辺境での日常
早いもので、私が辺境へとやって来てからもう一ヶ月が過ぎた。
ちなみに、一般的には単に辺境とか北の辺境とか呼ばれているけど、この領地の正式な名前はノフロンという。
王都よりも北にあるせいか、気候は涼しくて過ごしやすいし、自然も多いので私は結構気に入っている。
別に王都がすごく暑いというわけではないんだけどね。
あ、もちろん辺境=田舎ということではないよ。
国交の盛んな国との国境に面してる辺境領なら、交易都市としてそこらの都市よりずっと栄えているなんて普通にある。
ただ、このノフロン領が接しているのは敵国である帝国だからね。
当然ながら全く貿易なんてものはしていない。
交易都市というよりは要塞都市と言った方がしっくり来る街並みで、今私がいる領都を取り囲む城壁は王都と同じくらいに分厚くて高い。
来る前から帝国に不穏な動きがあるって散々言われていたし、実際にハーパー達の一件もあったから、私としてもかなり警戒はしていたんだけど、この一ヶ月。
帝国に特に動きは見られない。
なので、私は案外とのんびりとした日々を過ごせている。
「サキ様。こちら、先週分の報告書となります。
お手隙の際にご一読をお願いします」
ノフロン領の旧辺境伯邸。
新たな生活の拠点となる屋敷の自室で寛いでいると、ノックと共に入って来た男性が私に書類を差し出して来る。
「いや、スチュワートさん。
何度も言ってるけど、私は辺境伯になった訳じゃないんで、領地関係の書類を持ってこられても困るから」
「はっはっはっ。何を仰っているのかわかりかねますな」
「…………」
この白々しく笑っている男性、スチュワート。
先の辺境伯亡き後、代官としてこのノフロン領の領政を取り仕切ってきた人だ。
まだ三十代前半という若さでその大役を任されているくらいだからすごく優秀な人なんだろうと思う。
そして、公的には一応王都からノフロン領への追放処分という扱いになっている私の身元引受け人でもあるんだけど……。
何故か私を辺境伯扱いしてくる。
彼は元々王都にいた役人で、私達が帝国と内通していた先の辺境伯を排除した後にこの地へとやって来たそうだ。
それ以来、代官として働きつつ、新たな辺境伯が赴任して来るのを待ち焦がれていたらしいから、私が来たのがちょうどいいと感じる気持ちもわからなくはない。
わからなくはないけど、私だって困る。
「もう観念して辺境伯としてこの地を治めてしまえば良いではないですか」
「さすがレイシアさん。よくわかっておられますな。
執務室はいつでもサキ様にご利用頂けるように整えてありますぞ」
「ちょっとレイシア、何適当なこと言ってんの。
スチュワートさんも褒めない。止めるとこでしょ。
それに執務室とか絶対行かないからね」
部屋に控えていた、私の専属侍女であるレイシアまでがスチュワートの言ってることに乗っかろうとしてくるから困る。
この一ヶ月だけで何回このやり取りしたことか……。
「何回も言ってるけど、私は罰としてここに来てるんだからね?
なのに、勝手に辺境伯なんて名乗ったら謀反だって思われるよ?」
「はっはっはっ。陛下はむしろ喜ばれると思いますが」
全く聞く耳持たないなこの人。
なんなの本当に。
私が一番常識人みたいになってるじゃないか。




