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7話 ヘタレ過ぎてどうしようもない二人

 エルピス村の村長はあくまでもセシールであるべきだ、という意見が多数を占めたため、新村長ではなく、"村長代理"役を決定することによって、セシールは再び皇国へ赴き、ユークリッドからの求婚を受け入れた。


 また、セシールが懸念していた村の保安と、それに伴う納税義務に関しても、ユークリッドが各方面に根回しをしてくれていたおかげで、当初にセシールが想定していた納税額よりも少し低い程度に留めてくれた。

 元々、アルファルド皇国自体国力が安定しており、納められる税の平均値も高いというのも理由のひとつであった。

 尤もこれは、セシールがエルピス村を興す以前からユークリッドが推し進めていたことであり、彼の尽力もあって、階級者達と民達との間の仲も良好だ。


 そして。


 晴れやかな青空の下、アルファルド皇国の広場に、新郎新婦――タキシードを着こなしたユークリッドと、純白のウェディングドレスを纏ったセシールは、大多数の皇国民と、エルピス村を代表するごく少人数に囲われて、祝福を受けていた。


「ユークリッド様、ご結婚おめでとうございます!」


「セシール様ー!お似合いですぞー!」


「ユークリッド皇子万歳!セシール皇女万歳!」


「祝福を!愛の女神の祝福を!」


 今日を以て、ユークリッドとセシールは婚姻関係を結んだのだ。




 挙式を終えた後。

 国を挙げての祝い事に、国内はお祭り騒ぎであったが、当人であるセシールとユークリッドは、粛々と式を終えだけだった。

 それは、セシールが言うところの"仮面夫婦"の証明ではない。

 では、どのような理由なのかと言えば。


「……」


「…………」


「「………………」」


 せっかく婚約を結んだその初夜だと言うのに、セシールとユークリッドはベッドの上で対峙していた。まかり間違ってもこれから組手をするわけではない。


「セ、セシール……」


「ぴぃっ」


 ユークリッドから呼び捨てで呼ばれ、セシールは驚いたひよこのような鳴き声を上げて背筋を伸ばし、シーツの上で正座する。


「そ、そう緊張することも無いのではないか……?」


「ユ、ユークリッド様こそ、声、上擦ってますよ……?」


 そう。

 お互い"初めて"なので、緊張しまくって身動きが取れなくなっているのである。


 ユークリッドとしては、出来るだけセシールを優しく"愉しませたい"のだが、それが約束出来るかと言えば、自信はない。


 対するセシールも、肢体を見せるようなことはユークリッドが初めてであり、有体に言えば、『ユークリッドが欲に任せて乱暴を働かないかを恐れている』のだ。


 しかしこれでは埒が明かない、このままではお互い何も()こらない……もとい、起こらないままに日の出を迎えてしまうだろう。


「……いいだろう、私とてアルファルドの男だ。自分の妻一人娶れなくてなんとするか」


 先に覚悟を決めたのはユークリッドだ。


 彼は率先して枕元に頭を置き、正座して微動だにしないセシールを見据える。


「さぁ、正々堂々とかかってくるがいい。私は逃げも隠れもしない」


 なんとも男らしい誘い受けである。ここは戦場(いくさば)か。


「それとも、ここで尻尾を巻いて逃げる臆病者になるつもりか?」


 そしてなんとも男らしい挑発である。いや、だからここは戦場(いくさば)か。

 それを聞いて、セシールもまたきつく唇を噛み締めて、覚悟を決める。


「分かりました……そこまで挑発されて逃げれば、女の股間に障ります!」


 緊張のあまり、なんか言い間違えた。


「あのすまんセシール、それは"沽券"ではあるまいか?」


 これから始まるであろう"コト"を思えば、それも強ち間違った言い方では無いかもしれないが……


「…………………………こ、コケンに障ります!」


 言い直した。大事なことなので言い直した。


 ともかくはユークリッドの挑発に乗せてもらう形で、セシールもまたベッドに横たわる。


「さ、さぁユークリッド様!煮るなり焼くなり蒸すなり挽くなり炒めるなり茹でるなり炙るなり、お好きにどうぞ!」


「あらん限りの調理法だな……」


 それは食べる(性的)と言うよりも、食す(物理)と言う方が正しいのではなかろうか。

 ここまで完璧な据え膳を給われ、その上から「あーん」をしてもらっているも同然だ、これを食わずして男とはいえまい。


「で、では、まずだな、キ、キスから始めようと思う」


「キッ、キちゅっ……!」


 つまり、唇と唇を重ね合わさて、らぶらぶちゅっちゅっするアレである。


 そーっと、それはもうそーっと、ユークリッドは左手の指先を優しくセシールの顎先に絡めて、




「きゅっぴみっきょっえっぇ!!」




「きゅぴみ、きょえ?」


 一体どこの国の何語の訛りなのか、セシールはそんな奇声を発した。


「はわわわわわっ……」


 今度は物凄い勢いで瞬きを繰り返すセシール。


「あのすまん、セシール。もう少し落ち着いてはくれまいか」


「むむむ、むりでひゅっ」


 今のセシールの顎先に指を絡めている相手が、あの阿呆(バルジャン)なら冷めきった頭で何の躊躇いもなく手首をへし折り、往復ビンタの代わりに頭蓋骨が欠けるまで右フックと裏拳を繰り返し、下腹部にある硬く伸び切ったイカ臭い肉棒をミンチよりひでぇやになるまで踏み潰しただろうが、この殿方はそんな阿呆(バルジャン)ではなく、ユークリッドである。


 セシール自身、彼へ抱いている感情は間違いなく"恋情"だと自覚している。自覚しているからこそ、落ち着けないのだ。


「そうか……では、仕方ない。……噛み付かないでくれよ?」


 ユークリッドは指先に握力を加え、セシールの下顎を引き寄せる。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっッッッッッ!!!!!」


 やばいやばいやばいやばいやばいあと僅か0.Xmmで唇同士が触




 そっ




 と、唇の先端同士が掠めるか掠めないかの、紙一重のキス。


「かはァっ」


 瞬間、ユークリッドは吹き飛ばされるように仰け反った。

 仰け反ったその顔は、茹で過ぎて溶けかけた蛸のように赤い。


「い、今の私には、これが、限界だ……ッ」


 ヘタレ過ぎるにもほどがあるだろう、この第一皇子。


 しかしそんな紙一重のキスをされた側のセシールと言えば、


「プシュッ」


 気の抜けた炭酸のような効果音を発して、気絶していた。


 チョロ過ぎるにもほどがあるだろう、この第一皇子夫人。


「(いいや、今日のところはこれでいい。これから毎日……とは行かずとも、少しずつ慣れていけば良い……)」


 掠めるか掠めないかのキスをするだけでこの有様だ。

 "コト"を致すには一体どれだけの時間が必要になるやら。


 これから何度"初夜"を繰り返すことになるのか、気が遠くなりそうになりながら、ユークリッドは眠りにつく。

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