武器
八雲にその後何度か話を聞いたが、追っ手らしき二人組は八雲のところへは来なかったらしい。
八雲が陽奈梨と顔を合わせた、という情報を得る前に、あの町を離れたのかもしれない。
追っ手のその後の行き先は分からないままだ。
二重島から男二人組が陽奈梨を探しに来ている。
その情報を陽奈梨本人に伝えるか、雪花は迷った。
伝えておけば、陽奈梨自身も警戒できる。
しかし徒に不安を煽ってしまうのは避けたい。
雪花が一人で悩んでいると、陽奈梨は丸く大きな目で雪花の顔を覗き込み、やわらかく笑った。
「雪花くん。何か隠しごとしてるでしょ?」
「えっ」
「分かるよ! 私、ずっと雪花くんのそばにいたもん!」
雪花が幼い頃からずっと陽奈梨のことを見ていたように。
そこに恋心はなかったとしても、陽奈梨も雪花を見てくれていた。
言葉にして伝えられると、どうしようもなく嬉しく感じた。
陽奈梨はまっすぐな目で雪花を見つめる。
曇りのないその視線に根負けし、雪花は口を開いた。
「俺たちが本島で最初に上陸した町があるだろ? 八雲さんの家があるところ」
「うん。もちろん覚えてるよ!」
「あの町に、ヒナリっていう名前の家出少女を探してる、男二人組が来たらしい」
「それ、島の人……?」
二人組の顔を見たわけではないので、はっきりとは言えないが、まず間違いなく追っ手だろう。
雪花の答えに陽奈梨は頷いた。
「分かった。鍵とか窓の閉め忘れも気をつけるし、一人でも出歩かないようにする」
「陽奈梨……こわくないの?」
想像していたよりもあっさりと陽奈梨が事実を受け入れるので、雪花は驚いて訊ねてしまう。
困ったように眉を下げて、陽奈梨は笑った。
「…………ちょっとこわいよ。でも、雪花くんがそばにいてくれるから」
だから、大丈夫。
陽奈梨の言葉が、雪花の胸に優しく響く。
陽奈梨を絶対に守りたい。
その気持ちが、また強くなった気がした。
二重島からの追っ手が迫って来ていても、衣食住を提供してもらっている以上、仕事をしないわけにはいかない。
しかし、いまだに雪花と陽奈梨は、どの分野で芸能活動をすればいいのか、迷っていた。
今日はレッスンの合間に社長の金丸が様子を見に来てくれたので、雪花は少し質問をしてみることにした。
「金丸さん。たとえばなんですけど、動画配信? とかあるんですよね。そういうの、やってみたらダメですか?」
「動画配信ねぇ。まあ、うちの事務所でもやっている子はいるから、できなくはないけど。なんでやりたいの?」
雪花は少し前から考えていたことを説明する。
たとえば『ユキ』と『ヒナ』がそれぞれデビューしたとして、仕事に恵まれたとしても、知名度を獲得できるのはかなり先になるだろう。
芝居をするならドラマや映画、舞台などがあるらしい。
しかしどれも稽古や撮影の期間、編集に宣伝、いろんな時間を挟んでから、視聴者に届けることになる。
これは役者に限った話ではない。
できれば少しでも早く、二人のことを知っている人を増やしたい。
以前八雲に教えてもらった動画配信サービスなら、それができるかもしれない、と思ったのだ。
「どんな動画にすればいいのか、とかはまだ分かりません。でも、デビューするまであと何日、って数えながら活動を応援してもらうとか……」
「なるほど。それなら、ユキとヒナの専用チャンネルを作った方がいいな。デビューまでのカウントダウンをしながら、0から応援してもらうプロジェクト」
金丸はその場でマネージャーの堺に電話をかけ、企画内容を簡単に説明する。
手配をしておいて、と指示を出した後、金丸は雪花と陽奈梨に言った。
「ユキの案を採用するわ。0から応援してもらうっていう方向性なら、アイドルね」
「アイドル……」
陽奈梨が不安そうに呟いた後、金丸をまっすぐに見つめて訊ねる。
「どのくらいの人が見てくれてるか分からないですけど……たとえば動画を見た人と交流したりってできるんですか?」
「コメント機能があるから、視聴者が書いたコメントをその場で読み上げるなら、交流もできるね。ただその場合、ライブ配信になる」
ライブ配信。
聞き慣れない言葉に二人が首を傾げると、生放送ってことだよ、と金丸が言った。
編集なしで動画を配信するということは、失言などは一切許されないということだ。
「最初の三回は事前収録したものを投稿。同時に二人のSNSを開設して、宣伝もしていく。四回目あたりにライブ配信の予告をして、短時間で視聴者と交流しながら配信ってところかな」
雪花には全く想像がつかない。
どれほどの人たちが、知名度のない雪花たちの動画を見てくれるのか。
楽しんでもらえるような動画を作るしかない。
少しでも多くの人に宣伝してもらえるように。
応援したいと思ってもらえるように。
雪花と陽奈梨は、時間があれば動画配信サイトの動画を再生し、勉強した。
どんな内容の動画が好まれるのか。
再生数が多いもの、少ないものの違い。
有名になるためには、少しでも多くの人に雪花と陽奈梨を見てもらわなければならない。
そういう意味では再生数はかなり重要な指標になりそうだ。
一方で動画に対して視聴者が感想を投稿できる、コメントという機能。
これは多ければいい、というものでもないらしい。
コメントが多い動画の中には、批判的な意見で溢れているものもあった。
二人は有名にならなくてはならないが、二重島の告発をしたときに、応援の声が多くなければ意味がない。
どの路線で進むか考えるために、アイドルの動画もたくさん見た。
ライブ映像からバラエティ番組に至るまで、幅広く活動しているので、一つでも多く見るようにした。
役者は『芝居』を、歌手は『歌』を、お笑い芸人は『笑い』を武器に、芸能界で戦っている。
アイドルには歌やダンスももちろん求められるが、『自分自身』が一番の武器になる。
思わず応援したくなる。
目が離せない。
つい目で追ってしまう。
雪花はアイドルの動画を見ていたときに思ったのだ。
似たような感覚を、雪花は知っている。
もっと強烈に、強く惹きつけられる感覚。
視界にいるもの全てを虜にしてしまう、太陽のような笑顔。
陽奈梨の笑顔は、絶対に武器になる。
だから雪花も見つけなければいけない。
有名になるための、自分だけの武器を。