AIは『完全犯罪計画は立てられます』と言った。しかし……
詳しくは分からない。どうやってその話を知ったのかも分からない。とにかく、Y沢はそのヤバい儲け話を何故か知っていて、そして俺達に手伝わないかと誘って来たのだ。
「あの店の店主、脱税していやがるんだよ。一億円程、隠し持ってやがる」
店と言ってもそれほど大きくはない。だから本当に一億も稼げるのかはC谷には疑問だったのだが、別にY沢は“店で稼いだ金”とは言っていないから、何か他で(事によると違法な手段で)稼いだ金なのかもしれない。
「その金を盗み出すんだ。警察に通報できるような金じゃないから、絶対に捕まらない」
Y沢の言う理屈は分かる。ただ、本当にそれで上手くいくのかC谷には疑問だった。Y沢の部屋に集められたのは全員で5人。X崎と、A岡にB田、どうやらY沢はこの5人でその犯行を実行するつもでいるらしかった。
「なあ、本当に平気なのか?」
C谷はそう不安を口にした。そう彼が不安に思うのには理由があった。集められた5人の中には、“頭が良い”と自慢できるような奴が一人もいなかったのだ。
ところが彼の不安を察しているのか、X崎がこんな事を言うのだった。
「大丈夫だ。ちゃんと考えてある」
考える頭があるかどうかをC谷は不安に思っているのだが。
「なら、その“ちゃんと考えてある”って具体的な計画を言ってくれよ」
だから、そう尋ねた。すると彼は「それはこれから考える」などと返すのだった。
……それはちゃんと考えていないという事ではないだろうか?
だから、「それじゃダメだろ。俺達の頭じゃ、絶対に失敗するぞ」とC谷は言ったのだ。しかし、それでもX崎は「心配するな」と言うのだった。C谷は頭を振る。
「心配するよ。ぶっちゃけ、俺らは馬鹿じゃないか」
するとX崎は「ああ、俺達は馬鹿だ」と力強く答える。やっぱり、心配しない理由がないとC谷は思う。ところがそれからX崎は「俺達は馬鹿だが、AIは頭が良い。だから、大丈夫だ」などと言うのだった。
AI?
C谷は首を傾げる。
「なんで、ここでAIが出てくるんだ?」
X崎はにやりと笑う。そして「これを見ろ」と言って、カプセルを一つ取り出したのだった。
「こいつは、ナノマシンカプセルだ。まだ研究段階で、使うのは違法だ。が、既に実用段階に入っているらしい。これを飲むとな、脳がAIに接続されて頭が良くなるんだよ。しかも、とんでもなく」
それを聞いて、C谷はA岡やB田と顔を見合わせた。B田が言った。
「つまり、それを飲んで完全犯罪の計画を立てるって話か?」
「ああ、」とX崎は頷く。Y沢は既に知っていたのか自信満々に皆を見ていた。
A岡とB田は口々に言った。
「凄いな。それなら絶対に上手くいくじゃないか!」
しかしそれを聞いてもC谷は不安だった。
「ところでそのカプセル、誰が飲むんだ?」
本当にそのカプセルが信頼できるのかは分からなかったからだ。
皆は顔を見合わせた。
Y沢が言った。
「やっぱり、X崎じゃないのか? そのカプセルを持って来たのはお前だろう?」
「いや、なんでそうなるんだよ?」
彼が嫌がるのを見てC谷は不安を強くした。
「おい。俺は抜けるぞ? やっぱり、ダメなんじゃないか」
そうC谷が言うのを聞いてX崎は慌てた。
「待て。分かったよ。別に不安がある訳じゃない。ただ、ちょっとカプセルが不味そうだって思っただけだよ」
そして、それからX崎はやや緊張した面持ちでカプセルを飲みこんだのだった。
しばらくが経った。カプセルが脳に影響を与えるまでには時間がそれなりにかかるらしく、Y沢、A岡、B田の三人はしびれを切らせて外へ買い物に出かけ、C谷だけがそこに残っていた。
実を言うと、カプセルの効果を疑問視しながらも、彼は“頭が良くなる”という効果に興味津々だったのだ。もし、本当に頭を良くできるのなら自分もそうなってみたいと思っていた。
やがてX崎が、「お、おお、来た。来たぞ」などと言い始めた。どうやらAIと脳が繋がったらしい。目を瞑ると軽くフルフルと震えた。ちょっと怖かったが、何かを期待してC谷はその光景を見守った。やがてX崎は目を開いた。
