ナターニャからの激励
どうにも話の展開が腑に落ちないまま、二人とは再会を約束して別れた。
まぁ、変なことになってる噂のおかげなのか、しんみりした形にはならなくて良かったと言えば良かったのかもしれないけど。
「よう、辺境伯さん?」
そろそろレイシア達も部屋の片付けが済んだ頃だろうかと思い、部屋へ戻ろうとしていると、どこか笑いを含んだ声が掛けられた。
「ナターニャ先生……」
振り返ると、そこにいたのは楽しそうに笑っているナターニャ先生。
この胡散臭い笑顔、間違いないなこれは。
「先生ですか、変な噂流してるの」
「別に悪い噂ってわけじゃないから良いだろ?」
悪びれる素振りもなく言ってのけるナターニャ先生。
やっぱりこの人の仕業か。
「どこをどうしたら私が辺境伯として赴任することになるんですか。
陛下からの公式発表をここまで変えるのはまずいでしょ」
「いやあ、私としてもここまで簡単に広まるとは思ってなかったよ」
そう言ってケラケラと笑っている。
周りに人がいないもんだから、全く素を隠す気がないなこの人。
それにしても、いくら教員という立場の人が出処とは言え、こうも簡単に噂が広まるものなのだろうか。
「そこはな、色々とやり方があるんだよ」
そう指摘すれば、不敵に笑うナターニャ先生。
うん、これはあれだ。
これ以上突っ込まない方が良い話題だな。
ますます謎の多い人だよ、本当に。
「それにな」
そこで言葉を切ると、ふっと優しい表情で私を見るナターニャ先生。
「こうしておいた方が、お前がいつの日か学園に戻って来る時も、戻りやすいだろ?」
「先生……」
その表情は、いつも教壇の上からクラスのみんなを見ていた時と同じ、優しい担任の先生の顔。
「私がまた学園に戻る可能性なんてほとんどないと思いますけど?」
そもそもがエフィーリア様の護衛ということで一時的に学園生になってただけだし。
本当は先生の言葉が嬉しかったんだけど、照れ臭さもあってわざとそう言い返す私の気持ちなどお見通しという風に笑っているのが、少し悔しいけど。
「まぁ、もちろんそれだけじゃないぞ」
「と、言うと?」
先程までの笑顔とは一転、真剣な表情になった先生の様子に、私も表情を引き締める。
「実際、帝国がきな臭い動きをしているのは確かだ。
表立って騒ぐ奴は今のところ誰もいないが、みんな心のどこかでは不安を感じてるんだよ。
先の大戦の記憶はまだ過去にするには生々しすぎる」
それは確かにその通りだ。
戦争が終結してからまだ五年ほど。
今の学園生達だって、直接戦地に行ったような子はいなくても、何らかの形でみんなその影響は受けていたわけだし。
「だから、良くも悪くも名前が知られてるお前が国境の守りに就くってのは安心感があるんだよ」
「まぁ、それはわかります」
逆に私が国境へ行くことで、いよいよ本格的に帝国との間に緊張が高まってるという不安を与えるんじゃないかと思わないでもないけど。
それでも、何かあっても大丈夫という安心感を少しでも与えられているなら悪くはないか。
「そんな場所へ赴く可愛い教え子に、優しい先生から一言だけ言っておく」
「はい」
「充分気を付けろよ。
あの国は、それこそ何を仕掛けて来るかわからないからな。
そして……」
私の頭に手を乗せると、いつかのようにわしゃわしゃと撫で回すナターニャ先生。
「全部片付いたら、またここに帰って来い」
やっぱり髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまったけど、それでも不快感はなくて。
「わかりました。行ってきます」
私は笑顔でそう答えることが出来た。




