届けたいです。私も頑張るので、応援してもらえたら嬉しいです。ユキ』と投稿した。


 事務所の公式アカウントが二人のアカウントをフォローし、投稿を拡散してくれる。

 すると、興味を持った人たちがフォローや拡散、コメントなど、いろんな方法で反応してくれた。

 おそるおそるコメントを見てみたが、ユキが男なのではないか、と怪しんでいる人はいないようで、ひとまず安心する。


 しかし、問題はこれからだ。

 事務所の公式サイト、SNSでのアカウント運用ときたら、次は動画の投稿になる。

 投稿自体は事務所のスタッフがやってくれるし、動画の編集もしてもらったので、雪花たちにできることは現状何もない。



 その日の正午になると、動画配信サイトに二人の一つ目の動画が投稿された。

 事務所の公式アカウントで動画が宣伝され、ユキとヒナのアカウントでも宣伝をしてみる。


 しかし、無名の新人タレントの動画を見る人は想像していた以上に少なかった。

 一日経っても動画の再生回数はなかなか増えず、雪花と陽奈梨は焦りを覚えていた。


「最初はこんなものだよ。ある日突然バズったりするから、地道に宣伝していこう」


 マネージャーの堺の優しい言葉も、雪花の不安を拭きれなかった。


 二人には時間がないのだ。

 一刻も早く有名になって、二重島の闇を世間に知ってもらわなければいけない。

 もたもたしていては、島からの追っ手に陽奈梨が捕まってしまいかねないからだ。

 二重島に連れ戻されれば、陽奈梨は間違いなく島姫として山に捧げられてしまう。

 殺されて、埋められてしまうのだ。


 一人でも多くの人に動画を見てもらえるように。

 そして、ユキとヒナに興味を持ってもらえるように。


 雪花は積極的にSNSを使い、ユキやヒナの写真を投稿するようにした。

 しかし二本目、三本目の動画が投稿されても、再生数はほとんど増えないままだった。



 世界中の人のアカウントで溢れているSNSで目立つのは、思った以上に難しい。

 陽奈梨を知ってもらえば、必ず好きになってもらえる。

 そんな確信はあるのに、肝心の『見てもらう』ということができないのでは意味がない。


「渋谷に小さな特設ステージを設けてもらって、そこでお披露目会をすることになったよ」

「お披露目会? 何をするんですか?」

「一曲歌って、トーク。その後また一曲歌った後は、見てくれた人たちと話したり握手をしたりして、終わりかな」


 まだ持ち歌のない雪花たちは、動画の撮影やレッスンで練習させてもらっている、先輩アイドルの曲を歌うことになる。

 ダンスをしながら歌う、というのはまだ慣れないが、最初よりもミスなく踊れるようになってきているのは確かだ。


 しかし、雪花には懸念があった。

 動画の再生回数は伸びないまま。

 SNSの投稿にも、反応は少ない。

 こんな状態でお披露目会をしても、誰も会いに来てくれないのではないか、と思ってしまうのだ。


 不安が顔に出ていたのか、陽奈梨が「ちょっとこわいよね」と眉を下げて笑う。


「知名度のない私たちに、会いに来てくれる人なんているのかな」

「それは違うよ、ヒナちゃん」


 堺の言葉に、雪花と陽奈梨は目を丸くする。

 優しい声で堺は言葉を続けた。


「まだ知られていないからこそ、人の多い渋谷でお披露目会をやることに意味がある」

「どういう意味ですか?」

「ちょっと興味を持って足を止めてもらえば、それだけでも充分価値があるんだよ」


 堺の言葉を疑うつもりはないが、それだけでは足りない気がして、雪花は首を傾げる。

 陽奈梨がハッとしたような表情で、「そっか! その人たちがインターネットで検索してくれるんだ!」と声を上げた。


「なるほど……! それなら検索するために名前を覚えてもらえるし、動画も見てもらえるかもしれない!」

「そう。それに、その人たちは実際にユキちゃんとヒナちゃんを見て興味を持ってくれた人ってことだから、拡散もしてくれるかもしれないよね」


 たとえばお披露目会を動画に撮って、SNSにあげてくれるかもしれない。

 その言葉に、雪花は目を輝かせる。


「それなら、お披露目会に向けてひたすらレッスンですね!」


 街行く人々が、思わず足を止めてしまうような。

 そんなお披露目会にするのだ。


 二人の知名度を上げるチャンスにばかり目がいってしまい、雪花は見落としていた。

 直接ユキとヒナを人々に見てもらうチャンス。

 それは、陽奈梨を狙う者が、接触するチャンスでもある、ということを。


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