領都センティス
センティスの街へと馬車が入って行くと、私達が来ることを知っていた領民達が道の両側に立って手を振ってくれている。
今回もそれに対するにこやかな対応はフローリアに丸投げしようと思ったんだけど、当のフローリアから「サキは私とは反対側に手を振ってあげて!」と言われてしまった。
それで仕方なく慣れない令嬢スマイルを浮かべて手を振ってるんだけど、既に顔がつりそうだ。
リズベットとかラシール姉妹はこの令嬢スマイルを浮かべているのがデフォルトみたいな感じだけど、良くずっとキープ出来るよね。
何かコツでもあるのかな?
夏にはメステル侯爵領にいく予定だし、その時にリズベットに聞いてみよう。
フローリアに関しては、本当に楽しそうにしているから表情をつくってる感じじゃないもんね。
そうして必死に、でも顔には出さずに笑顔をキープしていると、馬車が止まる。
どうやら、最初の視察先に着いたらしい。
さっさと一人で馬車を降りると、フローリアへと手を差し伸べる。
なんかね、フローリアが私にこの役やって欲しいんだってさ。
「サキは私の騎士なんだから当然でしょ?」と言われてしまえば、私には頷くことしか出来なかった。
ちなみにソフィアにはアレクが手を貸してたよ。
それをセクメト騎士団の面々が羨ましそうに見てるけどね。
「へぇ、ここがそうなんだね」
私の手を取り馬車から降りたフローリアが、目の前に立つ建物を興味深そうに見ている。
周辺にある色々店舗などよりも一回り大きなこの建物は、領都で、いや、セクメト伯爵領で最大の服飾工房だ。
隣には店舗も併設していて、普段はかなり賑わっているらしい。
今日は私達の視察もあるからお休みらしいけどね。
「フローリア様、サキ様。
こちらがこの工房のオーナーです」
ソフィアの言葉に目を向ければ、そこには三十代くらいに見える女性の姿。
私達に向けて、丁寧に頭を下げている。
「あぁ、貴女が。
どうか頭を上げてくださいね」
「領主様、サキ様。ようこそお越しくださいました」
フローリアの言葉に頭を上げると、オーナーは挨拶と共に綺麗な礼を見せてくれる。
どうやら、貴族の相手をするのにも慣れてそう。
にこやかにフローリアと話しているオーナーの後ろへと目を向ければ、そこには工房の従業員達が並んでいるんだけど……。
「あ」
そのうちの一人を見て、思わず声を出してしまった。
まぁ、私と目が合ってしまった相手の方はビクッと肩を震わせてるけど。
「あぁ、彼女の刺繍は既にセンティスでも評判となっています。
王都でも大人気だったのが納得の腕前ですわ。
我が工房に紹介してくださり、感謝に堪えません」
「うん、そうだろうねぇ」
オーナーは嬉しそうに紹介してくれたけどね。
当の本人は顔色悪くなってるよ。
私が怖いんだろうなぁ。
「あ、この方ってレミアのお母様だよね?」
そうなんだよね。
そこにいたのは、私がかつて毒を飲ませようとしたことのある元ノートマン伯爵夫人ダリアだからね。
「あ、はい。そうです……」
フローリアは彼女の様子をまるで気にしてないみただけど、レミアはさすがに母親の顔色に気付いてるみたい。
少し気まずそうにしている。
「ねえ、レミア」
「は、はい!」
少し緊張しているのか。
レミアがやたらと大きな声で返事をする。
「少しダリアと話して来たら?
最近会えてなかったでしょ?」
「え、ですが……。よろしいのですか?」
二人は王都にいた頃はレミアが休みの度に会いに行ってたくらい仲良しな母娘だからね。
最近はレミアも忙しくて中々時間取れてなかったみたいだし。
何よりも、あの顔色を見る限り完全に私に対してトラウマがある感じだし、少しここから離してあげた方が良いでしょ。
「うん。良いよね、フローリア?」
「もちろん!ゆっくり話しておいで!」
一応フローリアにも確認をすれば、即答で頷いてくれる。さすが我が姉。




