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本島の文化


 久美子の作ってくれた料理を食べながら、雪花と陽奈梨は本島の発展した生活について話を聞いていた。


 八雲は博識で、二人の質問に何でも答えてくれた。

 ときどき答えに詰まるときは、先ほど地図を作ってくれた、薄い板のような『スマートフォン』とやらを使って調べてくれる。


 道路。コンクリート。

 車。自転車。電車。飛行機。

 電柱。電線。電気。

 テレビ。炊飯器。洗濯機。掃除機。エアコン。

 スマートフォン。タブレット。パソコン。

 電話。メール。アプリ。

 カメラ。写真。動画。

 インターネット。SNS。

 検索サイトに動画配信サイト。


 あまりにも情報が多くなりすぎて覚えられなくなってきたので、八雲に頼んでノートを二冊もらった。

 雪花と陽奈梨は知らない単語を食事の合間にメモさせてもらった。


「分からないことがあったら、インターネットカフェに行って、パソコンで検索するといい。ネットで調べれば大体のことが分かるからな」


 八雲のいうパソコンというのは、パーソナルコンピューターの略称らしい。

 パソコンやスマートフォンを使用すると、インターネットとやらが使える。

 インターネットは万能だという。


 日本だけでなく、世界中の人と交流することができる。

 紙を使用しない辞書のような役割も果たす。

 インターネットで検索すれば、大抵の情報は手に入る、と八雲は言った。


 説明をされても俄かには信じ難い。

 食事が終わると、八雲は自らのパソコンを雪花たちに触らせてくれた。

 何もかもが未知のものだったので、おそるおそるではあったが、確かに便利そうだ。


 たとえばインターネットの検索サイト、というところで、雪花たちが会いに行こうとしている冴島菊人の名前を入力する。

 すると、冴島に関連する情報が一覧になって画面に表示されるのだ。


「わぁ……! これがあったら、きっと冴島さんもすぐに見つかるね!」


 陽奈梨の明るい声に、八雲がどうだろうな、と呟く。


「最近はネット上で個人情報を晒さないように気をつけてるやつが多いから」

「どうしてですか?」

「悪用するやつがいるんだよ。ひどいときには犯罪に巻き込まれることもある」


 陽奈梨が悲しそうに眉を下げると、八雲は「二人も気をつけろよ」と忠告してくれた。

 それから雪花と陽奈梨は風呂に入らせてもらい、布団まで貸してもらえた。


「客間が一つしかないから、雪花は俺と同じ部屋で勘弁な」

「いえ。食事に風呂に寝床まで、何から何まですみません」


 八雲の部屋に布団を敷いてもらい、雪花は寝床に入った。

 陽奈梨が客間に一人でいるのは少し心配だが、八雲の話を聞く限り、本島の防犯意識は二重島よりもよほど高そうだ。


 ドアを開け放しておくなんてもってのほか。

 外出するときはもちろん、在宅中も鍵は必ずかけておくらしい。

 鍵も、二重島の家についていたものよりよほど丈夫そうなものだった。


 八雲の話を聞いて、雪花は少しだけ安心した。

 寝ている間に陽奈梨が追っ手に連れ去られる、ということはなさそうだからだ。

 その夜、雪花は久しぶりに深い眠りにつくことができたのだった。



 翌日目が覚めてからも、八雲と久美子はいろいろと世話を焼いてくれた。

 久美子は二人の服を洗濯してくれたし、また食事を出してもらった。

 八雲は電話の使い方を教えた後、雪花と陽奈梨に自分の電話番号を教えてくれた。


 昼過ぎになると、八雲の車で東京に向かった。

 初めて乗る自動車に、雪花と陽奈梨は感動した。

 車という乗り物は速度や行き先も操縦者が決められるらしい。

 海を移動する船が、陸専用になったものだろうか。


 八雲はフリーライターという仕事をしているらしい。

 仕事内容を訊ねると、雑誌に記事を書く仕事だと教えてくれた。


 出版社に行くため、東京に出向くことも多いそうだ。

 今回雪花と陽奈梨を車で移動させてくれたのも、仕事のついでだと言っていた。


 まだたった一日の付き合いだが、八雲の性根が優しい人だと雪花はすでに確信している。

 仕事のついでとは言っているが、もしかしたらわざわざ二人のためだけに、東京まで車を運転してくれているのかもしれない。


「よし。ここが冴島ってやつの働いてる企業だ。でもあんまり期待すんなよ。アポイントなしで会ってもらおうなんて無茶な話だからな」


 冴島が働く建物の近くまで送ってくれた八雲が、会ってもらえない可能性に触れる。

 陽奈梨の父の名前を出せば、きっと会ってもらえるだろうと思い込んでいただけに、雪花は狼狽えてしまった。

 しかし当の陽奈梨は、会ってもらえなかったら別の方法を考えます、といつもの太陽みたいな笑顔を見せる。


「本島に来て八雲さんと久美子さんに会えただけでも恵まれてるから」

「本島?」

「あっ」


 陽奈梨がやってしまった、というような表情を浮かべる。

 しかし話を聞いていた雪花も、全く違和感を覚えなかった。

 二人にとって『本島』という単語は、それだけ慣れ親しんだ言葉なのだ。


 雪花は陽奈梨をフォローすべく、口を開いた。


「俺と陽奈梨は海の向こうにある小さな島出身なんです」

「島、ねぇ。だから本島なんて呼んでるのか」


 少し訝しむ様子を見せながらも、八雲はそれ以上追求しようとしなかった。

 せっかく優しくしてくれているのに、本当のことを話せないのが申し訳ない。

 陽奈梨も同じことを思っているようで、表情から罪悪感が伝わってきた。


「何か事情があるんだろ。話したくないなら深くは聞かねえよ」


 八雲の優しい言葉に、陽奈梨が慌てたような声を上げる。


「違うんです! 話したくないんじゃなくて……巻き込みたく、ないんです」


 誤解のないようやわらかい声で紡ぐ陽奈梨に、八雲が頷く。

 雪花も同じ気持ちだった。


 島姫になった陽奈梨を連れて、二重島を逃げ出してきた。

 山に火をつけてしまったので、しばらくの間は消火活動に忙しくて、追っ手は来ないはずだ。


 でも、いつか必ず追っ手はやって来る。

 陽奈梨の母が島姫になり、逃げ出したとき。

 島姫ではない他の娘を埋めて、それではダメだった、と老人たちは知ってしまっているからだ。


 雪花が逃走の計画を祭の日まで待ったのも、そのためだった。

 陽奈梨が島姫に選ばれる前に逃げ出してしまえば、追われることはないかもしれない。

 でも、それでは代わりに他の誰かが捧げられるだけだ。


 それは、間違いなく雪花の知っている誰かだ。

 たとえば、芽衣子かもしれない。

 できればそんな事態は避けたかった。


 島姫に選ばれた時点で、山神様に捧げるのは陽奈梨しか許されなくなった。

 村の大人たちは必ず陽奈梨を探しにくる。

 でも裏を返せば、陽奈梨が島姫である限り、島の娘たちの安全は保証されるのだ。


 雪花がすべきことは、島の追っ手から陽奈梨を守ること。

 そして本島で陽奈梨が普通の暮らしを手に入れられるようにすることだ。


「俺たちは冴島さんに会ってこよう」


 雪花の言葉に、陽奈梨が大きく頷いた。


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