真夏の♡チョコ
茹だる様な熱い日差し
沢山の蝉の声が木霊するビルの間にある
ほんの少しの日陰を求めて、俺は大通りを抜けてしばし路地へと避難した。
「ああああああついいいい」
横から日差しが当たるので、なんだろうと思ってみると、建物の出入口のドアの反射だった。ガラスで中が見えるはずだが、今は俺の姿を映している。
小さな木の影に収まるように立っている、スーツ姿の俺がいた。
長袖の白いシャツでネクタイをしっかり占めている。黒いスラックスと黒革靴を履いている。肩にかけた黒いショルダーバックが重そうである。
バックには財布とスマホと15センチの正方形の箱しか入れていないので軽いのだが、熱さにうだっているための前傾姿勢により重量物を運んでいるようにみえてしまう。
「いやほんと、勘弁してほしい」
憎々しく呻きながら、襟首に指を突っ込んで隙間を開ける。
真っ白なノリの効いたシャツが汗で体中にまとわりつき、べたべたして気持ち悪い。
一瞬、ネクタイに手を添えて緩めたくなったが、考え直して腕を下ろす。
いっそのこと、この場でシャツを脱ぎ捨ててしまいたい。
我慢して歩き始める。大通りを歩いていると若干気がまぎれてきた。俺の先を歩いている人たちも、真っ白な光に熱されて、地を這う蛸のようにのそのそうねうねとした足取りになっている。
国道沿いのため自動車の往来が多く、排気ガスが周囲に充満する。
熱とガスにごほごほと咳き込んでから、横断歩道の信号待ちで空を見上げた。
青く透き通った雲一つない晴天。目が痛くなるほどの青色を見ると、脳裏に海が過った。
「泳ぎに行きてぇなぁ」
信号が青になったので群衆に混ざって通過する。
ビルの間に蜃気楼のような揺らぎが見える。今なら地面で肉が焼ける。
そんなことをぼんやり思いながら建物の雨よけに到着する。
そこで少し陽を避けてから、前髪をくしゃっと握った。汗が滴って手に一筋の水の跡をつけた。
「一緒に……海に」
少し進むと公園が見えてきた。公園に入り木陰に立ってみたが体感温度に変化はない。
俺はその場にしゃがみ込む。
この後のことを考える。
告白の返事をどうしよう、と。
三十分前に女友達から電話があった。
出てみると、玄関に箱を置いてあった。
プレゼントかとからかうと、友達は中を開けるように指示してきた。
中には一枚の手紙と、幅13センチで高さが六センチほどの、でっかいハートのチョコが入っていた。
これは何だと聞いてみたら、手紙を読んでと言われて通話が切れた。
なんだろうと思いながら手紙を読んで……思わず箱を落としそうになった。
『好きです。付き合ってください』
でかでかとそう書かれたあと、小さい文字で
『OKならば、夕方までにチョコを全部食べてください。その中にある物をつけてください。告白だから正装に近い服装がいいな! 今日の午後五時に遊びに行きます!』
その後に大きな文字で
『ドキドキ告白タイムまってるよー!』
と書かれていて。
本気か冗談かわからなくなってきた。
俺は散々考えて、とりあえずチョコを何とかしようと考えた。
大きさをみると、かじって食べるには危険なものである。
となれば、自然に解けるのを待つべきかと考えた。
今は真夏。放っておいても溶けるだろうと思っていたが、クーラーの効いた部屋ではなかなか溶けない。
そうだ、外を歩いていたら溶けるはずだと、俺は仕事に行く恰好になり徘徊することにした。
歩きながら返事を考える。
彼女とは友達だ。友人経由で知り合った。趣味趣向が似ており度々会っていた。サッパリしすぎた性格なため異性として意識したことがなかった。
改めて考える。彼女とキスしたいかとか、関係を持ちたいかとか、家庭を築きたいとかを。
考える間もなく、答えはイエスだ。
しかしこれが本気か冗談かが問題だ。
本気であれば応える、冗談であれば恥ずかしい。
俺はどっちのパターンでも対応できるように心の準備をしなければならない。
ふぅ。と息を吐いて、肩にかけたバックを下ろして箱を取り出した。
むわっとした温かさと、チョコの匂いが強くなっている。
蓋を開けるとどろっと溶けて形が崩れていた。
本当に溶けていてビビる。
スプーンが居るなと思って、ふたを閉めて自宅へ戻った。
さて、自宅に戻って机の上に箱を置く。
スプーンを用意して、改めてて崩れたハートを見ると、食べるのにちょっと勇気がいる。
それでも頑張って口に入れる。
ぬちょっとした触感と途方もない甘さ。
地獄!
真夏に食べるものじゃないな!
そうして半分ほど口に入れると塊を親指サイズの包みを発見した。
ラップに包まれたそれをゆっくりと開くと
「おいおいおいおい、逆だろこれ」
指輪が入っていた。
ちょっと汚れたのでティッシュで拭いてつけてみる。
俺の薬指にぴったりとはまった。
「どこで調べたんだよ指のサイズ!」
先を越された!
という気分が強く出たところで、ピンポーン、とチャイムが鳴った。
時刻を見ると、まだ五時になっていない。
誰だろうと思って出迎えると、彼女だった。
俺は驚いて数歩下がった。彼女はドアを押しながらやっほーと挨拶をする。
「待ちきれなくて来ちゃった!」
「今、指輪取り出したところだよ」
俺が右手薬指をみせると、彼女は驚いたように目を見開き、ちょっとだけはにかんだ。
「それで……お返事は?」
「これマジなの?」
俺が聞くと、彼女は「うん」と頷いた。
「なかなかそんな雰囲気にならなくて、もどかしかったから、私から告白しようと思って」
「それはいいんだけど。なんでこんな変なことを……。冗談か本気か悩んだ」
「ごめん。普通に告白しようとおもっても勇気でなくて。こーいうノリなら失敗しても冗談で済ませることができるかなって」
「手が込んでる……っていうか、まぁいいや。返事するから中へどうぞ」
「あの、期待していいのかな?」
彼女が顔を赤くしながらゴマをするように両手をこすり合わせる。
「もちろん」
俺が頷くと、彼女は嬉しそうな表情になって玄関のドアを閉めた。