気が付かなかった笑顔
しばらくじっと見ていると、ようやく観念したらしく口を開く。
「ただ、サキ様に申し訳なくて……」
「へ?なんで?」
予想外の言葉に、つい間抜けな声が出てしまった。
「兄の一件だけでなく、またしてもわたくしの身内の仕出かしたことでご迷惑を……」
あぁ、ハーパーとは従兄弟だって言ってたもんね。
それで責任を感じてるわけか。
「いや、レイシアは何も悪くないでしょ。
ハーパーの件は公爵から直接謝罪も受けたし、アーセル元公爵に関しては、レイシアは私を恨んだって良いんだよ?」
恨む気持ちはないって以前にレイシアから言われてはいるけどね。
やっぱり恨む気持ちが芽生えていたとしても、それを責めるつもりはないし、そんな資格は私にはない。
「いえ、兄に関しては本当に……。
あの、サキ様はわたくしの兄に関してどの程度ご存知ですか?」
「アーセル元公爵か……。
私は人柄とかは詳しくは知らないんだよね」
彼に関して私が知っていることと言えば。
先の大戦後の王国内の混乱。
それらは、今の王家に取って代わり新たな王族を立てようという企みに端を発するものだった。
その首謀者だったのがレイシアの兄であるアーセル元公爵。
私達は数年かけてアーセル家側に付いた貴族を少しずつ排除することでその勢力を弱体化させ、最終的にはアーセル元公爵本人も捕えた。
そのくらいなんだよね。
だから、彼本人に関してはあまり詳しくは知らない。
ものすごく優秀な人だったらしいのは聞いてるけど。
そう答えると、レイシアはその言葉に頷く。
「えぇ、兄は間違いなく優秀な方でしたわ。
ですが、自らが優秀過ぎるからでしょうか。
自分以外の全ての人間に興味がなく、妹のわたくしに対してもそれは同じでした」
へぇ、そうだったんだ。
それは全然知らなかった。
「わたくしのことなど、政略結婚の駒くらいにしか思っておられませんでしたわ。
肉親としての情など向けられたこともございませんでしたし。
だから、正直に言いますと、兄がいなくなってどこかほっとしているのも事実なのです」
「そっか……」
それは何て言えばいいのか。
いや、あくまでも他人である私がどうこう言っていい話じゃないな。
「こうして、ここで新たな生活を送ることが許され、わたくしはまた一からやり直す機会を頂きました。
ソフィアと共にサキ様のお世話をするのは、まぁ、悪くない毎日でしたわ」
「素直に毎日楽しいって言えば良いのに」
「何か仰いまして!?」
「いや、何も?」
ちょっと照れてるレイシアが可愛くて、つい口を挟んでしまった。
相変わらず素直じゃないなぁ。そこも可愛いけどさ。
「と、とにかく!
最近はサキ様も表情が穏やかになられて、時折笑顔も見せてくださるようになっていたのに……。
その生活が失われてしまうのが申し訳ないのですわ」
待って、今レイシアはなんて言った?
聞き間違い?
「え、ちょっと待ってレイシア。
私、笑ってた?」
「え?ええ。本当にたまにですが、笑っておられますわよ?」
「そっか……。私、笑えてるのか」
今でも鉄壁の無表情のままだと思ってたけど、どうやらいつの間にかそうじゃなくなっていたらしい。
だとしたら、それはきっと……。
「あの、サキ様?」
突然考え込んだ私を、レイシアが心配そうに見てくる。
「ううん、なんでもない。
辺境へはレイシアだって一緒に来てくれるんでしょ?
だから、きっと大丈夫だから」
「ま、まあそうですわね!
サキ様はわたくしがいないと駄目なお方ですから!」
そう答えていつものように胸を貼るレイシアに、自然と顔が綻ぶのを感じた。




