カレンの過去
「ここは良い街だね」
さっき貰った串焼きを食べながら、行き交う人々を眺めていると、自然とそんな言葉が漏れた。
決して豊かな土地ではない。
王都よりずっと北側にあるので、夏でも涼しく、冬は寒さが厳しい。
夏の涼しさだけなら避暑地としては良いかもしれないけど、ここは対帝国の最前線の地だ。
当然ながら避暑に訪れるような奇特な人はほぼいない。
そして、一年中気温が上がらないということは農作物だって育ちが良くないということだ。
ただでさえ領地の大部分は森林地帯で、耕作地は少ない。
ある程度は切り開いてはいるみたいだけど、それにも限界はあるからね。
その分木材を他領に売ったりして、それで食糧を買っているらしいから領民が飢えることはないらしいけど。
それでも、もし他領が何らかの原因で不作になったりしたら、その影響をもろに受けることになる。
つまり、先の大戦時、この地は最前線として戦地になっただけでなく、平時の生活面でも本当に大変な土地なんだ。
それにも関わらず、ここで暮らす人々は本当に明るい。
さっきの店主達も本当に元気だったし、街のどこを見ても笑顔が溢れている。
「えぇ、ノフロンの人々は本当に強いと思います。
国内は復興がかなり進んではいますけど、ここはそもそもの被害規模が他所とは違いましたからね。
まだまだ足りないものだらけです。
それに加えて前領主の件もありましたから……。
それなのに、誰も下を向いていない」
そう言いながら街並みを見詰めるカレンの瞳には、ノフロンへの確かな愛情とほんの少しの寂しさが浮かんでいる。
「そっか、カレンは辺境伯とは面識があったんだっけ」
カレンは自分から過去のことを話すことがないからあまり詳しく聞いたことはないけど、この地での戦働きが認められて近衛に取り立てられたっていうのは知ってる。
「ええ。
ここの生まれという訳ではないんですけど、ノフロンの傭兵募集は条件もかなり良かったので。
あの頃のあたしはただの流れ者の傭兵の一人でしかなかったんですけどね。
でも、そんなあたし達にも辺境伯はよくしてくれましたよ。
だから、正直言うと今でもまだ信じられないんです。
あの方が祖国を裏切ろうとしていたなんて……」
「そっか……」
「あ!もちろん陛下の判断やうちの部隊がしたことへの不満なんてのはないですよ?
辺境伯が間違いなく黒だったのは明らかなんで!」
「うん、わかってるからそんな慌てなくていいよ」
慌てたように言うカレンに、苦笑しながら答える。
あの時にこちら側へ付いてくれた騎士達も、みんなカレンと同じようなことを言ってたしね。
何より、辺境伯のことは陛下だって本当に信頼していたらしいから。
実は、辺境伯が王国を裏切ろうとしていた理由はわかってない。
彼は最期までそのことについて話すことはなかった。
自白なんて必要ないくらいに明確な証拠が揃っていたから、私も無理矢理聞き出そうともしなかったんだよね。