「なるほど。流石、AIだな。これなら上手くいきそうだよ。完全犯罪だ」
C谷は興奮していた。“完全犯罪”という言葉に興奮していた訳ではない。X崎の頭が良くなっただろう事に興奮していたのだ。
「本当か? どんな計画を思い付いたんだ?」
ところがそれを聞くとX崎は、手で“待った”というようなジェスチャーをするとこうそれに返すのだった。
「凄い計画をAIは立てたんだがな、少し困った事があるんだよ」
「なんだよ?」
「AIと結合して頭を良くしないと、この凄い計画は理解できそうにないんだよ」
そう言ってX崎はカプセルを取り出した。つまり、“飲め”という事だ。C谷は目を大きく見開いた。
「本当か?」
見たところ、X崎に健康的な悪影響は出ていないようだった。
「飲んだら、どうなるんだ?」
「頭がスッキリするな。今までに味わった事ないくらいに思考がクリアになる」
C谷はしばらく迷ったが、それでもその魅力には抗えなかった。一度で良いから、とんでもない知能を身に付けてみたいと思っていたのだ。
カプセルを飲みこむ。
飲んでしばらくが過ぎた。突然、視界が真っ黒になった。騙されたと思った。が、次の瞬間、視界が白くなり、X崎の言う通り、信じられない程頭がクリアになった。今ならどんな難問でも解けそうな気がする。
そのうち、こんな声が聞こえた。
『何かお悩みでしょうか?』
AIの声だ。
C谷は声に尋ねた。
「Y沢が持って来た話は知っているよな? 脱税している金を盗むっていう。その具体的な計画を立てたって聞いたんだが」
それを受けると、AIは『完全犯罪計画は立てられます』と言った。しかし、それからこう続けるのだった。
『が、あまりお勧めはしません』
C谷はその返答に驚く。
「何故?」
『一つには、完全犯罪は可能ですが、その後の人生の行動が大きく制限されます。警察にバレないようにする事はもちろん、犯罪組織の目からも逃げ続ける必要があります』
それを聞いてC谷は思う。
確かにそれは嫌だ。
AIは続けた。
『更に、1億円を5人で割ると、一人当たりは2千万円です。大金ですが、一生を過ごすのには十分とは言えない額です』
それも納得できた。確かにそんな馬鹿な計画は実行しない方が良い。それで話は終わりだとC谷は思ったのだが、AIの説明はまだ終わりではなかったのだった。
『最も大きな問題は、そこから派生します。恐らくは、Y沢や他の者達も、金額が十分ではない点には直ぐに気が付くでしょう。そして、他の者のお金を奪おうとするはずです』
その主張にC谷は固まる。そして反論しようとした。
「え、いや、待ってくれ。それは……」
が、AIは構わずに続ける。
『一人以上が裏切る可能性は50%を超すと思われます。つまり、この完全犯罪で稼げる期待値としては2千万円の半分の1千万円以下になります。命が仲間に奪われるというリスクもあります』
AIの淡々とした言葉にC谷は冷静になる。或いは、以前のままのC谷だったなら、AIの言葉に納得していなかったかもしれない。しかし、思考がクリアになった今の彼には、そのリスクがありありと実感できた。
“俺達は馬鹿だ。殺し合う結末だって充分に有り得る……”
しかし、
「でも、どうすれば良い? あいつらはそんなに頭が良くないんだ。どう、説得すれば良いんだ?」
そう。
彼らを説得する方法がない。
それを聞くとAIは淡々と返した。
『解決方法は簡単です。それを理解する知能がないと言うのなら、その知能を身に付けさせれば良いのです』
そこで目が覚めた。
「――お、C谷、寝ていたのか」
気が付くと、Y沢、A岡、B田の三人が帰って来ていて、目の前で間抜けそうな顔を見せていた。
C谷はX崎と目を合わせる。それだけで互いに何が言いたいのか察した。
X崎が言う。
「おい。お前ら、さっきのカプセルを飲んでみろよ。凄いぞ」
C谷は続けた。
「ああ、俺も飲んだんだけどよ、思考がクリアになるんだ。まるで夢のような体験だ」
――もちろん、それからその犯罪計画は中止になった。