8話 ぴちゃぴちゃくちゅくちゅぱちゅんぱちゅん
「そんな!これ以上取られたら、おら達の食う分が無くなっちまいます!」
ボードウィン王国の領民達は、兵隊に縋るように嘆願した。
「だからなんだ、それくらい自分でどうにかしろ」
しかし兵隊は冷たくあしらうのみだ。
「ま、待ってくだせぇ!これじゃ、これじゃおら達、飢え死んじまいます!」
「知るか、バルジャン様のご命令だ」
纏わりつこうとする領民を蹴り飛ばし、兵隊はさっさと立ち去っていく。
数日前、領民達は突然増税を言い渡された。
しかもそれは、従来の納税の三倍近い額だ。
当然、そんなものを払えるわけがない。
領民達の取り分を考えずに全部納めても、到底足りるものではないからだ。
いくらなんでも、と領民達は兵士らに抗議したものの、それらの声は全て無碍にされ、農作物や生産物はむしり取られる一方。
ここだけではない、ボードウィン王国の王域各地の集落や村全てに、略奪紛いな徴収が繰り返されている。
「ちくしょぉ!おら達の何が悪いんだぁ!」
「なんもかんも持ってかれて、明日から何食って生きてきゃいんだよ!」
「バルジャン様は鬼じゃぁ……!」
領民達は肩を寄せ合って啜り泣く。
「セシール様がいてくれりゃ、こんなことにゃぁ……!」
「バルジャン様がセシール様を婚約破棄して追放したってのは本当なんだな……!」
「王子様がなんだ!公爵様がなんだ!んな肩書ばっかで、クソの役にも立ってねぇ!」
明日さえ見えない悲しみは、王族らへの怒りに変わる。
「でもどうするだよ、おら達が反乱起こしたって、兵隊相手じゃ勝てっこねぇだ」
「そいやぁ、聞いたことあっぞ。半年くらい前に、国境付近にでっけぇ村が急に出来たって」
「そりゃおめぇあれだ、きっとセシール様がいる村だ!」
「あん人なら、村のひとつくらい作れるべ!」
「でもよ、国境付近まで歩いても一月はかかるぞ」
「だからって、このままここにいても飢え死ぬだけだ。おらはセシール様の元へ行くぞぉ!」
王族への怒りは忘れ、セシールに希望を見出す。
「よぉし、そんなら早速旅の準備だ。食い物は……まぁ、どうにかするっきゃねぇや」
「生きてりゃ必ずセシール様に会えんだ、こんなとこでくたばってらんねぇや!」
「ウチの女房子どもにも伝えねぇとな」
そうして領民達は、ボードウィン王国域から逃げていく。
ここだけではない、王国域各地の領民がこぞって逃げていく。
この時、ボードウィン王国域では、誰もいない廃村した村が増え、破落戸や魔物がそこを住処にするようになり、王都周辺の治安は坂を転げ落ちるように急激に悪化していくのだった。
ユークリッドとセシールの結婚式から、一週間。
アルファルド皇国の後宮内において、セシールの役目はユークリッドとの"初夜"を繰り返すだけではない。
忠臣らと共に今後の政策を考案し、時には領民の御用聞きに回り、さらには定期的にエルピス村へ帰ることもしている。
エルピス村の保安納税も既に採り入れられており、エルピス村には交代で数名の兵士が在村し、村の保安に務めている。
派遣兵と村人との関係は、セシールが間を取り持ったおかげで良好であり、兵士らの見回りに挨拶を交わす光景がよく見られる。
それもそのはずで、ユークリッドの口利きもあって、領内の村や集落に派遣されている兵は、元農民上がりの者らを中心に構成されており、時には兵士達が村人達の仕事を手伝ったりもしている。
そして"初夜"の方はどうかと言えば、唇同士が掠めるか掠めないかのキスで気絶していたセシールも、一週間もそれを繰り返せば、さすがに慣れてくる。
そんなわけで、『八回目の初夜』を迎えた二人だが。
「………………そろそろ、次のステップに進んでいいかもしれぬ」
「次のステップ、ですか?」
ここまでは、キスとも呼べない、稚拙極まりない触れ合い。
それに慣れるのに一週間もかかったセシール。
だが、進歩に変わりはない。
ならばその進歩の勢いのまま……とユークリッドは次の段階へ進ませる。
「つまりだな。これまでのような掠めるようなキスではなく、もっと深いキスをしても良いと思うのだ」
「!!」
「そんな露骨な反応されても困るのだが」
「ふっ、ふふふ、深いキ、キちゅっというのは!こ、こう、お互いの舌を、じっくりと、何度でも、舐め回すように、ぴちゃぴちゃくちゅくちゅぱちゅんぱちゅんと……!」
「ま、まぁ、有体に言えばその通りだが」
「!!!!!!」
「いや、だから、そんな露骨な反応をしなくても」
いい加減慣れてきたが、とユークリッドは溜息をつく。
二人並んでベッドで横になってから。
「では……行く」
「は、はひっ!」
ユークリッドの右手の指がセシールの下顎に絡み付き、ほんの少し、ほんの少しずつ握力を加え、持ち上げていく。
ガラス細工に触れるどころではない、指紋を付けずに鏡面に触れるような繊細な手付きだ。
僅か数cmの距離を、0.1mmずつ縮め――そっと、ユークリッドの唇の先が、セシールの唇の先を掠める。
いつもならここでセシールが気絶して終わりだが、今夜はまだ正気を保ってくれている。
ユークリッドは身体を前に押し出し、セシールの唇に吸い付く。
「……っ、はぁ……っ、んんっ」
まだ気絶しない。
ならば……とユークリッドはキスを続行する。
「……ぁ、は……あっ、ん、んっ……あ、はっ……ぁっ、んぅっ……」
十分……否、十分過ぎだ。
ユークリッドはゆっくりと顎を引くと、互いの額がこつんとぶつかり――
「プシュッ」
正気に戻った (?)のか、セシールはいつもの気の抜けた炭酸のような効果音を発しながら気絶した。
「……収穫としては、十分か」
自分もまた首から上が沸騰していることを自覚しつつ、ユークリッドは気絶したセシールにシーツを掛ける。
「お休みなさい、眠り姫よ」
そう囁いて、額にそっとキスを落とす。
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