太陽の願い
雪花と陽奈梨は、再び八雲と合流した。
冴島との話は無駄に終わったと伝えると、八雲はまるで家族のように二人を心配してくれた。
「これから雪花と陽奈梨はどうするんだ? 地元に戻るのか?」
「事情があって島には戻れないので……このあたりで住む場所と仕事を探したいんですけど……」
陽奈梨が言葉に詰まったので、雪花は後を引き継いだ。
「八雲さん。戸籍がなくてもできる仕事、知りませんか」
驚きの色に染まった表情で、八雲が雪花を見つめる。
それから雪花と陽奈梨を見比べるので、次に続くであろう言葉を予測して、雪花はどっちもです、と答えた。
「二人とも戸籍がない……?」
「はい。でも島に戻るわけにはいかないんです」
「おいおいおい、ちょっと待て。その話、詳しく聞かせてくれ」
不思議なことに、八雲は目を輝かせていた。
陽奈梨が申し訳なさそうに、「でも八雲さんを巻き込んじゃう」と言うが、八雲は構わずに続ける。
「いいんだ、むしろ巻き込んでくれ」
「…………どういうことですか」
「不快にさせたなら悪い。ただ俺の中の記者魂が騒いでるんだ」
まっすぐな瞳と、飾らない言葉。
八雲の言葉に先に答えたのは陽奈梨だった。
「記者って、雑誌とかに記事を書くのがお仕事だって言ってましたよね。私たちの話を聞いて、記事にするってことですか?」
「いや、それはまだ分からない。どんな内容かによるからな」
「…………できれば、記事にしてもらえませんか」
陽奈梨の言葉に驚いて、雪花は目を見開く。
八雲に記事にしてもらう。
それはつまり、島の秘密を話し、世間に広めるということだ。
陽奈梨は雪花に笑いかけ、「戦おうよ」と言った。
「私たちが冴島さんに『あんな取引』を持ちかけられたのは、戸籍がなくて行き場もないからだよ」
「陽奈梨……」
陽奈梨が冴島の嫁になれば二人を全面的に支援し手助けする、という冴島の提案。
あれは確かに、雪花と陽奈梨が不利な立場にいることを利用した脅しだった。
「どうせ私たちはもう島を敵に回してるんだもん。怖いものなんて何もないよ!」
それに、隣に雪花くんがいてくれるから。
そう言って、陽奈梨は太陽のような笑顔を見せた。
陽奈梨の考えはとてもシンプルで、それでいて難しいものだった。
二重島についての全てを公表する。
そして、他の誰でもない、日本という国自体に動いてもらおうと言うのだ。
「国を動かす…………? 大丈夫かよ、それ。そんなやばい話なのか?」
心配するような言葉を紡ぎながらも、八雲の目からは輝きが消えない。
さっき本人が言っていた通り、記者魂に火がついているのだろう。
雪花はためらっていた。
幼い頃から教え込まれてきた二重島の掟。
島の外で、島に関する情報を話してはいけない。
島姫を連れ出すという重罪をすでに犯しているのだから、島のことを黙っていたところで、雪花の罪は変わらないだろう。
それでも掟は呪いのように雪花の頭にまとわりついた。
「きっと私たちの力だけじゃどうにもできない。島を変えることも、みんなの考えを変えることも難しいと思うの」
「うん。それは、俺もそう思う」
だから雪花は陽奈梨をあの島から連れ出したのだ。
二重島のおかしな体制を変えるより、島民の狂った考えを矯正するよりも、陽奈梨を連れて逃げた方がいい。
そう思ったからだ。
「雪花くん。私ね、本島でも雪花くんとちゃんと生きていきたい」
陽奈梨の言う『ちゃんと』というのは、きっと人として当然の権利を持って、という意味なのだろう。
特別じゃなくていい。
普通の人が手に入れる当たり前の幸せを、陽奈梨にも手にしてほしい。
太陽みたいなあの笑顔を浮かべて、幸せに過ごしてほしい。
願うのはただそれだけだ。
陽奈梨は雪花の決断の後押しをするように、言葉を続けた。
「でもこのままじゃ、ずっと追っ手に怯えて生きていかなきゃいけない。そんなのダメだよ!」
「でも俺たちで何とかするのは難しいって話だろ」
「うん。だから記事にしてもらうの。私たちも、有名になって呼びかける」
国が、政治家たちが、放っておけないくらいの大事にしてしまおう。
陽奈梨はそう言っているのだ。
二重島を、日本の土地として認めてもらう。
そして二重島の島民たちにも、人として生きる権利を。
とんでもない考えだと思う。
口で言うほど簡単ではない、とも。
でもなぜだか雪花はわくわくしていた。
陽奈梨のきらきらした目を見ていると、不思議とできる気がしてくる。
陽奈梨は太陽だ。
太陽ならば、国を動かすことだってできるかもしれない。
「……やろう」
雪花の言葉に、陽奈梨が輝くような笑顔を見せる。
黙って二人のやりとりを聞いていた八雲が、にやりと笑った。
「それじゃあ聞かせてもらおうか? 国を動かすようなとんでもない真実ってやつを」