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動画の撮影


 一本目は、当然自己紹介の動画になった。

 金丸が代表を務めるソレイユプロダクション。

 その所属タレントとして、初の顔出しになる。


 スカウトされた新人が、アイドルとして成長していく姿を、『あなた』に応援してほしい。

 そんなコンセプトで、一本目の動画は撮影された。


 動画ではユキとヒナのことを知ってもらうために、たくさん話をした。


 二人は小さな島の出身で、インターネットなどの文化に疎いこと。

 テレビのない生活をしていたので、芸能界についても勉強している最中だということ。

 どんなアイドルになりたいか。


 最後の質問に、陽奈梨は迷いながらもまっすぐカメラの方を見て答えた。


「元気のないときとかに私を見たら、なんか笑顔になっちゃうような……そういうアイドルになりたいなぁ。……抽象的すぎる?」

「いいんじゃない? ヒナらしいと思うよ」


 雪花の言葉に、陽奈梨がいつもの笑顔を見せる。

 人を惹きつける、太陽みたいな笑顔だ。


 一本目の動画から陽奈梨の自然な笑顔を見せられたことは、ラッキーだった。

 笑っていなくても、泣いていても、陽奈梨はいつだってかわいい。

 でもやっぱり一番魅力的なのは、笑ったときなのだ。


「ユキちゃんは、どんなアイドルになりたい?」


 陽奈梨の質問に、雪花はここ数日考え抜いて出した結論を口にした。


「私は……女の子に憧れてもらえるような、そういう存在になりたい」


 アイドルというのは異性からの応援が多い傾向にあるらしい。

 雪花はユキという女の子としてアイドルになるので、男から応援される可能性が高い。

 しかし、男である雪花のことを、女装していると知らずに応援する男の気持ちを考えると、申し訳なくなってしまいそうだ。


 考え抜いた結果、雪花は一つの目標を定めた。

 女の子に憧れてもらえるようなアイドルになる。

 男からの応援は、全て陽奈梨に向けてもらえばいい。

 同性に憧れられることの方が難しい、ということも知らずに、雪花はそんな決意をしたのだった。


「素敵な目標! 一緒に頑張ろうね、ユキちゃん!」

「うん。ヒナに置いていかれないように、頑張る」


 ちゃんと女の子に見えているのか。

 本島に住む人たちが雪花たちのことを知っているはずはないが、どこかから男だとバレてしまうのではないか。


 そんな不安は雪花の心に常に付きまとう。

 でも、やるしかない。

 不安を打ち破るくらいがむしゃらになって、先に進んでいくしかないのだ。


 それが、二人が安全に本島で生きていくための、唯一の道なのだから。



 二本目の動画は二人が歌に挑戦する企画だった。

 同じ事務所の先輩アイドルの楽曲を借りて、いろんなアレンジを試してみる。

 何度も歌い方を変えて、二人で意見を交わしていく。


 どの歌い方が一番アイドルらしいか。

 そして二人の声が心地よく合わさるか。


「先輩のアイドルの歌も聞いたけど、やっぱりかわいいイメージが多いよね?」

「ヒナはそのままの声でいいと思うよ。でも……私はどっちかというと、その……ハスキー? だし」


 雪花は男にしては声も高い方だが、女性の声にしては少し低い。

 アイドルらしいかわいい声で歌う、というのはかなり難しいような気がした。


「それなら歌は変に声を作ったりせずに、歌唱力で勝負しようよ! ユキちゃん歌うまいし!」

「かわいい要素は衣装と曲に頼る?」

「うん! あとはほら、笑顔と愛嬌とか?」


 ころころと陽奈梨が笑うので、つられて雪花も笑った。

 笑顔と愛嬌なんて、雪花からはほど遠い言葉だ。

 でも陽奈梨の隣ならば、頑張れるかもしれない。

 そんな気がした。



 動画の三本目はダンスレッスンを収録した。

 二重島にいたときはダンスなんてやったことがなかった。

 同じ踊りでも山神様に捧げる祈りの舞とは勝手が違うらしく、陽奈梨も苦戦している。

 それでも陽奈梨は物覚えがいいので、数時間練習すると、ダンスらしくなってきた。


 問題は雪花だ。

 手拍子に合わせて振りを踊っているときはまだいいのだが、曲に合わせると、途端に訳が分からなくなってしまう。

 こんな状況で、歌いながらダンスなんてできるのか、と不安になるレベルだ。


 どんなに雪花が間違えても、陽奈梨は呆れることなく練習に付き合ってくれた。


「アイドルの先輩たち、みんなこんなに難しいことやってるの……? すごすぎ」

「当たり前のように笑顔でやってるもんねぇ。かっこいいよね」


 陽奈梨は目をきらきらと輝かせ、楽しそうな笑顔を浮かべる。

 ダンスの難しさを知ってもなお、挑戦する楽しさが上回っているのだろう。


「ユキちゃんもできるようになるよ! 頑張ろ!」

「うん、ヒナもね」

「もちろん!」


 疲れて座り込んでいた雪花に、陽奈梨が手を差し伸べる。

 その手を取って立ち上がると、ちょうど練習再開の声がかかった。



 その後も何本か動画を撮影した。


 二人でデビュー曲のイメージを考える回。

 メンバーカラーを決めて、サイリウムを買いに行く回。

 モチーフアクセサリー作りに挑戦する回。


 仕上がった動画を見せてもらうと、挑戦しているのは派手なことではないが、二人のやる気と熱量は伝わるような出来になっていた。

 でもこれだけでは視聴者は物足りないのではないか、と雪花が不安に思っていると、マネージャーの堺が優しく笑いながら教えてくれる。


「確かに、まだ動画自体の面白みには欠けるかも。でも、それも含めて見て貰えばいいと思うよ」


 堺の言葉の意味が分からずに、雪花と陽奈梨は首を傾げる。


「アイドルとして成長していく姿を見てもらうっていうコンセプトだから。最初は未熟でも、どんどん面白くて、魅力的な動画にしていけばいいんだよ」

「……それもそうですね」


 雪花は少しだけホッとして、改めて動画を見返す。

 続きが気になるようなトークはまだできないし、企画自体も拙い部分は多い。

 それでも、雪花と陽奈梨の性格は前面に押し出されているように思える。


 無垢で天真爛漫。

 陽奈梨の性格は、きっと視聴者にも伝わるはずだ。

 そして悪い印象に繋がることはないだろう、と確信を持って言える。


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